22話
23日目!
「さて、ここがどこだかわかるかな?」
マリアは透に問いかけた。透はそれを質問しているのだと反論したくなったが、そうやって聞かれると、考えなければ負けな気がして、頭を回転させる。透は確かに寝ていたわけだが、いつの間にかこの空間にいた。外側から意識に介入してくるような余裕はなかったはずだ。
「夢の中なのは間違いない、と思う。だけど、俺の夢だってこう、意識できるし考えられるのにあんたがいる理由がわからない。千晶と今日は話せたけど、それが原因なら、俺はあんたより千晶が夢に出てきてほしい」
「正直だな。言っていることは半分くらいしか当たっていないが」
楽しそうに笑うマリアに透はいら立ちを覚えた。しかし、なぜだろう。声を荒げて彼女に歯向かうような行動を起こす勇気というか気持ちが起きない。マリアは透に続けて話す。
「夢のようなところであることには変わらない。当然のことながら、お前の現実の意識は覚醒していないわけだから。しかし、夢ではない。私は君の無意識にアクセスしているだけなのだ」
「無意識にアクセス? そんなことができるのか?」
「できるからここにいる」
自信満々に言うマリアに困惑が隠せない。他人の無意識にアクセスするなんて、とんでもなく恐ろしい能力である。しかも、どうやら、この空間の主導権はあちらにあるらしい。無意識で精神を攻撃できるのは、脅威でしかない。
「それは、俺以外にも?」
透は少し恐ろしくなり、ストレートに尋ねた。マリアは一貫した不敵な笑みで答える。
「君以外の無意識にもアクセスできるが、全世界の無意識にアクセスできるわけではないということは言っておこう。君が心配しているのは、きっとそういうことだろう? こんな状況でも職務に忠実過ぎるのも、病気ではないかと思うがね」
マリアは微笑んでから、指を鳴らした。すると、目の前の机の中心からマリア側の半分が鮮やかに色づいていく。それは、年月を経た味わい深い木の色だった。ゲームのテクスチャがロードされるように、色だけでなく木目などのディティールも次第にリアルになっていく。
「なんだ? 何を……」
「君を納得させるために少々演出をしようと思ってね。どうだい? リアルだろう?」
そうやって彼女が話している間にも白い部屋の半分は大きく塗り替わっていく。マリア側の空間は拡張をはじめ、マリアの座っている後ろには透の身長の2倍はあろうかという本棚が地面からせりだしてきた。やがてそれらは、ひとりでに動いて宙を舞い、壁に収まったり、もっと奥の空間に消えて行ったり、空中に浮いたりした。
透がそれらの光景に目を奪われていると、マリアが笑った。
「きょうだい揃って、似たような顔で呆けるのだな。仲のいいことだ」
「きょうだい?」
透がその言葉に反応する。マリアはそれもまた愉快と笑うが、透の厳しい表情に取り繕うようなジェスチャーを見せる。
「落ち着け、安心しろ。私は君の妹の味方だ。わざわざ助けた少女を害するわけがないだろう」
「それは、確かにそうかもしれないが……だが、お前の口ぶりだと妹がこれを見ているみたいじゃないか。それは一体」
「ああ、見ているとも。これが、“オーディンの書庫”だからな」
「これが!?」
透は目を丸くして、マリアの背後を見る。音に聞く“オーディンの書庫”は、妹がアクセスできると聞いて動揺せざるを得なかったほどの伝説である。まさか、自分もそれを見ることができるとは思ってもいなかった。だが、この状況はアクセスできるとはまた別の何かな気がする。考えたり話したりできるだけで、透にはこの机の中心を通る境界線を超えることはできないと本能で理解できてしまった。
「“オーディンの書庫”は、人間のなかでは特別なものかもしれないが、私の感覚では特別なことは何もないのだ。そもそも、私のせいで生まれた伝説なのだからな」
「あんたのせいで生まれた伝説?」
「そう。私は真なる吸血鬼。生ける伝説。人の身から超常に至った天才魔術師よ」
透はその言葉に驚きを隠せない。真なる吸血鬼は、原初から生きているとされる吸血鬼のことである。それに、人の身から『成った』? そんなことはありえない。魔術師は、結界術師と同じだ。西洋での呼び方であるだけで、本質は変わらない。超常の、神秘の御業を、妖力あるいは魔力という物理法則に縛られない力によって再現しようと試みた人間の業の末に結実した存在である。つまりは、種族の壁を超えられなかった人間の成れの果て。どこまでいっても人間でしかないのである。
それが、なんだって? 種族を超えて、真なる吸血鬼という妖類の中でも隔絶した存在へ進化したって? そんなことが、ありえていいのだろうか。透はそこまで考えてから、ハッとする。そういえば、千晶の種族……存在もねじ曲がっている。マリアにはそれができる力があるということか。
そこまで考えて、透は顔を上げる。マリアと視線が合った。
「そんなに衝撃的だったか? 確かに、私は規格外で、伝説的な存在だからなあ。そうやって考え込んでしまっても不思議はない。どうだ? 私のこと、気になってきたか?」
「気になっているかどうかでいったら、最初から気になっているんだけど……」
「ああ、そうか。私がもったいぶり過ぎたのかな。でも、そろそろ時間なんだよ。ごめんね」
「時間って」
そう言った時には、視界に映っているマリアが霞がかったように、見えなくなっていった。透は聞きたいことを残したまま閉じていく意識に焦りを覚える。ぼやけていく視界の中で、楽しそうなマリアの声が聞こえた。
「また会おう。私と君はまた会える。だから、次はその魔眼をモノにしてくるといい。ヒントをあげよう。その魔眼は“解析眼”というんだよ」
「ちょっ……!」
マリアの声も聞こえなくなる。彼女の声が耳に届かなくなった所で、透の意識も覚醒した。
見開いた目に映ったのは自室の天井だ。完全に現実に戻ってきたらしい。時間はしっかりと進んでいる。6時間は寝ていたらしい。もうお昼前だ。あそこにいた時間は10分もなかったのに。
透は今の一連の出来事を振り返って、頭を回す。もしも、あの、マリア・ブラッドと名乗る存在の言うことが正しいのなら……いや、正しくないにしても、彼女は必ず千晶にかかわっている。であれば、とにかく彼女のことを調べる必要がある。まずはそれからだ。
それに……。
「”解析眼”か……こっちについても調べないといけないよな」
独り言をつぶやくと、下の階からいい匂いが流れてきた。
「あれもこれも、とりあえずは相談をしないといけないよな。まずは、昼ごはんを食べてからか」
将嗣や智美、ひいては朱火様や白天様にもどうやって説明するのか考えておかないといけない。反転の術も習得してないし、やることが山積みである。数日前まで普通に境界の警備をしているだけだった自分の境遇を考えると、現状の自分には処理しきれないようにも思える。だが、やらなければならない。もちろん、千晶のための仙桃を探すことも忘れずに。
「だけど、流れが来てる。10年かかったが、千晶のことをどうにかできる光が見えてきたかもしれない」
透はこの多忙感と切迫感の中でも、希望に近づいた手ごたえを感じていた。
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