帰還
――・帰還・――
シアの回復には目を見張るものがあった。日常生活程度なら、目覚めたその日のうちに俺より自由が利いていたほどだ。
「またあんなふうに戦えって言われたら、ちょっとできるかわからないけど……」
「もうそんなことさせないから。変なこと言ってないで、安静にしてろ」
「ふふっ、マナトくんが過保護」
両頬を押さえ、シアは大げさに反応する。
「その気味悪いほど甘々な態度、わけがわかるとさすがに清々しいな」
「ものすっごいひどい言われようじゃない!?」
そんな軽口が当たり前になってくると、自然とサンドリアへ戻る話が出てきた。
『俺は同行できないが、移動に適した魔法のやつがいる。送るよう言っておこう』
当然クロヴィエにも話は行ったが、どうやらまだ彼の状態は芳しくないようだった。
遅れて目覚めたシアのほうが先に調子を戻したことになるが、「彼女が異常なだけだ」とクロヴィエは苦笑していた。ミリヤさんもそれにうなずいていたから、おそらくシアが普通でないことは確定なのだろう。さすが『死んでも死なない魔法使い』。
ちなみにシアとクロヴィエの対面はまだしていない。
シアには会う気があったようだが、俺のほうから言ってやめてもらった。正直俺の心の準備が間に合っていなかったからだ。
――こういうのは案外、部外者のほうが心労するものなんかね……。
ぼーっとシアの顔を見ていると、こちらの視線に気づいたのか目が合った。くしゃっとした笑みを浮かべるので、こちらもぎこちないながら笑顔を試みる。
「準備、できた」
間の悪い第三者の登場に、思わず肩がビクリと跳ねた。
そんな俺に構わず、普段通りの淡白な態度を取り続ける声の主はツインテールの少女。クロヴィエが言っていた適任とは、彼女のことだった。
つまり、今日がサンドリアへ戻る当日ということになる。
「準備って……いつも通りに見えるけど」
「事実いつも通りだから合ってる」
「え?」
「そっちの準備がいいなら、もう出発する」
視線を背後に回っていたシアへ向けると、にっこりとした笑顔でうなずいてくれた。
「じゃあ頼むよ」
直後、俺の視界から光が消えていた。
「……え?」
一切の音はなく、思考を乱す揺れもない。外界の情報はことごとく遮断され、黒一色の世界は俺を無心へといざな――
「着いた」
――はやっ。
視界が復活すると、そこはサンドリア近郊だった。遠目ながら、馴染みのある街並みが見えている。
「騒ぎになるかもだから、ここまで」
「あ、ああ。ありがとう」
――何が起きたのかまるでわからなかったな……。
まあ、これも「知らないほうがいいこと」なのだろう。追求はするまい。
「お世話になりました」
「助かったよ。今日だけじゃなく、セントラルで過ごした時間も本当に」
シアに続いて感謝を述べると、ツインテールの少女は背を向けた。
――こういう淡白なところは徹底してるな。
「強くなるの、がんばって」
「え?」
肩越しに告げられたその言葉に、俺は意表を突かれる。
「またね」
少女は返事を待たずに手を振りかざし、それとほぼ同時に黒い何かが彼女を覆った。
「……なあ今のって、シアなら何が起きたかわかるのか?」
「まさか。私にも目の前で消えたように見えたよ?」
黒服を纏った少女の姿はどこへとなく消え、そこにはただ、生い茂る木々越しに山が見えるのみだった。
「じゃあ……帰るか」
「そだね、いこっ」
車椅子をシアに押されて、俺は久しぶりの宿へと向かうのだった。
「お、帰ってきたか。一体お前ら何してたんだ?」
「ベ、ベルキースさん!?」
リビングから俺たちを出迎えたのは、黒い肌にスキンヘッドのおっさんだった。
「よぉ、久しぶりだな。もうここは用済みかと思って、放置されてたもの処分しち――」
「嘘だろ!?」
驚愕とともに発せられた俺のその言葉は、直前のシアが霞むほどの大声になっていた。
「早とちりすんな。まだ嬢ちゃんの部屋もボウズの部屋にも入っちゃねえよ。危うくそうするとこだったって話だ。ハハッ、タイミング良かったな、ボウズ」
「ああ、本当に……」
誤解でよかった。アケコンまで失ってしまえば俺はどうなったことだろうか……考えるのも嫌だった。
「それにしてもボウズ、随分と印象変わったじゃねえか。いい目をしてやがる」
「心労でゲッソリしてるところに言われてもな……。まあ、おっさんの知ってる俺が腐りすぎてただけだろ」
「ハハッ、そうかもな。……だがまあ、こうしてまた顔を突き合わせられて何よりだ」
「……ああ。また会ったな、おっさん」
互いに口角を上げながら、どちらともなく手を差し出し握手を交わす。
思えば俺は、こうしておっさんと目を合わせたことすらなかったのかもしれない。
このとき初めて、俺は本当の意味でおっさんと向き合えた気がした。
「人生の意味、見つかったかよ?」
「意味は見つかってないけど、成し遂げたい目標は見つけた。今すべきことはわかるよ」
「そりゃいい。がんばれよ。……ちなみに何するのか聞いてもいいのか?」
真面目な空気から一転、茶化すような調子で彼は尋ねてくる。自然と手は離れていた。
「俺今、学院の軍事科に仮編入してるんだ」
「ベルキースさんが私に教えてくれたでしょ? 魔法を学ぶならと思って勧めたんだ」
「そう、か。学院と来たか。こりゃ驚いた。あのボウズが随分と進歩したもんだぜ……」
そんなに衝撃的だったのだろうか。おっさんは見るからに歯切れが悪くなり、心なしか声は震えているように聞こえた。
やはりこの世界の人々にとって魔法とは、俺が思っている以上に特別なのかもしれない。
「こんなものじゃまだまだだよ。俺はもっと、強くならないといけないから」
試験本番までの10日あまり、ここが俺の正念場だ。




