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――・20・――
時は移ろい編入試験前日。
「今、なんて言った?」
普段の明るい調子は一転、トーンの低い真剣味のある声でレゼット教官は言った。
ただならぬ雰囲気に、周囲の面々が一斉に振り返る。
「だから、俺には難しかったみたいです。才能なんてないただの人……いや、それ以下なんで」
ありとあらゆる思いつく限りの工夫を凝らしてなお、俺は手応えすら得られなかった。わずかでも成長を感じられていれば、違った結果になっていたのかもしれない。……だが、シアにもらった判定機が、皮肉にも進歩しない俺の現状を教え続けてくれた。
自分に未来がないと思うには十分すぎたのだ。
苦労もなく魔法の会得に至った他の異世界人を思えば、嫌でも痛感してしまう。
――俺が初めての例外、魔法を使えない異世界人だ。
「はっ、やっぱりな」「啖呵切っておいてあのザマか」「口だけ野郎ってことだろ」
ヒューリーをはじめとする、俺をよく思っていない連中の声が聞こえてくる。
「っ…………」
一瞬ムキになるも、口走りかけた反論を思いとどまる。どうしたって言い訳にしかならない。虚しいだけだ。
「お前さん」「マナト……」
スラムとシュミットが、どう声をかけたものか迷った様子で近づいてくる。しかし俺に合わせる顔はなかった。
「悪い」
それだけ言って彼らの横を通り過ぎる。
目をそらし、何もかもから背を向けて、俺は闘技場から逃げ出した。
「残念だ」
すれ違いざま、最後の最後にセドリックはボソリとそうこぼした。
――俺だって、自分がもう少しやれるやつだと思ってたさ……。
誰も逃げたくて逃げるわけじゃない。
やれることは全てやった。手の届く範囲全てに手を伸ばした。
それでも、会得には至らなかったんだ……っ。
「ッ――」
目の前を車椅子の少年が通り過ぎていく。血相を変え、話しかけることすら躊躇われる重々しい空気をまとって。……その姿が、まるで逃げているように見えたのは、僕の目が穿ってしまっているからだろうか。
もしそうでないのだとしたら。
僕の予感は、悪い意味で当たってしまっていたのかもしれない。
「なんて、当事者ぶるのも変な話だね」
少しだけ胸の内がすっきりしてるのがわかって、自分のみみっちさを再確認した。
「所詮その程度の人間だよ、僕は」
――マナトが消えていったほうを見つめ、門番はぼやく。その瞳は諦念に染まっていた。
一心不乱に特区を抜け、並木道を進む。
緩やかな下り坂が車椅子の速度をだんだんとあげてゆき――
「…………」
何が起きたのか、理解が追いつかなかった。
視界には澄み渡った空が一面に広がる。
「痛っ……」
――ああ、事故ったのか俺。
視界の端に見えた木々が、ついさっきまで横目に見えた並木と重なり思い至る。
全身を包む鈍痛がその証拠だった。
ブレーキのない車椅子で加速し、何かにつまずきでもして放り出されたのだろう――頭が事態を飲み込んだせいか、全身を苛む痛みがより存在感を増した気がした。
しかしそれもすぐに気にならなくなる。惨めさが、自分の情けなさが、全てを塗り潰すほど大きなものだったから。
――ほんと、何してんだろうな……。
「もしもーし、だいじょぶ? 泣いてるの?」
「ちかっ」
意表の声に顔を上げると至近距離で視線がかち合い、反射的に俺はのけぞっていた。
「そんな驚く? 結構物音立てたと思うけど、気づかなかった?」
目元を拭い身体を起こすと、少し踏み荒らされた草木が見えた。
細長い指がクリーム色の長髪を軽く触り、キリッと大きな瞳がこちらを見つめる。中腰で視線を落としていたから目が合ったのか――なんて考えていたら、彼女はさっと距離をつめ、俺のすぐそばまで来ていた。
「大丈夫。治療してるだけだから。じっとしてて」
直後、暖かくも形容しがたい感覚が全身を包む。同時に甘い香りが鼻をくすぐり、黄緑色の光が彼女の………………。
「そ、それ……」
「ん? どうした?」
光の元を辿った先、そこにあてがうように添えられていたのは……
「杖……だよな?」
彼女の身長ほどもある大きなそれは、ゲームをも思わせる典型的なアイテムだった。
身体中の血液が湧き上がる。
視線がそれに吸い込まれて離さない。
「そうそう、物珍しいかも――」
言葉を遮り、その手を取ろうと――したところをかわされた。
「な、なに……?」
勢いを殺しきれず地面へめり込んだ俺に、不信感の滲む声が降りかかる。
「その杖、俺にも使えるのか? てか、どういう役割なんだ? いや、どうして杖を使う発想になったか聞いたほうがいいか……」
「あ、あのさ」
「頼む! 切羽詰まってるんだ、教えてくれっ!」
ここが正念場と、俺は迷いなく地面に頭をこすりつける。
「う、うん……それはもうひしひしと伝わってくるんだけど……ちょっと落ち着こ?」
やれることは全てやった。手の届く範囲全てに手を伸ばした。
だけど今、目の前には新たな可能性がある。
外側からやってきたそれに、俺は期待しないわけにはいかなかった。




