プロローグ
2021年最後のチャレンジとして、思い付きのハイファンタジーを一気に書き上げようと思います。
年内は毎日投稿。
ストックはわずか。
でも、頑張るので、読んでいただけると嬉しいです!
よろしくお願いします!
世界には、人類の知りえない神秘の領域がある。その神秘の一端にでも触れてしまったら最後、普通の生活を送ることはできない。そのため、この現の世界と、神秘の世界との境界は、それらを守護する者たちの手によって厳重に管理されている。彼の者たちは、結界術師と呼ばれていた。
ここに、境界――通称“護界結界”――からこぼれた神秘に触れてしまったことにより、結界術師として生きている男子がいる。
日下部透、19歳。
彼は、今、“護界結界”を破り、人類圏に進出しようとする日本古来の神秘と向き合っていた。最も、それは、神格とか伝説の妖怪とかいう恐ろしい相手ではない。日本古来より、都市伝説として、世間に浸透してきた口裂け女である。
「いやよ。私は必ず、人類に会って、彼氏をつくるわ!」
「だーかーら、人類圏に行くならパスポートもって、会異局の窓口で申請して、変化の術をかけてもらってからじゃないとダメなんだってば」
「そんなことしたら、私の美貌そのものが、出会う人類に伝わらないじゃないの!」
「いや、だからさ、それはダメなんだって、禁則事項に引っかかるの! 出会った人の記憶処理しないといけないの! 仕事増やさないでくれよ、頼むから」
「知らないわ! だって、私、見たんですもの、SNS、バズってるじゃない! 口裂け女がカワイイ漫画が! 私だってモテたいのよ! わかる!?」
「わかるけどさ、わかるけどね。この人たち、実際に口裂け女に会ったわけじゃないから、想像の産物だから。人類の俺が保証するよ、絶対に人類はあんたのその顔見たら、怖がって逃げ出すか、失神するか、発狂するかのどれかだ。普通に会話してくるやつはそもそもイかれてるやつだからやめとけ、な?」
透は諭すように見せかけて、さらりと口裂け女の容姿をディスる。しかし、人類の美醜観では当たり前かもしれない。口裂け女の口は、それこそ、耳まで裂け、その隙間から覗く肉は、赤黒くてとても健康そうには見えない。加えて、きれいに並んでいる歯は、鮫や恐竜を思わせるくらいに鋭利でぎらついている。こんなものを何も知らない人が見たら、精神が削れること請け合いだろう。
「婚活は妖類圏の中でしろって、頼むから。もうそろそろ若くないんだろ? 落ち着けって。しわが増えるぞ? ほら、帰った帰った」
透は既に、妖類、つまり神秘の世界の住人たちと、10年以上の交流があるため、恐ろしい外見をまっすぐに見据えながら、簡単にそんなことを言った。
しかし、彼には、女性の気持ちを考えるという頭がなかった。
「あんた……殺すわっ!!」
「は?」
もしかしたら、一日中“護界結界”の警備をしていて、疲れていたのかもしれない。定時間際で気が抜けていたのもあるだろう。それでも、一応は女性である口裂け女に対して、してはいけない物言いをしたのだ。
口裂け女は、その大きな口で、鋭利な牙を使って透の首をかみちぎろうと跳びかかってきた。
「うわっと! あんた、公務執行妨害になるぞ! 逮捕しちゃうぞ! やめとけって!」
「うるさい! やめとけ、やめとけって、あんたみたいなガキに言われるような女じゃないのよ!」
「大人でおしゃれな女は、俺のことをガキとか言わないと思うぞ。今なら、不問にしてやるから、な?」
「うるさーい! 頭に来たから、殴らせなさい!」
口裂け女の激昂も最もである。彼女は全身に力をため、指から鋭利な爪を生やして、その爪と牙でもって透の命を狙いに走る。
透は、やれやれという顔をして、悪びれもせずに、口裂け女の攻撃を迎え撃つ構えを取った。着流しのような彼の羽織が、それを受けてはためいた。
透が持つのは、錫杖のようなもの。所属する護界局の職員に配布されている道具である。
透はこれを振るい、口裂け女の右手をはじく。続く左手の攻撃に、半身をひねって躱しながら、石突の部分で、口裂け女の腹部に打撃を加える。
透の打撃にたたらを踏んだ口裂け女は、一度距離を取った。
「ガキに見えてもさ、警備ができるってことは、ちゃんと結界術師ってことなんだよ、おばさん」
「このガキ……!!」
そうやって、煽りを入れると、彼の口から言葉が紡がれる。
「玄武の鳴動、閉鎖し、箱を成せ、陽ノ三」
「まずいっ……!」
口裂け女がそれを聞いて、焦ったように距離を詰めようとする。だが、透の言葉と同時に光りだした地面が、術を成す方が早かった。
「【界壁包囲】」
「なっ……!」
口裂け女の周囲の地面から、光の壁がそびえたつ。彼女の身長よりもかなり背丈のあるそれは、箱のように彼女の四方をふさいだ。口裂け女のこぶしが、光の壁に当たるも、壁は確かな反発をもってこたえる。
無から、世界を切り分ける壁を生成することができる。これが、結界術師の使う結界術の一端であるのだ。
ただ、声が遮断できるわけではないらしく、口裂け女が喚いているのが聞こえてくる。それを尻目に、透は、着流しとスーツを折衷したような服の懐から、スマートフォンを取り出した。
「あ、もしもし? 隊長ですか? 公務執行妨害で、一人確保したんですけど、俺、そろそろ上がりの時間なんで、このまま連行してもいいですか? 交代を早めに送ってもらって」
「ああん? 透、お前、またなんか煽ったりしてねえだろうな? お前が煽ったせいで怒らせたってんなら、こっちがいろいろ補償したり謝罪したりしねえといけない部分もあるってわかってんのか?」
電話口の声は、ドスの利いた低い声で脅すように言った。透はそれを受けて、若干、焦ったように自分の言動を振り返る。そして、絞り出したように言う。
「あーん、ワンチャン、やったかも?」
「大馬鹿者が!! 帰ってきたら始末書と説教食らわせてやる! とりあえず、交代送ったから、粗相のないように運んでこい!」
「うへぇい」
これが、日下部透の日常だった。“護界結界”の警備を担当する護界局の三番隊に所属し、隊の最年少として、トラブルを起こしつつもかわいがられる生活。やるべきことは山ほどあるし、忙しい状況だが、本人もこの環境を好ましく思っていた。
「ああ、それと、帰ったら話があるから、そのつもりでいろ」
「説教以外に?」
「おう、そこまで悪い話じゃねえよ。まあ、早く帰ってこい」
透の日常は、このひとつの話によって変わることになる。そして、今まででは想像できなかった出来事がその身に降りかかることになるのである。