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17

――・17・――


「教本? そんなものないが」

 出鼻を挫かれる、とはまさにこのことだと思う。

 言葉の主であるクロヴィエは、気だるげに首を傾けこう続けた。

「魔法と一括りに言っても、その実態は人それぞれ多岐に渡る。上達は当然、会得もそういった事情を無視してなせるものではない」

 彼が言ったことはつまり、自分で試行錯誤するしかないということだった。

 それぞれが固有の力を持つならば、その理解や上達方法は本人が模索するほかない。

『与えられることを待つな。奪い取るぐらいの姿勢を、執着を見せろ』

 端的で物足りなさすら覚えるクロヴィエの助言だったが、あれでいて魔法の真髄をついているのかもしれない。……なんなら、まだ汲み取れていないこともありそうだ。

 ――なかなかスルメな助言をくれたもんだ。

 だが教本の類がないとなると、どの道簡単ではない。

 まずどこから手を付けていいか……それが問題だった。


「魔法を使ってるときの感覚を教えてくれ。あと、初めて魔法を使ったときのことも」

 考えた末に足がかりとして選んだのは、情報収集だった。

「初めて? なんつーか、そういうもんだって腑に落ちるんだよ。目を開けば景色が見えるみたいに、こうすれば魔法が使えるって感覚がふとした瞬間に理解できる」

 なんとなく感覚派の印象だった赤髪の少年だが、意外と言語化能力に長けていた。

 続けて俺は、魔法を使っているときの感覚についても再度尋ねる。

「それも身体を動かすような感じだ。俺たち魔法使いは走るように魔法を使い、呼吸するように魔力を出してる。……あ、いや、走るって例はよくなかったな」

「ん、ああ。俺の足のことを気にしたなら別にいいよ。走った経験がないわけじゃない」

 あっけらかんと言うと、少年は少し気まずそうに苦笑いを浮かべていた。


 それから俺は他の面々にも聞いて回った。


「魔法の真髄はイメージ。強固なイメージを作り上げろ、青年」

 豪快に笑いながら、ガタイのいい白髪の爺さんは言う。

「総長はセントラルの中でも異質なので、あまり参考にはならないと思いますよ」

「ガハハ、言ってくれる。そう言うお前さんは、どんなタメになる助言をするのかな?」

 残念ながら爺さんには酒が入っていた。同席していながら全く酔いを感じさせない青髪の女性は、慣れているのか意に介した素振りも見せず、そのだる絡みを軽くあしらう。

「魔法の特性には、その人の人間性が反映されるようですよ。眉唾ですが」

「なんだそれ、せめて経験則で語ってやらんかい。伝聞は一番ない、論外」

「私の経験則なんてなんの参考にもなりませんよ。総長と違って、自分が異質であることの自覚はあるんです」

「つまらんな。そりゃつまり、己に自信がないってだけだろう。俺は俺こそが王道、それ以外が異質だと確信してる」

 ――ん?

 隣で女性のまとう空気が変わった気がした。

「もっと胸張らんかい。ほれ、そんな立派なもんぶら下げ――」

「本日はこれで失礼します」

 セクハラ爺さんに酒をぶっかけ、青髪の女性はその場を後にした。

 ――残された身にもなってくれ……。

「青年、これは人生の助言だ。ときには進んで悪者になることも、人間関係を円滑に進める上で必要になってくる」

「最悪な空気を和ませるいい冗談ですね」

「俺は至って真面目だが?」


 別日。シアの見舞いついでに、ミリヤさんにも尋ねたのだが……

「それはぎゅいーんって感じ」

 天下のセントラルにも、シアと同レベルの人間がいることがわかった。


「冷静な視野を保ったまま感情を滾らせる――抽象的な言い方にはなるが、あえて言葉にするならこんなところだろう」

 俺が魔法を行使する感覚について尋ねると、クロヴィエは少し考えてそう答えた。

「人によって感情の起伏は様々だ。悲しみを力に変える者も、怒りを力に変える者もいる。君はまさに心当たりがあるんじゃないか?」

「……そうですね」

 心当たりがなければ、こうしてクロヴィエの元を訪れてはいない。

「こういう見方もできる。たとえば悲観的な人間、怒りっぽい人間、彼らは特定の感情に対して強い反応をみせる存在である、と」

「特定の感情……今の俺の場合、そのどちらにも当てはまりそうですけど」

「そう。実際にこんな一言で表せるほど単純な人間はいない。複雑な感情が一人ひとりには存在している。同じものを目にしたとしても、それぞれが別のことを思うだろう。完全な一致はありえない。なぜなら――」

「別の人間だから」

「ああ。魔法を行使して、それぞれが別の効力を発揮する。初めこそ目立った違いはないかもしれないが、突き詰めていくほどその差は顕著になる。セントラルの人間にもなると、全員もれなく唯一無二の魔法を扱うと言っていい」

 クロヴィエは手のひらに光球を生成し、それを剣の形に変えると物質化までしてみせた。

 俺に差し出されたその剣は、完全に質量を持った物体だ。

「俺は魔法の形態を変えることに秀でている。では、君は何に秀でているのだろうな?」

「…………」

「君が強さを追い求める原動力。感情の起伏を司る核にあたるものを特定するといい。俺からできる助言は以上だ」


 病院の庭先。大きな木の下で、俺はどうにかこうにか魔法を掴めないかと試行錯誤する。

 隣接する建物が主要なものなのか、セントラルにしては人通りが多く、この日も俺は顔見知りを捕まえることができた。

「できるようになるときは一瞬。問題はその瞬間に出会えるか、それだけ」

 そっけない態度のツインテ少女だったが、魔法に関する俺の問いかけにはちゃんと答えてくれた。それからすぐに行ってしまったところを見るに、相当忙しいのだろう。

 1人になると俺は再度自主練に取りかかる。まだ日が浅いこともあって、成果は感じられていない。魔法自体もあやふやなら、その感覚なんて雲を掴むような話だ。

 今はそんなことより、シアへの心配が胸中を占めていた。

 もうそれなりの期間を過ごしてるけど……まだシアのいない生活には慣れないよ。

 これまでいかに支えられてきたか、本当に痛感させられる。

 日常生活も、精神面も。

 君は俺と道をともにしてくれる、唯一の存在だったんだ。

 異世界に放り出されて、完全な孤独を味わうことなくいれたのは、君のおかげ以外の何ものでもない。

 だから今度からは、俺が君を守りたいって思ったんだ。

 いつかシアに、俺の成長を見せられたら――

                                       』

「マナト、急げ!」

 少年の差し迫った声が耳に届く。

 ――マナトの手からペンがこぼれ落ち、大樹の根元へと転がっていった。

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