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――・13・――
ガタッ……ガタッ……。
不定期に揺れる馬車の上、俺の視界では見知った街並みが徐々に遠ざかっていた。
視線を馬車後方から側面――俺の正面にあたる方向へと戻すと、そこにはクロヴィエが片膝を立てて座っている。車椅子で乗車している都合上、不可抗力で俺が見下ろす構図になっていた。
――まあこの人の場合、そんなことを気にする柄でもないよな。
セントラルの人間が乗っているとは思えないほど、馬車の造りは簡素だった。雨よけ用の布で覆われ、窓もないこの空間では、外界の情報は進行方向か後方を見る以外ない。
「あ――」
「俺が追っている事件について、君に話しておきたいことがある。それを聞いた上で、君の意見を聞かせてもらいたい」
行き先を尋ねようとするも間が悪く、クロヴィエが話を切り出す。
「……いいですよ。なんですか?」
自らの問いを優先させようとも考えたが、彼のいつになく真剣な面持ちが目に入り、俺のその気は削がれた。
「君が森で遭遇したという紫炎を纏った獣について。実は俺もそれと同じか類似のものを目にしたことがある」
「それが「追っている事件」というわけですか」
「ああ。5年前のその事件では、十数匹にも及ぶ獣が街を半壊させていた。俺たち国防の人間が駆けつけた頃には、すでにその惨状は出来上がっていたよ」
「…………」
重々しい言葉の数々に、俺は何も口にすることができずにいた。
「犠牲を払いながらも対処することはできた。……だが、今でもあのおぞましいオーラと、あれに晒される感覚は忘れられない」
おそらくそれは、誰より俺が共感できることだろう。
「ところで。昨日、君が一人の少女といるところを見かけた。間違いはないか?」
「急に話が変わりますね……」
――シアとの帰りを見られていた? 会話の内容も聞かれてたらまずいな……。
「たしかに昨日は使用人の子が迎えに来てくれましたけど。長い白髮の女性ですよね?」
「ああ。彼女は本当に、行商人の使用人で違いないのか?」
「どういう……意味です?」
俺の施した小細工が看破されたのかと肝が冷えた。だが実際はその程度の生ぬるい追及では収まらず……
「彼女は只者ではない。数多の猛者を見てきたこの俺が、セントラルの名を懸けて断言しよう」
核心へと迫る問いかけだった。
セントラルの名を懸けて――その言葉の重さを、俺はすでに知ってしまっている。
――もう腹をくくるしかない、か。
「お察しの通り、あいつは使用人じゃありません」
「…………」
「よく見抜けましたね。適性検査なんてしているぐらいだから、そういう察知は不可能なのかと思いましたよ」
「一般人と原石の区別は俺にも難しい。猛者の力量に当たりをつける技術とは別物だ」
「なるほど。それで、そちらの言い分としてはどうなるんです? 俺には、まるであいつを疑っているように聞こえましたけど」
飄々と多弁になっていた俺は一転、トーンを落として詰め寄る。
「大枠としては違えていない。より正確には、君に彼女の懐柔を頼みたいと考えている」
淡々と、俺の態度など意に介した様子もなく、クロヴィエはそう口にした。
「懐柔?」
「俺としては穏便に済ませたい。無用な争いなどせず、ね。君ならできるだろう? 間を取り持つことぐらい」
「……はぁ。どうして敵意が見え透いてる相手に、仲間を差し出すと? 俺はこれ以上、あんたに協力はできない」
「随分と結論を急ぐんだな」
「あいつが俺の命の恩人であることは間違いない。それだけで十分だ」
「彼女が獣を操る張本人だとしても、か?」
「…………」
「俺が感じた獣たちのオーラ、それと同じものを彼女は纏っていた。君の目は誤魔化せたかもしれないが――」
「傍から眺めただけで全部知った気か……。あまりシアのことを語るなよ、セントラル」
多くの人間から信頼を勝ち得ている目の前の男と、これまで返しきれないほどたくさんの恩をもらっているシア。どちらを信用するか。……どちらを信用するべきか。
「1つだけ聞きます。異世界転生、あるいは異世界転移という言葉に聞き覚えは?」
「いや、初耳だ」
「そうですか。……なら」
――客観的にもあんたは落第だよ。
俺は用意していた奥の手――首にかけられたペンダントへと手を伸ば――
「!?」
「ようやく焦りが見えた。君の余裕はどこからくるのかと、ずっと警戒していたんだ」
伸ばした左手はクロヴィエによって手首を掴まれ、押さえられてしまっていた。
『私は……うん、そんなすごい人が相手ならもう少しがんばっちゃおっかな』
身体は反射的に動いていた。
『ううん。なんでもない。間に合わなかったらがっかりさせちゃうし』
掴んだ手を振り払おうと抵抗するも、クロヴィエはビクともしない。
だが俺の狙いは別にあった。
抵抗する動きに乗じて、真の目的をカモフラージュする。
どさくさに紛れて伸ばされた右手は、ポケットに忍ばせておいた第二の奥の手へと届く。
――間に合ってくれて本当に助かったよ。
ペンダントよりも脆いその結晶は簡単に砕かれ、そして起動した。
「マナトくんっ!」
姿よりも先に声が耳に届く。
その声にこんなにも安心できる日がくるなんて、思いもよらなかった。
「シア……ありがとう」
瞬く間の出来事。俺は馬車を降ろされ、人気のない森の中にいた。背後には車椅子ごと俺を運んだシアが寄り添い、俺たちの視線の先では遅れて馬車が進行を止めていた。
「もう戻ってくれていい」
降りてきた黒服がそう言って代価を渡すと、馬車は来た方向に戻っていく。
「疑念があるなら、本人に詳しく聞いてみればどうですか?」
「そうだ――」
クロヴィエの言葉を遮り、シアが先手となる一撃を叩き込んでいた。
「……まあ、答えるなんて言ってないけど」
砂煙の向こうに吹き飛ばされた男へ、聞こえもしない注釈を入れる。
俺の目的は元の世界へ戻ること。
異世界の概念すら知らないやつにその手助けができるはずもない。
その時点で、俺が向こうにつく可能性は完全になくなっていた。
――元から1%切ってたけどな。
あとはシア次第。自分を疑ってかかるこの猛者相手にどう立ち回るか。
対立と協力。どちらに落ち着くにしても、容易ではないはずだ。




