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14

 ――・14・―― 


「疑念があるなら、本人に詳しく聞いてみればどうですか?」

「そうだ――」

 それ以上貸す耳を、私は持ってなかった。

 代わりに手加減なしの速度で詰め寄り、渾身のパンチをぶつける。

 たしかな手応え。しかしそれは、クロスした両腕に阻まれていた。

 ――あ、ついてくるんだ。

 一瞬の間を置いて、力比べでまさった分の勢いが黒服の男を遠く吹き飛ばす。

 即座に地面を蹴り、砂埃が舞う中を突っ切る。追い打ちに手を振り上げたところで、私の視界が異変を捉えた。

 わずかな時間にも関わらず、相手の手には魔法製と思われる剣が握られていたのだ。

 しかし動揺は最小限に抑え、反撃の余裕を与えないまま攻撃を開始する。はじめに敵の剣を蹴飛ばし、勢いのままもう片方の足で回し蹴りを上から叩きつけた。

 ガンッ。

 鈍い音とたしかな感触。けれどこれもまた、交差された腕に受け止められる。

 ――力では押してる。速さは……。

 相手の陥没した足元を横目に、回し蹴りからワンテンポ遅れて追撃を繰り出す。

 反応した素振りは見えたけど、私の体術を対処しきるほどではなかった。数発のパンチをヒットさせたのち、腹部に蹴りを入れて突き飛ばす――

「出し惜しみしている余裕はなさそうだ」

 直前に聞こえた言葉。そして直後に見えた予備動作が私に警鐘を鳴らした。

「マナトくんっ!」

 危機感が私を彼の元へといざなう。

 大量の光が空を覆ったのはそのときだった。

 黒服によって放たれた魔法の束が様々な剣の形となって降り注ぎ、地面に突き刺さる。

「大丈夫!?」

「うん。俺はおかげさまで。でもシアは――」

「大丈夫。任せて」

 マナトくんを剣の雨から遠ざけることができたのは、本当にギリギリのことだった。

 ――かすり傷、もらっちゃったしね……。

 血液が腕を伝い、したたってゆく。

 けれどそれはいっとき限り。次の瞬間には全てが治癒している。

「私、死んでも死ななない魔法使いだから」

 マナトくんの反応を待たず、私は踏み出していた。

 再び詰まる距離、黒ずくめの男は手にした剣で応じてくる。

 間合いを見切り、攻撃へと転じ――

「っ!?」

 悪寒が全身に走り、私は本能で咄嗟に距離を取っていた。

 その行動を肯定するように、右腕から血が迸る。

 ――よかった。腕が飛ぶほどじゃなくて。

 瞬時に治癒を終えて、私は目の前の男を警戒する。

「やるな。浅く済まされてしまった」

 聞きたくもない言葉が耳に入ってくる。でもこの挑発に乗って不用意に近づけるほど、私は直前の攻防を理解できていなかった。

 ――まずは様子見。何が起きたかわからないうちはどうしようもない。

 男からの攻撃。接近と同時に地面に刺さっている剣を手に取り、こちらへ投げてくる。

 ギリギリは狙わず、余裕を持ってよける。……特別なことは起きず、そのまま私に傷を与えることなくそれは通過していった。

 ――そんな簡単に掴ませてはくれないよね。

 続く攻撃はもう片方の手。同じ動作で剣を拾い――

「っ」

 3本の剣を放っていた。

 追加で2本、死角で生成したにすぎない小細工。けれど私はそれに一瞬、気を取られてしまっていた。剣自体の対処は間に合うも、接近した黒服への対応がわずかに遅れる。

 両手にそれぞれ握られた2本の剣が袈裟斬りを繰り出し――

 ――これか!

 片手で扱えるほどだった双剣が瞬時に拡張され、驚異的なリーチを見せる。

 一瞬の遅れ。不意を突く初見の攻撃。

 本来それは、よけることが不可能なまでに進行していた。

 ――でも、私ならよけれる。

 ギュイィンとこれまで以上のスピードで背後に回り込み、腕を振り上げ――

「くッ!」

 完全によけたはずなのに、身体からは血しぶきが上がっていた。

 ――ただの拡張じゃない……?

 威力を削がれながらも振り下ろした拳。しかしそれはあえなくガードで受け止められる。

 ――まずい……!

 男の背後にひらひらとなびく何かを見て取り、私は危機を察知する。

 直後、糸のようなそれが巨大な光の刃となって左右から切りつけてきた。

 不規則なリーチを完全に見切ることは難しく、浅くない傷が身体に刻まれる。

 ――鬱陶しい……。

 距離を取ろうとするも、目の前の男に攻撃の手を緩める気はないらしい。むしろ好機と見たのか、男の攻撃は加速してすらいた。

「しつこい!」

 ガードの上からでも吹き飛ばす力技で、強引に距離を作る。

 フォローするようにどこからともなく剣が飛んでくるも、黒服とは逆方向によけることで対処した。

 一息。一連の攻防で負った傷を治癒しながら頭を回す。

 ――細い糸……。

 冷静に見渡すことでようやく気がつく。ここら一帯、地面に突き刺さった剣の柄から柄へと張り巡らされたその存在に。

 ――届かない空中で戦う……って、そんな簡単な話じゃないか。

 投げた剣と持ってる剣、それに加えて張り巡らされた糸と切られて舞う糸。それら全てが自在に変貌して襲いかかってくる。

「頭追いつかないなぁ……」

 単純な攻撃力とスピードでは上回っている。それでもこうして凌がれてしまっているのは、戦い方の技術で歴然とした差があるからだと思う。

 ――私もそういう勉強したほうがいいのかな。

 そうこう考えているうちに、黒服が再びこちらに近づいてきているのがわかった。

「マナトくんっ、気をつけてね」

 念のため忠告して、私は集中する。

 これからするのは、荒業と言われても仕方ないぐらい規格外の力技。

 きっとこれは私ぐらいじゃないとできなくて、多分私にはこうするしかない。

 ――力不足はどうでもいい。私はただ……

「マナトくんを守る」

 溜めた力を解放して、私は辺り一帯を蹴散らした。

 散らばった剣も、糸も、そこに元々あった木々すらも巻き込んで。

 大きな光の柱が天へと伸び、遅れて轟音と烈風がやってくる。

「ちょっと……やりすぎちゃったかな」

 目の前に出現した大きなくぼみに、私はつい頬をかいてしまう。

「シア!」

「マナトくん……ごめん、大丈夫だった?」

 駆け寄ってきてくれた彼の姿に安堵しつつ、おそるおそる私は尋ねていた。

「俺のセリフだろ。たくさん傷ついて……」

「大丈夫だよほら、もう全部癒えてる」

「…………」

 複雑な顔をしてマナトくんは私を見つめる。

「マナトくんが言ったことじゃん。死んでも死なな――コホッコホッ」

 ――……血?

 口を抑えた手に、べっとりとそれはついていた。

 理解が追いつか――

「シアっ!」

 ――あ……れ…………。

 全身から力が抜ける。目も……。いしき…………も。

「まさかこの奥の手を使うことになるとは思わなかったよ」

「…………」

「塵となった魔法を取り込ませ、体内で形態を変える――再起不能を顧みない殺意の一撃だ。悪いな、加減ができるほど君は生ぬるくなかった」

「シア! 俺に死ぬなって言ったやつが、先に死ぬんじゃ――」

「……………………」

 何も見えない。自分が何をしているのかもわからない。頭も回らない。

 それでも……私を動かすには、これだけあればいい。

「あの状態から立つか」

「ま…………。ま……る。まモ……るッ」

 全身を満たす気持ちが私を突き動かしていた。

「まだ動け――」

「まもル!」

 身体が崩れていくような……遠くなっていくような感覚。

 それらを繋ぎ止めて、本能だけで立ち向かう。

「……守るっ!」

 ――私がマナトくんを……

「守るッ、守るっ、守る! 守る……! 守る。守るっ! まも……るっ!」

 想いとともに、あらん限りの暴力をぶつける。

 何度も、何度も。この決意が揺らいでしまわないように。

「……それなら、やってみせるといい!」

 敵意が、他へ向いた。


 グシャァ。


「どう……して」

「あ、見えた」

 涙でぐちゃぐちゃになった、大好きな人の顔。

 あ、私の血で汚れちゃってる。

 声まで震わせて……マナトくん、そんな一面もあったんだね。

「もういい、お前だけでも逃げ――」

「それは無理だよ」

 私はめいいっぱい笑って、胸を貫く剣を抜き捨てた。

 傷を修復……完治には程遠いけど、頭は少し冴えるようになる。

「正気を取り戻したからとい――」

 全身全霊。

 小細工はいらない。気にもしない。

 今の私じゃ多くのことに気を回せない。

 自分の身の安全も、力の制御も、……マナトくんにすら。

 ――私はただ、私の大事な人に殺意を向けたこの人を許さない。

 徹底的に。持てる力全てを振り絞って。

 余力を残して反撃を許すなんて真似はもうしない。

 託してもらったもの全て、ここで出し切る。

 ――これで……最後!

「殺すなシア!」

 ……………………。

 ――私、止まれたのかな。

 声に振り返り、彼の顔を見つける。……あんまりに悲しそうな顔をしていて、つい笑みがこみ上げてくる。

 ――ごめんね。そんな顔させちゃって。でも、ちょっと嬉しい私はなんなんだろう……。


 ……。…………。……………………。


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