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――・15・――
「…………俺、は……」
緩やかな覚醒。
「…………ッ!」
しかしそれもつかの間、凄惨な光景の数々がフラッシュバックし、脳内を埋め尽くす。
飲み込まれまいとバッと起き上がるも、呼吸は大きく荒れていた。
「気がついたみたいだな」
初めて聞く声……それはどこか、勝ち気な印象を受ける声質だった。
視線を向けると、声の主である赤髪の少年が不敵な笑みで応じる。腕を組み、仁王立ちで待ち構える様は、そんな印象を裏づけているようにも思えた。
「一体どういう……」
病室と思しき一室――少し前までの俺なら、この場をそう受け入れていたことだろう。4人の統一された身なりから、「制服だろうか?」と推測するぐらいがせいぜいだ。
だが俺はもう、彼らが纏う黒い制服の意味を知っていた。
「ここはセントラル。私があの場にいた3人を連れてきた」
2人目の黒服、小柄なツインテールの少女が淡々と口にする。
「3人……」
自分、クロヴィエ、そして……
「っ、シアは!? シアは無事なのか!」
それが誰を指すのか思い至ったと同時に、俺は身を乗り出して尋ねていた。
「落ち着きたまえ。急かさなくとも答える」
渋い声とともに一歩前へ出たのは、ガタイのいい白髪の爺さんだった。
――この人だけ、なんか違う……。
身体全体から滲み出る得も言われぬ迫力に、俺は否応なく冷静にさせられていた。
そんな俺の様子を一瞥すると、爺さんは頃合いと見たのか口を開く。
「はっきり言って、あの娘の安否は儂らにもわからん」
「それはどういう……」
「今まさに治療中だからだよ。人材・設備ともに最善を尽くしてはいるが、どう転んでもおかしくないほどには危うい状態だった」
「そう、か…………」
まだ死んでしまったわけではないことを喜べばいいのか、今にもそうなりかねない状況を嘆くべきか、俺にはわからなかった。
『私、死んでも死ななない魔法使いだから』
――シア……っ。
蘇る光景。俺を庇うことで傷つき、窮地に陥る彼女の姿。それでも決死の行動で、魂で、千載一遇のチャンスを手繰り寄せたはずだった。
『殺すなシア!』
俺がこの手でそれを潰さなければ。
制止の直後、力なく宙を舞う彼女の姿が脳裏に蘇る。
「俺の……俺のせいでっ……!」
「事情を聞こうと考えていたが……今は難しいようだ。別の機会を探すとするよ」
その場で頭を抱えてうずくまる俺に、爺さんはそう告げて立ち去っていく。
しかし他の3人の気配はそのまま残っていた。
「お伝えしそびれたことが1つ。クロヴィエ先輩も依然として危うい状態ではありますが、即死はまぬがれました。あなたのおかげです」
「はあ?」
思わぬ言葉に、激情をあらわにして俺は顔を上げる。
暗い青髪の女性が、メガネ越しにキリッとした眼差しを向けていた。
――真面目で堅物……それでいて、無神経。
「嫌味のつもりか?」
「いえ、そのまま感謝の意味です」
変わらない反応に顔をしかめると、赤髪の少年がそこに割って入ってきた。
「お前、履き違えてるぜ。俺らが一体なんのためにお前たちを連れてきて、治療までしてやってると思ってる」
「…………」
そういえばそうだ。どういう経緯で今に至るのか、俺は何も知らない。
「お前は気づいてなかったろうが、俺たちもあの場に駆けつけてたんだよ」
「……あいつの、クロヴィエの助太刀に……入ってなかったよな?」
いくら目で追えないとはいえ、第三者の介入があれば気づきそうなものだ。記憶を再度確認しつつ、俺は尋ねる。
「ああ。正直俺たちに、あそこに割って入れるほどの実力はなかった」
吐き捨てるように、苛立ちすらも滲ませて少年は口にする。その拳は固く握られていた。
「仲間がトドメを刺される瞬間を、俺たちはまざまざと見せつけれられるだけだった。……そう、お前の制止の声がなければ」
「…………」
「だからこそ、俺たちはお前ら2人を賓客として招くことに決めた」
まっすぐと俺の目を見て、赤髪の少年はそう言い切った。
――そんな義理の通しかた……あるかよ。
「危険に追いやった当人でもあるんだぞ。どんな器してやがる……」
逆の立場で、俺はそんな判断ができるだろうか。……とてもじゃないが無理だ。
「クロの命はそんなに軽くない。生死を分ける行動には、最大限報いるのが普通」
ツインテールの少女が淡々と言ってのける。
「そういうこった。だからこいつの言ったことも、事実を言ったまで。別に悪気があったわけじゃない」
青髪の女性の肩を小突きながら少年は口にする。それから話は終わりだと言わんばかりに背を向け……。
「それと、もしあのときクロ先輩が殺されてたら、俺がお前らにトドメを刺してた」
振り向きざまにそう付け加えた。
「悔いるなよ。クロ先輩を生かし、お前ら自身の命も救ったその選択を」
その言葉を最後に、今度こそセントラルの面々が部屋を去っていった。
残された部屋で一人、力なく俺は横たわる。
『ねえ、マナトくん』
『ふふっ、ごめん。でもマナトくん、こんな饒舌に喋るんだな~って』
『マナトくん、もしかして緊張してる?』
『……え? マナトくんが私の心配した……?』
『あ、マナトくん。おつかれ』
ふとした瞬間に蘇る、シアと過ごした日々の光景。
『マナトくん、変なこと考えてないよね!』
『私は、絶対あなたを死なせたりしない!』
この世界でもっともそばにいてくれた存在。
そしてこれから先も、ともにあると思い込んでいた存在。
『マナトくんっ!』
『私、死んでも死ななない魔法使いだから』
彼女が今まさに失われつつあるかもしれない――そんな不安が胸の内を埋め尽くす。
「君にまでいなくなられたら俺は……」
かき消えそうな声が漏れ出ていた。




