16話
17日目!
「どうなっている。なぜ鞍馬の大天狗がここまで」
朱火はそう呟きながら、連絡のあった場所にたどり着く。
「わかりません。私たちが話しかけてもなにも」
答えたのは、緊急の連絡をよこした護界局の隊員だった。
そこは、“護国会議”の本部がある関東と天狗が自治を敷く中部の境界。“護国会議”の力は及ぶが、それよりも天狗の機嫌が優先される世界との境目だ。非常に不安定で普段は朱火でも近寄らない。
そんな場所に、天狗の頂点である鞍馬の大天狗が来た。これは大事件である。最も、何をするわけでもない。ただ、境界にある印の岩という岩に座っていた。
「玄白。なぜあなたがこのような所に」
朱火はそう言って大天狗に話しかけた。
「久しいな。七尾の赤狐。来ると思っておったわ」
「座るだけで私を呼べるのはあなたぐらいですよ」
「わはは。九尾まで呼べたら理想だったが、守護者はお前だったのう」
そう言うと、大天狗玄白は岩から降り、朱火の目の前に立った。そして、妖力を一気に開放する。
「なにを……」
「守護者の任を果たさんお前に、お灸をすえてやろうというのが、わからんのか!!」
玄白はその拳を思い切り朱火に振り下ろした。朱火は咄嗟に跳び退る。玄白の拳は、地面に深々と刺さり、衝撃がひび割れとなって現れる。
「何の話をしている!」
「とぼけるな! 戯け者目がァ!!」
玄白が、翼で翔け、勢いを増しながら、朱火に肉迫する。朱火は、神通力で地面を壁のようにせりあがらせる。しかし、玄白はそれをもろともせず、拳で粉砕した。朱火は舌打ちを一つすると玄白の攻撃範囲の外に逃れる。
「どうやら、少々拳で語らう時間が必要なようですね」
「わしがお前をぶん殴って終わりよ」
「そんなこと、簡単にさせませんよ」
朱火は、ステップを踏んで、今度は自ら迫る。玄白の身体は、朱火よりも一回りは大きい。全身が筋肉達磨のような玄白に、朱火が挑むさまは、無謀にも見える。
「力比べか! 久しいのぅ!!」
対抗して繰り出された玄白の拳と朱火の拳が激突する。不可視の衝撃波が、周囲に広がった。その衝撃に合わせるようにして、両者は距離を取る。一見すると玄白に敵うわけもない朱火の拳は、ほとんど互角の威力だったようだ。互いに大きなダメージがないのを確認して、改めて相手を見る。
「七尾、お前、ちゃんと鍛えてるじゃないか。ならばなぜ、屑どもをのさばらせておるのだ!」
玄白の声が響く。しかし、言われていることに覚えのない朱火は首をかしげるしかない。
「だから、何の話をしているのかわからないと言っているでしょう! 先に説明をしてはどうか!」
「庇いだてする気か!?」
「何の話かわからないから何とも言えないと言っているのです! 言葉がわからないのか! 大天狗!」
「貴様ァ、事実がどうであれ、わしは貴様を殴ることに決めた! 話はその後にしてもらおう!」
「……この天狗は、喧嘩腰がすぎるぞ。本当に……」
「うおぅらァ!!」
朱火のつぶやきは雄たけびを上げる玄白には届かなかった。代わりに、大振りの拳が飛んでくる。朱火は再び間合いを確認して拳をぶつけにいく。
「甘いわ! 鞍馬真造金剛棍!」
玄白は、瞬時に手の内側に妖力を集中させた。すると、その妖力の内側から飛び出すように、大きな棒状の武器が飛び出してきた。それはもはや見る者からすれば柱にも思えるほどの圧迫感があった。朱火は間合いを詰めていたこともあって反応しきれず、腹にその打撃を直接食らってしまう。
「ぐっ!」
「未熟者が! 一撃はわしがもらった!」
そのまま突き上げるように棍棒が振るわれる。朱火は空中に投げ出されながらも、妖力を練る。
「【狐火煉獄】!」
「うおっと!」
朱火の周囲から赤黒い炎が、何発も玄白に向かって飛んでいく。玄白は追撃しようとした足をとめて、棍棒でそれらの炎を打ち払う。
「狐は炎を使うのが昔から好きだなァ! ちまちました攻撃はやめて、素手で戦えぇい!」
「馬鹿言うな! 先に武器を取り出したのはそちらだろうが!!」
「わっはは、細かいことは気にするな! 【天狗の大風】!」
「【火炎壁】」
玄白が起こした大風は、空気を切り裂きながら進んできた。だが、朱火の放った赤黒い炎が、その風ごと燃やし尽くした。風の後ろから突進していた玄白は、その炎をものともせずに朱火のもとに飛び込んでくる。朱火は反射的に、手の内に妖力を込める。
「暁ノ剣!」
玄白が先ほどやったのと同じく、朱火も手の内から緋色の剣を取り出した。それは、刀と言われてイメージするだろう太刀ではなく、直刀。幅も広く、完全な和装である朱火がもつには違和感があるかもしれない。しかし、赤黒い炎が揺らめきながら薄く刃にまとわりついている様子は朱火のものであるという証左に他ならない。
「ようやっと、刀を抜いたか」
「危なかったらそりゃあ抜くでしょう」
「これで思い切りやりあえるなァ!!」
鍔迫り合いのような状態になった棍棒を玄白はかちあげた。朱火はその勢いを利用して飛んで距離をとる。そして、間髪入れずに左手のひらを玄白に向ける。
「【狐火煉獄】!」
「ぬぅん! 直接戦えといっておろうが!」
「もう、目的変わってきてませんか?」
炎が逆巻く中、咆哮をあげながらこちらに向けて突撃して来る玄白を見て、朱火はため息交じりにそうつぶやいた。そして、短く呼吸をし、気合を入れると、自身も剣を右手に携えて向かっていく。
「シッ!!」
「でぇい!!」
剣と棍棒が交錯する。ぶつかった互いの武器が金属音を立て、衝撃を放つ。両者それを気にした様子もなく、一合二合と剣戟は続く。
朱火は玄白の力を正面から受けないように、衝撃を逸らし、自分の身体を翻らせながら舞い踊るように剣を振るい続ける。対して、玄白はほとんど動かず、体勢や向きを変えながら、太く大きな棍棒をダイナミックに振り回す。
周囲の状態はふたりの戦闘の余波でめちゃくちゃだった。もはや連絡のために待機していた護界局の隊員の姿も消え、木々はなぎ倒され、地面には所々ひび割れのような跡が残っている。
「山を守る天狗が自然を破壊してもいいのですか!」
「ここらが多少壊れた所で大して影響はないわ!」
「脳筋天狗め……どうなっても知りませんよ」
朱火はあきらめたようにそう言うと、剣戟の合間を縫って、久方ぶりに大きく距離をとった。玄白はそれを許すまいと追撃してくる。
「閃け暁。三ノ尾。山吹」
朱火が詠唱を始めると、刃に宿っていた赤黒い炎の色がこがね色に輝き始める。炎は輝きながらその勢いを増し、刃と一体化し始める。
「七尾、貴様ふざけよって!」
朱火の言葉を聞き、溜めている妖力を見た玄白は、焦ったように棍棒や全身に妖力を籠め始めた。朱火はそれを見て、にやりと笑う。
「【七刃:黄金炎華】!」
朱火は叫びながら、刀を振り下ろす。すると、玄白が自らその間合いに入り、棍棒でその攻撃をわざわざ受け止める。瞬間、輝く炎が連鎖的に爆発を起こしながら、玄白のみならず周りもまでも燃やし尽くさんとする勢いで拡散していく。
玄白は棍棒で朱火の斬撃を受けた体勢のまま、素早く詠唱を始める。
「大いなる山と大地に祈る。金剛の御業よ、顕現せよ。【|金剛巌牢結界《こんごうげんろう】!」
朱火と玄白を覆うように、地面から大岩がせりあがってくる。それは、広がろうとしていた炎を閉じ込め、霧散させるように炎の行き場を奪っていく。ついでとばかりに、朱火にも直接大岩が迫った。だが、朱火は切りつけるようにしていた体勢を翻して、それを躱しつつ、せりだしてきた岩に着地した。
「さて、ここまで大騒ぎしたのですから、やめましょうよ。何か用事があるのでしょう?」
朱火はその岩の上から見下ろすように言った。玄白は、それを見て不服そうに答える。
「もう少し遊んでいたかったが、お前の我慢がもう効かないと見える。こらえ性のないやつめ」
玄白はそう言うと、妖力を解き放って、大岩を消し去る。足元がなくなった朱火は、ひらりと地上に降り立った。そして、刀を例のごとく消し去り、真面目な顔で玄白に問いただす。
「それで? 本当は何のご用件でした?」
玄白はその涼し気な顔に、不満そうな様子を隠さず、鼻を鳴らした。しかし、武器は消し去った状態で改めて朱火と対峙する。
「孫娘がさらわれてな」
「さらわれる? あなたの孫娘が?」
「まだ17歳だ。わしのせがれは呑気な上に、徹底的に娘を甘やかしているみたいでの、妖力の基本的な使い方すらおぼつかん。さらわれるのも仕方なかろう」
「まあ、修行の一族である天狗だからといって、必要以上に妖力を鍛えるということもないですし。あなたと別の道を歩きたがっていた黒雲であれば、そういった教育方針になるのはむしろ当然では?」
「むぅ……」
朱火はこの玄白という天狗の息子、黒雲とも知り合いだった。ゆえにその性格もわかっている。最後にあったのは50年ほど前になるが、子どもを設けていたかと少し感慨深い気持ちになる。だが、玄白が持ってきた話は本当にそれだけなのだろうか。
「しかし、妖力を使えないとはいえ、17歳であれば身体はできているはず。小物の妖類ごときではさらうなど不可能。仮にさらえるほど力のある妖類であっても、簡単には打倒せないでしょう。そこまで焦る必要はないのでは?」
朱火は天狗という種族の特性とも呼べる頑健さについて理解していた。そして、自身よりもその頑健さに詳しいであろう玄白がこんな所まできた理由を疑問に思う。普段ならば、自分で解決してしまいそうなものを。
「それなんだがな。少々今回の件、面倒なことになっておるのだ。権謀術数は狐の仕事だろうと思って話に来たわけだ」
玄白が神妙な顔でいうも、朱火はため息を吐いた。
「最初の言いがかりはなんだったんですか」
「わはは、久方ぶりにおぬしと戦ってみたかったのだ。相変わらず強かった。満足だ」
「そうですか……」
そんなことだから息子に嫌われるのだ、と内心毒づきつつも、朱火は玄白の話を促し、事情を聞くことにした。
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