12話
13日目!
「とりあえず、私としては、敵の見当はついているの。だけど、すり合わせと何が目的だったのかを知らないと、万が一何かあった時に面倒だからね。先に聞かせてほしいの。珠姫から聞いた話だと、襲ってきたのは、銀三郎という狸の妖類だったと聞いたんだけど、それは間違いない?」
「はい、間違いありません」
透は、なんだか尋問のような気分にもなるなと緊張感を高めつつ答えを返す。その後も、色々な情報を問答の形式で出していった。そして、大体の情報が出たというところで、白天から次のような質問が出た。
「それで、これは結構個人的な話になると思うし、感覚に頼ってしまうから曖昧でもいいのだけど、銀三郎はどれくらいの力量だったのかしら?」
透の顔には、正直に悔しさがにじむ。だが、今後のためには飾らずに事実を伝えるべきであると、鍛え上げた仕事へのストイックさ、責任感から、所感を含めた意見を話す。
「強かったです。俺ではかないませんでした。恐らく、護界局の各隊の隊長であれば、勝てると思います。圧倒できるかはわかりませんが」
「それ程ということは、やはり、神通力を高いレベルで使いこなしていたのね」
「はい。ただ、奴は少々性格がひんまがっていたみたいで、俺をいたぶって楽しんでいるようでした。だから、どうにか生き残れましたし、珠姫さんを守ることができたのだと思います。なので……本当のところ、奴の真の実力まで見通せているわけではないと思います」
「なるほど」
白天は軽くうなずいた後、パッと表情を切り替えて、透と珠姫に明るく言った。
「でも、生き残れたことは本当に良かったわ」
透はなおも悔しさのにじむ表情で、眉尻を下げている。白点はなおも続ける。
「だってそうでしょう? 娘も無事だったし、前途有望な若者がその程度の負傷で済んでいるのですから」
それを聞いて、透は思い出す。
「そういえば、申し訳ないことに珠姫さんを守りきれず、ケガをさせてしまったようだったんですが、大丈夫ですか?」
透はおそるおそる尋ねた。その視線は珠姫にも向けられ、全身に負傷がないかをチェックしているようだ。珠姫は、その視線の意味を知りつつも、舐めるように全身を見られるのが恥ずかしく、自らの身を抱いて、若干透から離れるように上体をのけぞらせる。
「そうね。それは問題なかったのだけど、ちょっとふたりに頑張ってもらわないといけないことができたわね。朱火」
珠姫の反応をよそに、透の問いに答えた白天は虚空に向かって声をかける。透も珠姫もきょとんとしながら、白天を見る。すると、当たり前のように座る白天の背後に、朱色の髪の男が立っていた。透と珠姫は、突然のことに驚き、口をポカンと開ける。
「この朱火は、私に長年ついてきてくれている管狐なの。わかりやすく言えば、神使の狐。私はずっと一緒に仕事をしてきたから信頼しているわ」
管狐とは、妖類の世界それも白天の力の強い地域ではよく信仰されている神“いずな様”の使いの狐である。その名の通り、管に入って現れるところから、昔の人がそう名付けたといわれている。しかし、透は、今のを目にして、管どころか空気に紛れているのではないかと、あるいは自由自在に姿を現したり隠したりできる能力をもっているのではないかと、勘ぐってしまう。
「朱火のこと、透くんは知っているわよね?」
白天の問いかけに、思考を中断し、改めて緊張しながら答える。
「もちろんです。護界局妖類代表局長ですから。挨拶遅れてすみません。三番隊所属の日下部透です」
「ああ、よろしく。よく守ったよ」
「ありがとうございます」
透が緊張して受け答えしているのを不思議に思った珠姫は、小声で横から透に聞く。
「誰? 偉い人なの?」
「ああ、そうか。珠姫さんは知らないのか。護界局の代表局長っていうのは、人類側と妖類側から一人ずつしかなれない役職で、人間の世界で言う警察のトップだよ」
「えっ?」
珠姫が驚いたのも無理はない。朱火は、耳と尻尾を無視すれば、三十代後半くらいの男性に見える。今までに珠姫が見てきた刑事ドラマなどでは、幹部のポストにいるのは、白髪混じりのおじさんが多かったことを考えると相当に若く見える。
しかし、改めて考えれば何も不思議なことはない。見た目がこうでも、れっきとした妖類なのだから。見た目の年齢なんてあてにならないはずだ。ふと、珠姫は疑問に思った。そう言えば、この朱火よりも偉いという自分の母は、一体何歳なのだろうかと。
気になって目線を送ろうとして、珠姫は背筋が凍ったのを感じた。別段何かをしたわけでも、何かをされた気もしないけれど、おとなしく縮こまっていた方がよさそうだと、珠姫は朱火の方を見やる。
「姫様とは初めましてですね。朱火です。あなたがお母様の本体……ここにいるお母様と会うときには顔を合わせることも多いでしょう。以後、お見知りおきください」
「あっ、どうも」
丁寧なあいさつに、珠姫はぺこりとお辞儀を返した。そして、偉い人だという朱火からこれほど丁寧に接される自分は、透がずっと呼んでいたように正しくお姫様という扱いで通るのだろうと改めて気づく。
それとは別に、朱火の発言に少し疑問を抱いた珠姫は口を開く。
「あ、あの、本体とか分体とか、お母さんの話によく出てくるそれって何ですか?」
そう。珠姫は当然のように使われていたこの言葉の意味をよく知らない。最も、妖類については知らないことだらけなので、このことが特別ということでもない。だが、今後も“お姫様”として、この世界にかかわっていかなければならないなら、そろそろ自ら知っていくべきなのではないかと感じていた。しかし、珠姫の疑問に、白天はまったをかける。
「今は、その話はおいておきましょう。珠姫。後で私から話すから、今は別の話をさせてくれる?」
「あ、うん」
珠姫としては、今すぐに知りたいという焦りもない。母の言葉に素直に従う。「ありがとう」と返す母は、本当に実家にいたときの母そのものだ。逆に何が違うのかという疑問が沸き上がりつつも、それを飲み込む。
白天は、朱火の方へ目線を送り、話をするように促した。朱火はそれに頷き、透と珠姫に向けて告げる。
「端的に言えば、今から数日間、ふたりには妖類圏、白天様の目が届く場所で、妖力の扱い方の修行をしてもらうことになります。場所は、養成学校。先日、姫様に入学の手続きを済ませていただいたところです。この修行は基本的に私が行いますが、修行自体が養成学校の授業なのではなく、養成学校に入る前の準備段階だと思ってください」
「わ、わかりました」
珠姫が修行という言葉に若干緊張しながら答える。それに対し、透は手を挙げて、朱火に質問を投げかける。
「日下部隊員、なにか?」
「はい。お姫様……珠姫さんの修行の内容は想像できるのですが、俺の修行についてはどのようなものになるでしょうか? 珠姫さんと並行して朱火様がやるのは、下っ端の俺にはもったいないと思うので、内容によっては義父である三番隊隊長に頼もうかとも思うのですが」
透がこの提案をしたのは、この格上の方々との話は緊張したり、丁寧にするように気を付けたりするために、できるだけ離れたいという気持ちからだった。今もそうだが、お姫様である珠姫は、透がそう呼ぶとにらみつけてくるが、実際のところ珠姫以上に偉い人の前でさんづけで呼ぶというのは恐ろしくて仕方がないのである。将嗣に言われた、一族郎党打首獄門がちらついて怖いのだ。
だが、そんな事情は汲まれるはずもなく、朱火はきっぱりと言った。
「それは大丈夫です。戦闘訓練のようなものをするつもりはありません。ふたりに課す修行は主に、妖力、そして呪いの扱い方についてですから。将嗣隊長も知らないと思いますよ」
にっこりと笑って言いながら、朱火は内心で考えていた。
(姫様も日下部透も魔眼所有者。かつ、日下部透の方は遠く海の向こうの呪いがその源流。将嗣の話によれば、日下部透の妹の方がはるかに強い呪いをもつらしい。呪いは御すことさえできれば、己の武器になる。案外、ふたりとも、厄介ごとに巻き込まれた悲しき定めの人間などではなく、厄介ごとを巻き起こしていくこの時代の火種なのかもしれねえなあ)
朱火は少し妖しげで楽し気な光をその目に宿した。
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