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魔眼と学ぶ結界術  作者: しゅしゅく
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1話

二日目!

「はあ!? マジで言ってんのか? 正気か!?」

「いや、俺も最初はそう思ったんだがな、よくよく考えてみればそう悪い話じゃねえのよ」

 日下部透は、護界局三番隊隊長室という、如何にもお役所の一室といった殺風景な部屋で、声を荒げていた。向かい合う獰猛な顔の中年男性は、顎髭を撫でながら、透をいさめる。

 どっしりと文机に構えるこの中年男性は、日下部将嗣(まさつぐ)といって、護界局三番隊隊長であり、透の義理の父親でもある男である。

 彼は、人類と妖類の警察組織である護界局で、指折りの実力者であり、風格も十分だ。しかし、義理とはいえ父親として接している姿は、気のいいおじさんのようである。

「そもそも、俺が養成学校の講師なんてできるわけねえだろ。ちゃんと卒業してもいないんだぞ」

「それは俺だってわかってる。養成学校を卒業していれば、お前みたいに式を手にしていないわけがないからな」

 結界術は結界術師から直接習うか、養成学校に行って、学んで修得するかの二択しかない。ほとんどの人が、養成学校に行って学ぶわけだが、そこでは卒業間近に式と呼ばれる使い魔と契約することが求められる。それをしていない透はつまり、養成学校には行っていないということである。

「実力があるんだから、いいだろうが」

「馬鹿言え。その力だって、お前のために俺が鍛えてやっただけだろうが。てっとりばやく前線に出たいからって、基礎をじっくりと固めもせずに」

千晶(ちあき)のためだ。しょうがないだろ」

 透の妹、日下部千晶は、その身に強い呪いを受けており、透はその呪いを解くことを目指して生活していた。幸い、今すぐに死に至ることがないために、彼らは、こうして話題にすることができているわけだが、それでも透の原動力はそこにあった。

「お前が妹を助けたいという気持ちは尊重してるがな、義理の父親としてはまだ心配なわけよ、わかるか?」

 将嗣は、片方の眉尻を上げて、透に聞いた。その表情が、なぜだかむず痒くなって透は目を背けながら言った。

「だから前線から離れることに賛同したってのかよ」

「それもあるが、ほかにも理由はある」

「なんだよ」

「まず、お前『それ』、使いこなせてないだろ?」

 将嗣は、透の右目を指さして言った。透はバツが悪そうにそっぽを向く。

「都合が悪いと、おとなしくなるのは昔から変わらねえな」

「うるせ。でも、今更だろ。魔眼なんて、使いこなせてるやつの方が少ねえんだ。元は呪いだしな。それに、結界術が使えれば戦闘には特に困らねえ」

「だが、その魔眼の能力によっては、お前の求めているものを手に入れることにつながるんじゃないのか?」

 将嗣の指摘に、透がスッと真面目な顔に戻る。

「本当か?」

 将嗣は頷く。

「ああ、魔眼をちょいと調べてみると、呪いが元だろうと何だろうと、見えないものが見えたり、失せ物を探したりできる魔眼もあるらしいことがわかってな。使えるかもしれねえと思ってたところなんだ」

 魔眼というのは、呪いもしくは祝福を上位の妖類から眼にかけられることで、発現する特殊能力である。その全貌は未だ解明されておらず、呪いと祝福との付き合い方にも難しさがあるため、将嗣の見識をもってしても、わからないことが多かったというのが実情である。

「どうしてもっと早く教えてくれなかったんだよ」

「それはな、俺もこの前調べたばかりだからだ。お前が講師として呼ばれる原因の子に関係があってな」

「俺が呼ばれる原因?」

 将嗣は、机上にあった資料を透の方に放った。

「それを見てみろ。ある女の子の資料だ。年齢は二十歳。半妖だが、妖類のことはほとんど何も知らない。この前、ある事件で呪いを受けて、魔眼持ちになり、こちら側の事情を学ぶしかなくなったって状況だ」

「おい、この子……」

 透は資料を見て、目を見開いた。

「おう、なんの偶然か、お前が人類圏で通ってる大学と同じことに通ってるな」

「いや、え!? いや、そこじゃなくて、お前、この妖類の方の母親って」

 将嗣からもたらされる新情報に困惑しつつ、透は、彼女の母親について尋ねた。それは、あまりに有名で、あまりに恐ろしい人物だったからである。

「ああ、九尾の白天様の分体だな」

「まじかよ、つまりは超お姫様じゃねえか……」

 九尾の白天とは、護界局を含む、日本の異界や神秘を管理する組織“護国会議”の最高権者の一人である。妖類すべてが一目置く、妖類の伝説であり、人類よりも幾歳も世界を見てきた超常的な存在だ。つまり、妖類の女王である。

「ま、だから、戦闘もできるお前が講師という体で、人類圏でも妖類圏でも護衛につき、なんとしても安全を確保しながら、一人でやっていける力をつけてやれってことだな」

「ってことは、これ、失敗したら……」

「まあ、俺も含めて一族郎党巻き込んで責任取ることになるかもしれねえなあ」

「死ぬってことじゃねえか、怖えよ!」

「まあ、しょうがない。それに、断るほうが怖えと思わねえか?」

 一族郎党、打首獄門。人類圏のルールだけでは縛れないこの世界には、このようなとんでもない風習も残っているわけだ。透としても、そんな悲惨なことになりたくはないと強く思う。しかし、将嗣の言う通り、最高権力者からのお達しを拒否することも恐ろしい。

「まあ、あれだ、プラスに考えろ。最高権力者様とつながりを持てる機会かもしれねえじゃねえか。お前が今探してる仙桃も、白天様なら知ってるかもしれねえぞ?」

「っ……!」

 透にとって、それは魅力的な話だった。仙桃は伝承に残るだけでなく、実在も確認されている万能薬である。妹にかけられた呪いの強さ、複雑さからいって、治せる可能性があるのは仙桃かそれに匹敵する特別なものだろうと、透がそう結論づけたのは一年ほど前のことだった。以降、その存在を探し続けていたわけだが、なるほど、悠久の時を生きる妖類の長であれば何かを知っているかもしれない。

「どうだ? やる気になったか?」

「ああ、やるよ。とりあえず、仙桃のためのコネと、魔眼についての情報を集めるためにな」

「よし、これで決まりだ。どうしたって、辞令だからな、強制的に行かせるつもりだったが、納得してくれたようで何よりだよ」

 将嗣は満足そうに笑った。透は、それを聞いて、「変な所で気を回しやがって」と口の中で照れ隠しの悪態をついた。

「じゃあ、悪いが、明日は、養成学校の校長に会いに行け。そこでお姫様と顔合わせだ」

「わかった。その後のことはそこで聞けばいいんだな?」

「ああ、俺はそこから先は詳しく聞いてないからな。ただ、お前はお姫様の護衛をするために、人類圏のマンションに寝泊まりすることになる。荷物をまとめておけ」

「は?」

 透としては、それは寝耳に水だった。人類圏と妖類圏の合間にある日下部家は、養成学校からも遠くない。てっきりそこから通いで仕事をするもんだと思っていたが、そうではないらしい。

「当り前だろう。養成学校は、あくまでこっちでの仕事だ。お前もお姫様も、人類圏での身分がある。そっちをおろそかにするなってのは、今でも言ってるはずだろ?」

「いや、そりゃ、大学はちゃんと行ってるけど……」

「お姫様がいきなりこっちに慣れられるわけないんだから、お前が妥協するんだよ。仕事だ。しっかりやってこい」

 肩をたたかれた透は、唐突に決まった初めての一人暮らしに困惑していた。何より、大切な妹と、離れて暮らすのが耐えられないと感じていた。日下部透は、重度のシスコンなのである。


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