24
――・24・――
「楽しみにしてたよ」
「ああ、俺もお前を負かすのが楽しみだ」
短いながらも明確に火花を散らし、俺たちは位置につく。
それから間もなく、火蓋は切られた。
対セドリックにおいて、俺が攻略すべき課題は無数に考えられた。
今まさに放たれようとしている超火力の雷撃も、そんな課題の1つに違いない。
コマンド――『全展開』からの『形態変化:盾』。
3つの光球が結びつき、俺への攻撃を退ける盾となる。
――これがダメならそもそも勝負にならないんだよ……な!
こればっかりはぶっつけ本番の出たとこ勝負。あらゆる戦術も、ここで圧倒されていては成立しない。いわば分水嶺だ。
シャー。互いの魔法がぶつかり、軋むような不快音を轟かせる。
コマンド――『白雷』。
盾をぶち破って降りかかる雷撃――俺がそれを避けることができたのは、一足先に離脱を試みたからだった。
――あっぶねー。でも……数秒耐えた、十分だ。
勝負になることへの喜びが俺を滾らせる。しかしそれもつかの間、爛々と輝かせた瞳が捉えたのは、続けて放たれる雷撃のモーションだった。
コマンド――『悲愴』『自尊』、『白雷』。
俺は2つの光球を生成。先の要領で時間を稼ぎ、『白雷』の高速移動で離脱する。
――より効率的に、最小限であの雷撃を捌く……!
おそらく魔法を行使する体力では敵わない。相手と同じだけ消耗していたらジリ貧だ。だからこそこの攻防でアドバンテージを取り、元々の能力差を埋めていく必要がある。
最終的に「打つだけ損だ」とセドリックに思わせたら万々歳。そうでなくとも、俺にはまた別の狙いがあった。
コマンド――『自尊』『怒気』からの『白雷』。
またも生成される2つの光球。そのうちの1つ、『自尊』で相手の雷撃を受け流し角度を変える。そうして最小限の動作でいなすと、『白雷』による移動でセドリックの視線を引きつけた。
コマンド――『形態変化:剣』。
生成後放置していた『怒気』の光球が、剣の形となって襲いかかる。
不意を突いた一撃に回避は間に合わず――
瞬間、セドリックの周囲で爆発が起き、砂煙が舞い上がった。
「案外、俺もやるだろ?」
雷撃への最小限の対処を模索しながら、俺はあたかもギリギリで凌いでいるように見せていた。安易に放たれる追撃を誘い、それを刈り取るために。
※ ※ ※
砂煙を突き破り、俺はマナトとの距離を取る。
この男の急成長は目覚ましい。中でも目を引く機動力は、明らかに回避が間に合わない一撃をも凌いでいた。雷撃による遠距離攻撃は、すでにこの数回で呼吸を掴まれてきている感覚すらある。
――あまり一辺倒に力押しするだけで勝てる相手ではなさそうだ。
「おもしろい。これは、どう?」
全身から雷が迸る。次の瞬間には地面を蹴り割り、閃光のごとき速度でマナトへ肉薄、身体強化を遺憾なく発揮した拳が振り下ろされる。
空を切る感覚。どうやら反応してかわしたようだ。だが当然これで終わりではない。
流れるように、あらゆる動作を連動させて生み出される攻めの連続。この1月半で身体に覚え込ませた体術を存分に活かし、絶え間ない追い打ちをかけ続ける。
――成長したのは、あんただけじゃないよ。
※ ※ ※
『レンカにやられて課題が明確になった。まずは機動力だけど、シアのくれたペンダントを応用できないかと思ったんだ』
俺の機動力を支える要素は大きく2つある。1つはシアの発明品。もう1つは街一番の工匠、ラッド・シュールによる特製車椅子だった。
直径肩幅ほどの透明な石が2つ、それぞれ車椅子の背面と座面裏側にはめこまれている。この石はコマンドによって起動し白光、シアが仕込んだ高速移動の魔法が発動するという仕組みだ。調整にはかなりの手間がかかったが、原理自体は案外シンプルになっている。
――この機動力、十分通用する……!
襲いくる攻め手の嵐に対処しながら、俺は確信していた。
もっともこれは、スラムの協力あってこその賜物だ。
『俺の練習相手になってくれ。実戦形式の経験がほしい』
その申し出を彼は快く引き受け、俺に対体術の実践値を与えてくれた。そこで培われた技術と経験の完成形が、セドリックのラッシュに渡り合えている現状である。
――セドリックの癖まで真似てもらったのに五分か……ちょっと顔向けしづらいな。
それも良く言って五分だ。攻めに転じる機会は中々得られず、一方的な防戦に甘んじている。その上消耗度合いで言えばこちらの圧倒的マイナス。遠距離戦で取った有利を完全にひっくり返されている。
――普通にやってたらズルズル負けるだけだな……。
多少無理をしてでも、勝負に出る手立てを探し出す――否、作り出す。
息つく間もないほどの攻撃の嵐、それをかいくぐる動作の中で俺は布石を仕込んだ。
無造作に光球を生成しだしたのである。
セドリックの体術の前には、壁としても心もとない光球単体だが、意図はあった。
コマンド――『形態変化:剣』。
数多く生成された光球の1つから、不意に放たれる光剣の反撃。
「クロヴィエの真似事か? 誰を相手にしてると思ってる」
攻めに転じた隙を突かれたのか、背後からした声に背筋が凍った。
コマンド――『形態変化:盾』『白雷』。
漂う光球を咄嗟に密集させ、俺は離脱を図る。
しかし直後、地を揺らすほどの爆発が目の前で起きた。
※ ※ ※
正直、ここまでマナトが俺についてくるとは意外だった。
砂煙の向こう、車椅子の男の無事を確認して俺はそう思う。
予備動作なしの近距離雷撃。本来使うつもりはなかったが、いざ凌がれてしまうと微妙な心地だ。……使わされた、という嫌な感覚が不快にも残っている。
『ゆくゆくはお前と肩を並べるかもしれない』
クロヴィエの言っていたことが、ようやく実感として腑に落ちた気がする。
――認めるよ。こいつは俺が本気で倒すべき相手だ。
「潰すよ」
返事は待たなかった。より一層の雷を全身に纏い、本当の肉弾戦を始める。
※ ※ ※
明らかにギアを上げたセドリックに、俺は終始圧倒されていた。
近距離雷撃には光球を間にかませ、角度をそらすことで対処。
より勢いを増した体術も、『白雷』をフル稼働させてなんとかといったところ。
運良く凌げてはいるが、それも綱渡り状態。いつ手が回らなくなってもおかしくはない。何よりキツいのは、最初から懸念していた体力の絶対的な差だった。
ジリ貧とはわかっていながらも、攻めに転じる余裕なんてものは今度こそない。耐えるという現状維持で上々、普通にしていたら緩やかに対処が間に合わなくなる。
――クソッ。
疲労とともに呼吸は浅くなり、視野は狭くなっていく。目の前のことで手一杯で、少し先を予測した動きが減っていき……綻びは徐々に大きくなっていった。やがて――
ガンッ。
衝撃が全身を襲う。
車椅子ごとぶっ飛ばされ、横転させられたのだろう。地面がすぐ近くに見える。
そして横目には、静かに俺の前で立ち尽くすセドリックの姿が映っていた。
横転のような事態に備えていなかったわけではないが……この男がその対処を許すはずもない。それにいくら高速な『白雷』の移動をもってしても、ここから離脱まで行うのは難しいだろう。
「参ったな。降さ――」
バチィン。
轟音が俺の言葉を遮る。気づくとセドリックの拳は、特大サイズの雷を纏っていた。
その拳は当然振り下ろされるためのものであり、容赦なく俺――ではなく、車椅子へと叩き込まれていた。
激しい音の後に、車椅子だったものの破片が宙を舞ってゆく。
「てめぇ、なんてこと!」
努力の結晶がこれ見よがしに破壊され、俺は叫ばずにいられなかった。
※ ※ ※
決着を急ぐ行為は命取りになりかねない――これは俺がレゼットに最初に教わったことだった。
あいつには身体に直接叩き込まれたことが多い。一番は「削る」ということだ。
分が悪いのなら互角に持ち込み、拮抗しているのであれば有利を築く。優勢に立ったとしても決着は急がず、ただ有利を拡大していくことに努める。
最初に聞いたときは面倒な真似だと思った。だが、そうしなければ戦いにすらならない相手と日々手合わせすることで、その認識はいつの間にか改まっていた。
本気でやると決めたからには容赦はしない。俺は全身全霊をもってマナトを削ることにした。仕留めるための一撃よりも避けづらい連撃を優先し、徐々に徐々に消耗を誘った。
そして拮抗が崩れたとき、俺はさらなる有利を築くために彼の”足”を狙った。
「てめぇ、なんてこと!」
勝負は最終段階にまで来ている。
”足”のないマナトにできる抵抗は、もはやないも同然だ。
「これで終わりだ」
そう言い終える頃には、俺の手はそれを貫いていた。
魔法を駆使する際に何やら操作していた箱状のもの。ここまで徹底的に潰せば――
※ ※ ※
崩れてく。散り散りに。何もかも。
『会いにきてよ、そんなこと言わずにさ。私、ちゃんと待ってるから』
ふと聞こえてきた声が俺の内側でこだまする。
生まれた波紋は徐々に大きさを増し、やがて……。
「蓮」
その名を口にさせた。
ガコンと何かがはまり、直後全身から光が迸る。天高く昇るそれは、まるで俺を照らすスポットライトのようだった。
『聞いた話だと、媒介は欠落を埋めるものとか言われてるらしいよ。詳しくないけど』
――なるほど、これが俺の欠落だったわけだ。
得心と同時に、俺を包み込んでいた光は霧散した。
『そういうもんだって腑に落ちるんだよ。目を開けば景色が見えるみたいに、こうすれば魔法が使えるって感覚がふとした瞬間に理解できる』
今ならその意味も、真に理解できる。
――『未練』。
感覚に任せてその力を行使すると、俺を中心に地面が淡く輝き出した。
それらの輝きは次第に俺へと集い、再びまばゆい光の塊となって……発散した。
光のあとに残されたのは、元通りの俺だった。身体を支える車椅子も、愛用のアケコンも、戦うために必要なものはこれで全て復元した。
「続きをしようぜ、セドリック」
全能感の中で俺はそう口にするのだった。
※ ※ ※
「…………」
何が起きた? たしかにこの手で壊したはずのものが、今平然と目の前にある。
感触はあったしこの目で確認もした。それなの――
目の前からマナトの姿が消え、すぐさま衝撃がやってくる。
咄嗟にガードするも身体は浮き、そこへすかさず追撃の衝撃がやってきた。
――一体何をされてる!?
四方八方から襲いくるそれになすすべもなく、俺は攻撃の全容も掴めないでいた。
くしゃくしゃにされながらも身体強化で防御は固め、考える時間を稼ぐ。
明らかに動きが変わった。あの箱に何か秘密が……? いや、反省してる場合じゃない。この状況を覆す方法を――
「カハッ」
固めた防御を破り、光剣が身体中に突き刺さる。
――負ける? 俺が、マナトに……?
出血に意識が遠のき、地面に膝と手をつく。
「許さない……」
俺は思い出す。あの日のことを――
5年前、俺は家族と平和に暮らしていた。
特別裕福でもなかったが不満はなく、兄と姉、両親とのどかな時間を過ごしていた。
あの日、紫炎の化け物が俺たちの街を襲うまでは。
地獄とはこれだ。そう思えてしまうほどの光景が目の前に広がっていた。
馴染みの場所は様変わりし、もはや自分の知っている故郷と認識できないほど荒れ果てていた。
炎と煙に巻かれ、自分も死ぬのだと悟りながら、恨みを、憎しみを、怒りを、この胸に刻み込んだことは忘れない。
『許さない……』
奇跡的に助けられた俺の第一声。そのときの感情は、いつだって鮮明に思い出すことができる。
怒りと憎しみ、復讐心に染まったドス黒い感情だ――。
※ ※ ※
「殺すから」
途端、セドリックから魔力が怒涛の勢いで溢れ出す。
――これは……炎。
纏っていたはずの雷は鳴りを潜め、彼を中心に灼熱が渦巻いている。
気づけば相対する男の髪は真紅に染まり、こちらを見据える瞳も真っ赤に輝いていた。
『聞きたいことがあるんだ。俺と戦いたいなら協力してくれ――』
魔法を行使する感覚についてセドリックに聞いたことがある。答えは……。
『怒る』
コマンド――『白雷』。
――あんときはポカンとしたけど、今は納得できるぜ……!
膨大な魔力で構成された炎を乱れ飛ばす形相はまさしくだ。
コマンド――『怒気』からの『形態変化:剣』。
「なんか、した?」
複数の光球を生成し同時に剣として放つも、セドリックを取り巻く分厚い炎を前に全く歯が立たなかった。
一方向こうの攻め手は鋭く、気づけば間合いを詰められていた。
コマンド――『白雷』。
「おせぇ」
移動先を押さえられ、灼熱の回し蹴りが振り下ろされる。
――『未練』。
咄嗟に行使した魔法の力は俺を攻撃の脅威から遠ざけ、悠々とその場を離脱させる。
我ながらなんでもありだ。理屈はわからない。ただ、感覚的になんでもできる気がして、そして実際に出来てしまってるというだけでしかない。
「いいじゃんか、見た目も気持ちも熱くなっててよ」
懲りずに灼熱の拳を振るわれるも、それが俺に届くことはない。
――見た目の変貌ぶりといい、やばい雰囲気は感じてたけど……なんとかなりそうだな。
接近からの体術と、灼熱による広範囲な攻撃。普通なら対処不能の馬鹿げたスピードと超絶火力のあわせ技だが、俺の脅威ではなかった。
――ただしだ。
全く負ける気はしない。だが同時に、こちらが勝てるビジョンも見えなかった。向こうの攻撃が俺に届かないように、俺の攻撃も炎の壁に阻まれ届くことはない。
実質的な膠着状態。奇しくも終始気にしていた体力勝負――。
「気、抜けてるよ」
セドリックの蹴りが車椅子の側面に入り、俺ごと壁に激突させる。
――この期に及んでまだ俺の”足”を狙うか……想定通りだ。
――『未練』。
壊れた車椅子を戻すまでのわずかな時間、その隙を必ずセドリックは突いてくる。俺を逃さないために神経を張り巡らせ、攻撃に集中するに違いない。
だから逆手に取ってやるんだ。
『未練』は時に干渉する力。失われゆくものを拾い上げ、復元する。それは俺に由来するものに限らず……。
「っ!?」
『未練』の力がセドリックを飲み込み、灼熱の炎は跡形もなく鎮まる。それに伴って彼の容姿は元の白髪黒目に戻っていた。
「言ったろ、俺は戦いに来たんじゃねえ。お前を負かしに来たんだ」
今さら気の遠くなるような消耗戦なんて、するつもりはなかった。
もちろん車椅子の復元なんてしておらず、それをブラフに攻めの一手――セドリックを対象とした『未練』の発動をしていた。
そもそも壊させたのだってわざとだ。俺の降参を遮ってまで車椅子を潰してきたやつなら、膠着状態に車椅子の破壊を起点にすると思った。
だからそれを利用して、かえってこちらの起点にしてやったわけだ。
「”足”のないあんたなら、この状態でも――」
「やめとけ節穴。もう復元は済んでる」
「…………」
「執拗に狙ってきてくれたけどよ、欠点ってのは、誰より本人が意識してるもんだったりするぜ」
「……俺の負けだ」
ゆっくりと目をつむり、セドリックはたしかにそう言った。
「うおおおおお」「なんだよあいつ!」「天才だ。天才だっ」
周囲から熱狂的な声が上がる。
「おいおい、態度変わりすぎだろうが……」
――まあ才能なんて所詮こんなものか。
やれ恵まれてるだの、やれ特別だの。周囲から飛び抜けて秀でれば、途端にその烙印を押される。……それはきっと、凡人にとっての自衛手段なのだろう。
生まれた時点で自分とは違う――そう思わないと自らの怠惰が浮き彫りになって、逃げ場がなくなってしまうから。
――俺が蓮に向けてた感情もそうだったのかな。
同じときがなかったとは言えない。……でも、結局それが全てだと言えるほど、簡単なものでもなかったと思う。
――天才の見る景色も悪くないけど……やっぱ俺は、凡人気質だな。
勝つためにやるのではなく、やるからには勝つ。
そうやって取り組んで、凡人が凡人なりに綾をつけるってのが性に合ってる。
「よくやったなお前さん。いや、マナト」
ねぎらいにやってきてくれたスラムへ返答を……。
「あ……れ……」
何かおかしい――そう思ったときにはもう、俺の意識は落ちていた。




