理由
――・理由・――
ふわりと風が吹き、なびくカーテンとともに光が入り乱れる。
『こうできるだけで、気持ちが楽になるよ』
刹那よぎる、かつての情景。
寂しくも暗く、静かな一室は……
「あ……マナトく――」
瞬きの先にはなかった。
「シア……っ!」
待ちわびた彼女の微笑みを目にした瞬間、激情が全身を突き動かしていた。
俺は彼女の胸に飛び込むと、無我夢中でその身体を抱きしめる。これまで唯一の拠り所だった体温を感じて……
「いっぱい、心配してくれたんだね。こんなに力を込めてくれるぐらい」
やさしくかけられる声に、やさしく頭をなでてくれる手に、こうして再び視線を交わすことができるこの瞬間に…………俺は思わず泣いていた。
「私どのくらい眠ってたの? マナトくんの変貌ぶりから、よっぽど長かったのかなって思っちゃうんだけど」
「……10日以上」
「ありゃ、意外と――」
「俺とシアが一緒にいた時間より長いだろっ!」
「……ふふっ、そんなムキにならないでよ。大丈夫、茶化したりは……するかもしれないけど、ちゃんと嬉しいから」
「どういう理屈だよ……」
懐かしくも変わらない軽口の応酬に、俺は少しずつ落ち着きを取り戻していく。
目元を拭い一度深呼吸をしたら、ある程度クリアな思考になっていた。
「もう体調はいいのか?」
「うん、ピンピンしてるよ。だから意外だったなぁ、マナトくんの反応は」
「…………」
もしかすると、これからことあるごとに蒸し返されるのだろうか。茶化される鬱陶しさよりも、普通に恥ずかしさがまさるのが難点だ。
――まあ、恥をかくぐらいで済んだなら安いもんか。
「でもこれ、自然回復でこうなったわけじゃないよね」
「ああ。ここはセントラル。シアと戦った男――クロヴィエの仲間が手を施してくれた」
「そっか。……あとでお礼言いに行かないとね」
少し難しそうな顔をしたあと、シアは静かにそう口にした。
「シアからすれば複雑だろうし、気に入らないかもしれないけど……」
「ううんそんなことない。マナトくんが決めたことなら、私はついていくよ」
まっすぐに目を見て、彼女は全幅の信頼をおいてくれる。それに俺は……目をそらして答えた。
「そうか。……事の顛末についてはまた今度、退院して完全復活したら話すよ。それまでは何も考えず、回復に専念してくれ」
「うん。ありがとね、気遣ってくれて」
「これぐらいは当然。むしろ余計なお世話になってないか気になってたぐらいだ」
「ふふっ。あともう1つ、私のこと止めてくれてありがとう」
『殺すなシア!』
「…………」
それは俺がずっと気にしていたことだった。まさにさっき、彼女の目を見続けられなかったのも……。
「もう無我夢中だったから歯止めがきかなくてさ」
「シアは……」
「ん?」
震える声を絞り出し、俺は直接本人にたしかめる。
「俺が止めたせいで負けて、ふっ飛ばされて、怪我して、起きなくてっ…………」
言葉が続かない。ちゃんとした言葉になるより先に感情が追い越して――
「マナトくんのせいじゃないよ。大丈夫」
やさしく、今度は向こうから俺を抱きしめて彼女は言った。
それはまるで、再度溢れ出す涙をせき止めてくれているようにも感じられた。
「あのさ、これまでにも何度か聞きたいと思ったことはあるんだけど……」
「いいよ、遠慮なく聞いて」
「どうしてシアは、そこまで俺に尽くしてくれるんだ? 最初に拒絶したときもそう。俺を守るために身体を張ってくれた今回も。並大抵の覚悟じゃあんなことできないだろ」
これを聞くことは躊躇われた。今みたいなタイミングでもなければ、あえて口に出して尋ねることもなかったと思う。だって彼女はあまりに献身的だったから。口で言うよりもずっと、行動が俺へのポジティブな感情を物語っていたから。
だからこそ、彼女の腹の中を探るような真似は、不義理に思えてならなかったのだ。
「……うん。そうだね。話しておくべきだと私も思う。……でも幻滅したりしないでよ? 結構恥ずかしい理由なんだから」
「俺は君が思ってるよりずっと、君のことを信頼してるよ」
「この場合だとその信頼は重い気が……ふふっ、嬉しいけどね」
苦笑から一転、何か吹っ切れたようにも見える笑みを彼女は浮かべた。
「お世話になった人がいたの。その人はマナトくんと同じ異世界人で……私に力を託していなくなっちゃった。ううん、その人だけじゃない。たくさんの異世界人が、その一件で消失した。ただそんな中で私だけが生き残ってしまった」
そう言い終える頃には、シアから茶化した雰囲気が霧散していた。
「悪い人がいたんだ。自分のためだけに異世界人を連れてきて、ものを使い捨てるように利用し尽くした狂人がね。私の大好きな人は自分の身を顧みず、とびっきりの無茶をしてその悪魔を打ち倒した」
異世界人の性質を聞いたとき、最悪の可能性として頭によぎったことではあった。希少な魔法使いを量産できるとすれば、それはこの世界において絶大な力だ――と。
「私も少し前のマナトくんみたいに、悩んで苦しんでたの。生き残ってしまった自分の生の意味を考えて、答えなんて出るはずもなくて……」
当時を思い出したのか、その声色は苦痛をはらんでいるように聞こえた。
「でもね、マナトくんに出会えたことで、そういう葛藤や悩みからは解放されたんだ」
「俺が異世界人だから……」
異世界人に対して抱いていた負い目を、同じ異世界人である俺に尽くすことで誤魔化す。……それは贖罪に似た行為だったのかもしれない。
「もちろんそれもあるんだけどね。でも何より――」
そのときシアは少し照れくさそうに、そして同時にバツが悪そうに、それまでまっすぐに向けていた視線を斜め下へとそらした。
「あなたの姿が、私の大好きな人に瓜二つだったから」
――ああ。
それを聞いた瞬間、妙に腑に落ちるものがあった。
つまりはこうだ。
俺がシアに相棒キャラのルネを見ていたように、
彼女もまた、俺に別の誰かの姿を重ねていたのだと。




