17話
18日目!
「で、何が面倒なのです? そう言った厄介ごとを力でねじ伏せるのがあなたたちのやり方だったではありませんか」
朱火は不思議そうな顔でそう言った。玄白はそれに頷く。
「ああ。今回ももちろんそうしようと思ったわい。じゃが、奴ら、わしが追いかけて来られないようにするためか、山に複数の爆発物を仕掛けたなどとぬかしよる」
「ハッタリでは?」
「かもしれんが、確認しないわけにはいかない。わしらは山の自然から力を得ているから山を荒らされるのは困るのだ。誘拐という手段をとった以上、娘の命は無事だろうと考えると山中を捜索するのが先だ」
「なるほど」
玄白の言葉に朱火は頷く。確かに天狗が守護する山は、自然の力を潤沢に蓄えている。天狗は山の神と契約を交わし、その自然を守ることと引き換えに強い力を得ることを可能としている部分がある。全体の天狗の利益と命は無事であろう孫娘を考えたら、山を優先するのは頷ける。
「つまりは、我々がその誘拐した者ないしは組織をどうにかすればよいと、そういうわけですね?」
「うむ。お前たちの組織の方が影響力も使える人員も多いじゃろう。すまんが、この件、頼まれてくれないか」
「わかりました。それについては、確かに私たちの管轄ですから引き受けましょう」
「感謝する。わしらも山の捜索を終えたら協力しにいくことにする」
玄白はそう言うと、懐から写真を取り出し、朱火に手渡す。その写真には、高い位置でのポニーテールを揺らしながら、快活そうな笑顔を浮かべる少女が写っている。その顔には、まだあどけなさが残るが、背中から生えている大きな黒い翼は、鞍馬の大天狗の一族が立派に成人した証だ。
「それが孫娘。揚羽だ。この写真を配っておけば、人海戦術で探すことも可能だろう」
「そうですね。拝借しておきます」
その写真を懐にしまいながら、朱火は「そういえば」と思い立って、口を開く。
「こんな大それたことを企てたのは、そもそも一体誰なのでしょう? 相手の目算はついているのですか?」
「いや、それがどうにも見当がつかぬ。狸の件は、お前のところからの連絡で聞いたが、どうも狸がやるにしては、無策が過ぎる。まあ、実行が別の組織であるというだけで狸が絡んでいるかもしれんが」
「そうですね……狸が実行したというのは考えづらそうです。となれば、また別の種族か、個人か……いずれにせよ、それらのことから調べなければいけないということですね」
「そうなるな。わしの方でもなにかわかれば連絡をやろう」
「助かります」
朱火は一礼して、玄白から視線を外し、手でなにかサインを送る。すると、姿を消していた護界局の隊員が現れた。彼に対して朱火が言葉をかける。
「顛末の大体は把握できたか?」
「ええ。各隊に連絡を急ぎます」
「頼みましたよ。天海隊長」
「一番隊の仕事ですから、お任せください」
短髪で眼鏡をかけた彼は、如何にもかっちりとしている礼を取ってから、凄まじい速さで消えていった。玄白はそれを見て、唸る。
「人の身であれほどの練度……どうやら人材が豊富なようじゃな」
「彼はかなり特殊ですけどね。とある川の神の祝福を受けていますから」
「なるほど。道理で。岩の上でお前を待っている時も、戦いに来てはくれないかと思ったのだが、自身の丈をよくわかっているのだな」
「うちの隊員にちょっかいをかけないでください。人間の隊員は、人数をそろえるのが大変なのですから」
「若くて才能のある者を見るのはやはり良きことだ」
玄白は愉快そうに笑った。そして、身体の向きを変える。
「では、頼んだぞ」
「ええ、連絡は密に。こちらからも頼みましたよ」
「うむ」
玄白はひとつ頷くと、背中から生えた大きな黒い翼を羽ばたかせ、山の向こうに消えていった。朱火は、軽く一息ついて、腹に手を添える。着物をめくらずとも、そこに打撲痕が残っていることはわかっていた。棍棒の一撃。食らった時に妖力の凝集、守りの神通力を使っても、防ぎきれなかったのだ。
「さすが、白天様と同じくらいに永く生きている怪物。これぐらいの負傷で済んだと考えるのが妥当か」
苦笑いしながら、治癒の神通力を使う。あの性格の玄白である。朱火も何度か戦りあったが、一撃も食らわなかったことがない。なんだかんだと、あの大天狗との戦いは楽しかったと振り返る朱火だった。
だが、ほんのわずかな時間で、頭を切り替えた。朱火はやはり狸が現れてから面倒なことが起きているようだと考える。それに、誘拐するという方法は、珠姫という白天の娘に対しても行われていたことであり、どうにもそれが引っかかる。
「面倒なことにならなければいいが……とにかく情報を集めるのが先決だろう。姫様の修行を急いだ方がいいかもしれないな」
朱火はそのように考えをまとめ、再び陽炎のようにその場から姿をかき消す。残された印の岩の近辺は、戦闘の跡が色濃い。しかし、それを気にする者は誰もいないだろう。そもそも、天狗の管轄である山とは、人の手の入らない秘境のようなものなのだ。
朱火が次に姿を現したのは、お社である。白天と会合をもち、情報を共有する。起きた出来事を全て聞くと、白天はつぶやいた。
「やっぱり珠姫だけじゃなかったのね……」
「というと?」
白天が渋い顔をして、手のひらを自身の顔に当てる。困ったような語り口で朱火に答えた。
「狸が活発になって、私に嫌がらせをしたいってだけなら、正直、珠姫は殺されていたような気がするのよ。でも、生き残った。ということは、珠姫のもつ何かに目的があったっていうこと。でも、妖力をろくに扱うこともできない珠姫を誘拐した所で、最悪、何の取引もできない。なら、何か。私はずっと考えていたのだけど、玄白のところの孫娘がさらわれたなら、大体想像がつく」
「まさか」
「”原初の結界術”……」
「だと思うわ。狸の奴ら、相当な面倒を起こそうとしてるのかも」
白天はため息をつく。不安があるというよりもただただ面倒が増えたという感覚に近いのだろう。それを察した朱火は、”原初の結界術”を心配する言葉よりも珠姫を心配する言葉をかけた。
「姫様にはこのこと、お伝えしますか?」
「言わなくていいわ。狙われるってことは伝えてあるし、”原初の結界術”なんて言っても今のあの子にはわからないでしょう。それよりも、自衛できるように修行をつけてあげて。私が直接守るのはやっぱり難しいから」
「わかりました」
「色々面倒かけるわね。天狗の件、何かあったら私にも連絡をちょうだい」
「もちろん。では」
そうして情報を共有した朱火は養成学校に戻ることにした。天狗の孫娘については、今動けることが少ない。それならば、珠姫を鍛えてやるべきだと判断したからだ。それに、透についても気になることがある。
「紀伊の山神の祝福を受けているはずだが、日下部透はそれを呪いの統御のサポートにしか使っていない。彼はもう少し伸びる余地がある。反転も、魔眼も。今は枷かもしれないが、強くなってほしいものだ」
朱火はそのように考えて、ひとりで笑う。玄白ではないが、後進を育てるというのは朱火の中でもいつの間にか楽しいものとして受け入れられている。しかし、普段から重役として動き回っていると自分の手で人を育てるという時間が少なくなっていた。そこに降りてきた久方ぶりの後進育成の機会。柄にもなくワクワクとした気分になっていることを、朱火は改めて自覚した。
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