表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/43

13

 ――・13・――


 ガタッ……ガタッ……。

 不定期に揺れる馬車の上、俺の視界では見知った街並みが徐々に遠ざかっていた。

 視線を馬車後方から側面――俺の正面にあたる方向へと戻すと、そこにはクロヴィエが片膝を立てて座っている。車椅子で乗車している都合上、不可抗力で俺が見下ろす構図になっていた。

 ――まあこの人の場合、そんなことを気にする柄でもないよな。

 セントラルの人間が乗っているとは思えないほど、馬車の造りは簡素だった。雨よけ用の布で覆われ、窓もないこの空間では、外界の情報は進行方向か後方を見る以外ない。

「あ――」

「俺が追っている事件について、君に話しておきたいことがある。それを聞いた上で、君の意見を聞かせてもらいたい」

 行き先を尋ねようとするも間が悪く、クロヴィエが話を切り出す。

「……いいですよ。なんですか?」

 自らの問いを優先させようとも考えたが、彼のいつになく真剣な面持ちが目に入り、俺のその気は削がれた。

「君が森で遭遇したという紫炎を纏った獣について。実は俺もそれと同じか類似のものを目にしたことがある」

「それが「追っている事件」というわけですか」

「ああ。5年前のその事件では、十数匹にも及ぶ獣が街を半壊させていた。俺たち国防の人間が駆けつけた頃には、すでにその惨状は出来上がっていたよ」

「…………」

 重々しい言葉の数々に、俺は何も口にすることができずにいた。

「犠牲を払いながらも対処することはできた。……だが、今でもあのおぞましいオーラと、あれに晒される感覚は忘れられない」

 おそらくそれは、誰より俺が共感できることだろう。

「ところで。昨日、君が一人の少女といるところを見かけた。間違いはないか?」

「急に話が変わりますね……」

 ――シアとの帰りを見られていた? 会話の内容も聞かれてたらまずいな……。

「たしかに昨日は使用人の子が迎えに来てくれましたけど。長い白髮の女性ですよね?」

「ああ。彼女は本当に、行商人の使用人で違いないのか?」

「どういう……意味です?」

 俺の施した小細工が看破されたのかと肝が冷えた。だが実際はその程度の生ぬるい追及では収まらず……

「彼女は只者ではない。数多の猛者を見てきたこの俺が、セントラルの名を懸けて断言しよう」

 核心へと迫る問いかけだった。

 セントラルの名を懸けて――その言葉の重さを、俺はすでに知ってしまっている。

 ――もう腹をくくるしかない、か。

「お察しの通り、あいつは使用人じゃありません」

「…………」

「よく見抜けましたね。適性検査なんてしているぐらいだから、そういう察知は不可能なのかと思いましたよ」

「一般人と原石の区別は俺にも難しい。猛者の力量に当たりをつける技術とは別物だ」

「なるほど。それで、そちらの言い分としてはどうなるんです? 俺には、まるであいつを疑っているように聞こえましたけど」

 飄々と多弁になっていた俺は一転、トーンを落として詰め寄る。

「大枠としては違えていない。より正確には、君に彼女の懐柔を頼みたいと考えている」

 淡々と、俺の態度など意に介した様子もなく、クロヴィエはそう口にした。

「懐柔?」

「俺としては穏便に済ませたい。無用な争いなどせず、ね。君ならできるだろう? 間を取り持つことぐらい」

「……はぁ。どうして敵意が見え透いてる相手に、仲間を差し出すと? 俺はこれ以上、あんたに協力はできない」

「随分と結論を急ぐんだな」

「あいつが俺の命の恩人であることは間違いない。それだけで十分だ」

「彼女が獣を操る張本人だとしても、か?」

「…………」

「俺が感じた獣たちのオーラ、それと同じものを彼女は纏っていた。君の目は誤魔化せたかもしれないが――」

「傍から眺めただけで全部知った気か……。あまりシアのことを語るなよ、セントラル」

 多くの人間から信頼を勝ち得ている目の前の男と、これまで返しきれないほどたくさんの恩をもらっているシア。どちらを信用するか。……どちらを信用するべきか。

「1つだけ聞きます。異世界転生、あるいは異世界転移という言葉に聞き覚えは?」

「いや、初耳だ」

「そうですか。……なら」

 ――客観的にもあんたは落第だよ。

 俺は用意していた奥の手――首にかけられたペンダントへと手を伸ば――

「!?」

「ようやく焦りが見えた。君の余裕はどこからくるのかと、ずっと警戒していたんだ」

 伸ばした左手はクロヴィエによって手首を掴まれ、押さえられてしまっていた。

『私は……うん、そんなすごい人が相手ならもう少しがんばっちゃおっかな』

 身体は反射的に動いていた。

『ううん。なんでもない。間に合わなかったらがっかりさせちゃうし』

 掴んだ手を振り払おうと抵抗するも、クロヴィエはビクともしない。

 だが俺の狙いは別にあった。

 抵抗する動きに乗じて、真の目的をカモフラージュする。

 どさくさに紛れて伸ばされた右手は、ポケットに忍ばせておいた第二の奥の手へと届く。

 ――間に合ってくれて本当に助かったよ。

 ペンダントよりも脆いその結晶は簡単に砕かれ、そして起動した。

「マナトくんっ!」

 姿よりも先に声が耳に届く。

 その声にこんなにも安心できる日がくるなんて、思いもよらなかった。

「シア……ありがとう」

 瞬く間の出来事。俺は馬車を降ろされ、人気のない森の中にいた。背後には車椅子ごと俺を運んだシアが寄り添い、俺たちの視線の先では遅れて馬車が進行を止めていた。

「もう戻ってくれていい」

 降りてきた黒服がそう言って代価を渡すと、馬車は来た方向に戻っていく。

「疑念があるなら、本人に詳しく聞いてみればどうですか?」

「そうだ――」

 クロヴィエの言葉を遮り、シアが先手となる一撃を叩き込んでいた。

「……まあ、答えるなんて言ってないけど」

 砂煙の向こうに吹き飛ばされた男へ、聞こえもしない注釈を入れる。


 俺の目的は元の世界へ戻ること。

 異世界の概念すら知らないやつにその手助けができるはずもない。

 その時点で、俺が向こうにつく可能性は完全になくなっていた。

 ――元から1%切ってたけどな。

 あとはシア次第。自分を疑ってかかるこの猛者相手にどう立ち回るか。

 対立と協力。どちらに落ち着くにしても、容易ではないはずだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ