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12

 ――・12・――


 翌朝も俺は軍事科に顔を出していた。

 ――みんなこっち見てないか?

 気のせいだろうか。この場を満たす空気が昨日までと変わっている。

「昨日、あの後どうなったんだ?」

 浴びせられる視線に居心地の悪さを感じていると、助け舟のようにシュミットがやってきた。瞬間、周囲もまた一層耳をそばてるのがなんとなくわかった。

 ――なるほど、それでこの注目か。

 どうやらシュミットの口にしたことこそが、みんなの関心事らしい。

「俺が脚を失った一件について聞かれただけだよ。あの人、国防を担当してるから」

 なるべく誤解のないよう、簡潔に返答を済ませる。間違っても「条件を出した」なんて口に出してしまえば、今度こそ車椅子を倒されるどころの騒ぎじゃないだろう。

「だってよ。みんなそんなピリピリしなくていいんじゃないか?」

 俺の内心をよそに、シュミットが周囲へと語りかける。幸いそれで納得したのか、連中は目をそらし、興味をそれぞれの活動に戻していった。

 ただし例外が一人。集団の流れを無視し、こちらに近づいてきた人物がいた。

「な、なんだよお前……」

「あんたに用はない。俺が話したいのは……」

 例外であり真の部外者。セドリック・ディナールが無表情に俺を指差す。間に入ったシュミットのことはまるで眼中にないといった様子だった。

「なんだ?」

「…………」

 話したいと言いつつも、セドリックはただじーっと俺を見つめてくるのみ。値踏みでもされているのだろうか。レゼット教官相手にもしたくらいだ。俺なんかに躊躇する理由もないだろ……う?

 ――あれ? 値踏みって見下してる相手にすることだったか……?

 思考に違和感が生じ、ふとそんな疑問を抱く。しかしそれを検討するより先に、目の前の男が口を開いた。

「俺、負けるつもりないから」

「はは、宣戦布告のつもり? だとしたらどういう風の吹き回しだ?」

「あんたはクロヴィエが評価した男だ。俺はあいつの目を信用してる」

 途端、またしても軍事科連中の目が俺へと向けられる。

 ――やってくれるなぁ……。


 引きつる表情を抑えつつ、俺はこれ以上話がこじれないよう努めることにする。

「評価ってなんのことだ?」

「ああ、本人には言ってないのか。クロヴィエによると、お前はゆくゆく俺に肩を並べる存在になるらしい」

「っ……」

 思わず身体が硬直する。対抗心に燃えた彼の眼差しは、それほどに強烈だったのだ。

 周囲の誤解も、反感も、なんなら彼が口にした言葉の内容さえどうでもよくなるぐらい、俺はその一瞬でセドリックという男に呑まれてしまっていた。

「お前さん、また絡まれてるのか?」

 背後からの声に振り返ると、そこには唯一無二の巨体を誇るスラムが立っていた。

「いや、そういうわけじゃ……怪我はもう大丈夫なんですか?」

「ん? ああ。あんなのは怪我のうちに入らねえよ。学院とは身体の出来が違ぇんだ」

 嫌味の含みもあったのだろうが、その点に関して異論のある者はいないだろう。

 学院の代表であるヒューリーは、現に今日まだ顔を出していない。

「それと敬語はやめてくれ。同期だろ? お前さんも最近来たって聞いたぜ」

 俺とスラムの話が弾みだしたのを確認してか、視界の端でセドリックが背を向け立ち去っていく。……言いたいことは言った、といったところだろうか。

「それじゃあ遠慮なく。でも俺仮編入だぜ、それで同期でいいのか?」

「誤差だな。編入しちまえば同じことだ」

「あんたもなんでか俺のこと買ってるんだな」

 セドリックといいクロヴィエといい、なんならシアも込みで過大評価がすぎる印象だ。

 ――伸びしろに期待してくれるのは嬉しいけど、現状を思うとな……。

「みんな揃ってるな。そこの二人もちょうどいい」

 微妙な気分になっていたところ、レゼット教官が話を切り出す。

「基本的にはいつも通り。ただし新入りに関しては別途指定する。まずセドリック。俺が直接……と言いたいところが、いくらクロヴィエの頼みでもそう甘くはいかねえ。条件だ。魔法なしでスラムを負かしてみろ。そうしたら直に手合わせしてやる」

「おいおい教官、そりゃオレのことナメすぎやしねえか?」

 指をポキポキと鳴らし、不満をあらわにするスラム。しかしレゼット教官の調子は変わらなかった。

「逆だよ逆。今の軍事科でお前の相手が務まるのはごく限られた少数だ。そんな精鋭でも模擬戦をしたら怪我は絶えない」

 視線は自ずと部外者である青年へと向けられる。

「コイツなら務まるって? たしかに昨日の動きは尋常じゃなかった。だが、ありゃ魔法あっての動きのはずだ。ハンデなんてあったら潰しちまうぜ」

「弱ければ壊してもらっても構わない」

「あん? そりゃ教官のセリフじゃねえな……!」

 得意げな笑みが一変。過去一番に怒気を滲ませて、スラムは敵意の眼差しを向ける。……そこで熱くなれる人間性に、俺は眩しさにも似た感覚を覚えた。

 ――あいつが俺を気にかける理由も、多分そういうところにあるんだろうな……。

 俺が納得する一方で、レゼット教官は極めて冷徹な態度を見せる。

「弱者であることはこの先を進む上で罪だ。いずれどんな形であれ罰せられる。俺は教え子にそんな道を歩んでもらいたいとは思わないよ」

「…………」

 浴びせられる正論に、スラムは返す言葉を持たない。そんな彼を見て、レゼット教官は表情を軟化させた。

「あとそいつ、クロヴィエにしごかれてきたってんなら相当だ。余裕こくのもほどほどにな。ハンデつけないと同じ土俵にすら上がれねえこと、忘れるんじゃないぞ」

「ハッ、やってやろうじゃねえか……」

 こうも明確に、人の心に火がつく瞬間はあるだろうか。

 燃える闘志に目をギラつかせながら、スラムは相対するセドリックを見据える。

「あの、俺は今日も見学ですか?」

『自分の頭を使わないやつは強くなれない。与えられることを待つな。奪い取るぐらいの姿勢を、執着を見せろ』

 クロヴィエの言葉を思い返しながら、俺は教官に指示を仰いでいた。

 ――もし同じようなことをさせられるなら、考えていかないとな……。

「悪いがマナト、お前は今日もお客さんだ。文句は本人に言ってくれ?」

 やれやれといった素振りで教官が目線を向ける先には、全身黒ずくめの男の姿があった。



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