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魔眼と学ぶ結界術  作者: しゅしゅく
24/93

23話

24日目!

 珠姫は、今日久しぶりに透なしで大学から帰宅していた。透が妹に関する用事で来られないのもわかっていたし、護衛がいない心配も朱火からされていた。しかし、なんとなく透と離れている時は自分だけで何かに集中している必要があると思ったのだ。朱火や母の傍にいると透のことを聞きたくなってしまうから。

「あれだけ啖呵を切っておいて、透のことを聞いたらカッコ悪いもの」

 珠姫はそう思って、朱火の心配も押し切って独りで大学の図書館に来て、文献を漁って、レポートを書いていた。その、帰り道だった。帰り道だったのだ。

 しかし今、珠姫がいるのは、薄暗い倉庫だった。

「なんで、こういう時に都合よく捕まるのよ! これ、十分にカッコ悪いわよ!」

 牢の中で珠姫は叫んだ。牢は簡素な金属製のものだった。おそらく、透なら簡単に破壊して抜け出せるだろうというくらいには、安いつくりの。だが、珠姫には当然そんな力はない。カッコ悪い自分に恨み言を込めて叫んでいると、大きなだみ声で、「うるせえ!」と怒鳴られる。珠姫をここに連れてきた大きな鬼である。

「お前には傷を付けるなってお頭から言われたから殴ってもいないが、殴って黙らせてもいいんだぞ?」

「やめてよ。お頭の言うこと聞きなさいよ」

 珠姫はよくわからない恥ずかしさと、誘拐され慣れてきたことによって強化された精神力からか、鬼に強気で言い返すことができた。この数日で自分もちょっと成長したのだろうか。と、珠姫は内心冷静になって考えてみる。そして、目の前の鬼を見る。

「ああ、そうか。あなた、強くないのね」

「あぁん!?」

「あ、口に出ちゃった」

 そうなのだ。朱火のような超常的な存在を目の前に修行をし、透と一緒に超常の存在に殺されかけている経験が、妖力を少し捉えられるようになった珠姫の感覚を敏感にした。その結果、自分自身がこの鬼に勝てるとは思えないけれど、透よりは弱いのだろうということを悟ってしまったのだ。

 口に出してつぶやいてしまったのは、その実力を透かして見てしまったことにより心のどこかに安堵の気持ちが生まれたからだろうか。

 苛立った鬼が、牢のパイプのひとつを殴りつける。

「お前、本当に痛い目に合わせるぞ!」

「私のこと殴れないってわかってるのに怖いことないわ」

 珠姫は冷静になればなるほど、強気でいられた。誘拐されたということは人質であるということ。しかも、この鬼に手を出されないということは、牢にいる限り、自分は実質無敵である。ならば、冷静に、次にできることを考えた方がいい。そして、できることがあるならこの鬼に精神的に負けるのは気に入らない。無駄に反骨精神があるから、珠姫は勉強を頑張ってこれたのだ。

 珠姫は静かに自分のポケットを探る。スマホは取られていないらしい。鬼だから人間の文化に疎いのかもしれない。これは都合のいいことだ。鬼と口喧嘩を適度にやりあって、鬼の目をこちらから背けたら連絡を入れよう。

 珠姫がそう決意すると、目の前の鬼とは別の方向から怒鳴り声が聞こえた。目の前の鬼は急いでそちらに向かった。

「まだ見つからんのか! 取引は今日だぞ!」

 目の前の鬼よりも数倍迫力のある声だった。物陰になっていて珠姫から声の主は見えない。しかし、珠姫の鋭敏になった感覚は感じ取った。恐らく、この目の前の鬼よりも強く、お頭と呼ばれている存在だろう。気迫は、透と同じくらいのものを感じた。珠姫は一気に緊張する。助けにきた透が負けてしまったら、どうしたらいいのだろう……。

 そんな嫌な想像がよぎった時に、女の子の声が聞こえた。

「あ、あの、大丈夫、ですか?」

 声のする方を見れば、ポニーテールの可愛い女の子がいた。体育座りで縮こまっている姿に、不安を覚えているのがよくわかる。珠姫よりも歳下に見えるその子を、なんとなく珠姫は守りたいと思った。大きな黒い翼がしぼんでいるのがどうしても珠姫には放っておけなかったのだ。

「ごめんなさい。気づかなくて。うるさくしてしまったけど、あなたは大丈夫?」

「あ、はい。別に傷つけられたり、乱暴されたりはしてないから……」

「それはよかった。あなたはいつからここに?」

「2日くらい前でしょうか?」

 そういった会話をしながら、珠姫は彼女の隣に移動した。スマホを取り出して連絡も入れておく。電波は入っていたから、問題なく通信もできた。

「そう。不安じゃなかった? ここに一人だったんでしょう? あ、私は白峰珠姫っていうの、よろしくね」

「あ、私は揚羽って言います。特に苗字はないです。妖類で、人里に降りたことはないので……あの、珠姫さんは、どうして捕まったんです?」

「ああ、うん。私はちょっとした事情で捕まりやすいのよね」

 珠姫はなんとなく全てを伝えるべきではないと考えて、適当にはぐらかす。揚羽は特に疑うこともなく、「そうなんですか」と答えて寂しそうに笑った。

「私も、そう、なんですかね。一応、これでも天狗の大将の一族に連なっている身なので。時代が時代なら、お姫様、なんですよね。似合わないのに」

 あははと小さい声で言う揚羽に、激しく共感した珠姫はさらに距離を詰めて両手を握った。

「あなたもそうなんだ! 私も狐の姫様ってことになるらしいの! 似合わないのに血筋だけでお姫様とか大変だよね! 共感できる人がいてよかった!」

 せっかく伏せた情報を簡単に開示してしまうほどには、珠姫は舞い上がっていた。その勢いに揚羽は若干引き気味になる。だが、珠姫の話しぶりに揚羽はいくらか安心した。同時に頼もしいとも思う。

「私も、珠姫さんみたいに頼もしい人が一緒にいてくれて嬉しいです。一人だと、抜け出そうにも、あのお頭って呼ばれてる鬼が怖くて動けなくて」

「私なんて全然頼もしくないよ。一人じゃなんにもできないってことがわかってるだけなの。戦うこともできないし」

「そうなんですか? あんなに強気だったのに……」

「私の保護者と護衛が強いから、多分、なんとかなると思って、ね。それに、今回は自業自得だし。でも、その様子だとあなたは戦えるみたいね」

 珠姫は全くすごくない、ハッタリだらけの自分を褒めてくれる揚羽に、あけすけに自分のことを話す。口にしていた通り、珠姫にできることはもうないからだ。後は待つしかないのだから、緊張しててもしょうがない。それくらいの開き直りができるようになったのは精神的な成長といえるんだろうか。内心で首をひねりながら、揚羽の話を聞く。

「私、身体が丈夫なんです。これでも天狗なので、そもそも身体が強いのと、妖力で身体強化をするのが得意なので。ただ、そんなの役に立ちません。怖くなったら身がすくんで、こうやって縮こまっていることしかできなくなっちゃうから」

 ため息をつきながら、つぶやく揚羽に珠姫は寄り添って声をかける。

「別にいいのよ。私たち、お姫様なんだから。開き直っていたらいいの。それでも、戦えるようになりたいなら、修行するしかないのよね、きっと」

「修行、ですか。修行は結構やってきたつもりなんですけど……」

「そうなんだ、すごいわね。私なんて、この前妖力のコントロールを覚えたばっかりなのよ?」

「え!? そうなんですか?」

 揚羽の驚きように、珠姫は苦笑する、朱火の言った通り、妖力のコントロールなんて義務教育の中のひとつくらいのレベルなのだろう。でも、もう珠姫は気にしないことにしたのだ。別に、今から追い付けばいいのだから。

「そうよ。私はこの前まで純人間だと思ってたからね。だから、ここから頑張って練習するのよ。そうしないと、お母さんに胸を張れないから」

「お母さんに?」

「うん。お母さんが妖類だからさ。お母さんが褒めてくれるくらい強くなれたら、人間にしてはすごいってみんなが思ってくれたら、私の勝ち。そう思うことにしたの。どっちにしたって狙わるみたいだからね」

 これは、修行をしている最中にずっと考えていたことだ。私はどうしても守られる存在になりそうだというのはわかってしまった。妖類の世界から抜けることもできない。それなら、せめて、お母さんに胸を張れて、護衛の透に負担をかけないような人でありたい。

 そんなことを語っていたら、スマホが震えた。透の返信だった。

『今からそっちに行く。後で朱火様に叱られてくれ』

 珠姫はそれを見ながら、クスリと笑って返信する。

『わかったわ。強そうなのが一体いるから、気を付けてね』

 そして、その様子を見ていた揚羽に画面を見せて言った。

「今から、私の護衛が来るから安心して。きっと助けてくれるわ」

 その顔がやけに嬉しそうだったことは、揚羽しか知らない。


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