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――・11・――
連れて来られた場所は街の中央、講堂の上階に位置する一室だった。
内装は非常に簡素で、椅子が白のテーブルを挟んで並べられただけの殺風景な部屋だ。
――まるで取調室だな。まあ、それもあながち間違ってなさそうなのが……。
「応接室だ。ここに来るのは初めてか?」
こちらが顔色を窺うと、気配を察したのかクロヴィエはそう口にした。
「わかりやすかったですか?」
「辺りを見回していれば、そう考えるのが自然だと思うがね」
相変わらずの落ち着いた口調で、声色は穏やか。けれどその端々から感じるこれは……緊張感だろうか。直感的かつ本能的に、この人は只者でないと理解する俺がいた。
――セントラルって前情報にビビりすぎか……?
目の前の人物の評価をいまいち決めきれないでいると、先んじて向こうが口を開く。
「君の反応は少し変わっている。この制服を見た大方の人間は、少なからず感情の揺らぎを見せるはずなんだがね。君の場合はそれがなかった」
「えっと……話が見えないんですが」
捉えようによっては責められているとも取れる言葉に、俺は困惑という形で応じる。
「世間話のようなものだ。それで構わない。ところで、セントラルは知っているか?」
「国の中枢、というぐらいなら」
「なるほど。事情は理解した。腑に落ちたよ」
「…………」
レゼット教官が「一方的」と形容したのは、まさにこういうところなのだろう。今身に沁みて理解できた。
「さてそろそろ本題といこう。俺はセントラルで国防を任されている。今日こうしてこの地を訪れたのも、その仕事の一環だ」
ゆっくりと、俺の周囲を歩きながらクロヴィエは語り出す。
「この街の付近の森で、強力な魔法を検知した」
「っ……」
その言葉に、先ほどまでとは違った緊張感が身体を駆け巡る。
思い起こされるのは、学院を訪れる前に交わしたシアとのやりとりだ。
『それ。今日のためにすごいがんばって作ったプレゼントなんだっ!』
『……ネックレス?』
造りはシンプルで、ひしがた状の白色の結晶がヒモで吊るされている。結晶の大きさは大きく見積もって10円玉ほど。装飾品にしてはやや造りの杜撰さが目立つというか……簡単に壊れてしまいそうな危うさがあった。
『もしものときのお守りだよ。危ないと思ったらその結晶を砕いて。すぐに私が駆けつけるから』
『結構すごいものなんだな、これ。……でも、そんな危険な場所なのか? 教育機関ってぐらいだから、治安は一定以上あるものとばかり思ってたけど』
『危険な場所ではないと思うよ。ただ……危険な人物に接触することはあると思う』
『危険な人物……か』
『私たちが出会ったあの森での一件、知ってる人は限られるはずだから。もしそのことについて聞いてくる人がいたら――』
『そいつが俺を拉致した張本人かもしれない、と』
『うん。だから一応用心しておいて』
――ここで、か……。
いくら警告されていたとはいえ、さすがにセントラルの人間を相手取ることになるとは思いもよらなかった。
――いや、まだ敵対すると決まったわけじゃないな。
細心の注意を払いつつ、俺は続くクロヴィエの言葉に耳を傾ける。
「聞いた話では君……何か噛んでるらしいじゃないか、その一件に」
「被害者として、ですけどね」
学院への編入を申請する際、門番を相手に軽い面接があった。おそらく、そこで話した内容を目の前の男は聞きつけてきたのだろう。
「森で獣に襲われ脚を失い、記憶もところどころ危うい……たしかに聞いていた通りだ」
――さっきの「なるほど」はそういうことか……。
ひとりでに納得したクロヴィエを思い返し、ようやく俺も理解が追いつく。
「それで結局、何が目的なんです? 経緯はわかりましたけど」
「国の安全を守るため、懸念点は摘んでおかないといけない身でね。今は何よりも情報が足りない。つらい記憶を呼び起こしてしまうことになるが、協力してはもらえないか?」
「協力……」
想定していたよりもかなり平和的な申し出に、強張っていた身体から力が抜ける。最悪を危惧して胸のペンダントに手を添えていたが、それも杞憂に終わってくれたみたいだ。
「君はその目で見たことを話してくれればいい」
「なるほど……」
「まだ気になることがあるのなら、聞いてくれて構わない」
言い淀んでみせると、クロヴィエはそんな風に歩み寄る態度を見せた。
――勝負する価値は……あるな。
「……条件があります」
我ながら攻めている自覚はあった。きっと普通なら、無難に受け入れるところだと思う。そうとわかりながら、それでも俺に一歩踏み出させるのは……
勝負師としての勘、に違いない。
「驚いたな。その返答は想定していなかったよ」
「そうですか? 俺からすると、セントラルの人と取引ができる絶好の機会。最大限活用するよりないですけどね」
「フッ。大方の人間は、それを恐れ多いと感じるものなんだがね」
面白いことを、と言わんばかりにクロヴィエは口角を上げていた。……好感触だ。
「それで条件とはなんだい?」
「俺に魔法の指導をしてください」
視線が正面からかち合い、息の詰まるような沈黙が場を制す。
一体何秒ほどそうしていただろうか。緊張感のせいか、加速度的に自分が疲弊していくのがわかる。すでに短時間とは思えないほどの疲労が蓄積していた。
「仮編入と聞いた。魔法を使うこと自体はできているのか?」
「……いいえ。だからこそ、こうしてなりふり構わず教えを請うてるんです」
力強く、訴えかけるように俺は答える。しかしクロヴィエの表情は一切変わらない。
「軍事科の編入条件は知っているな? 楽な道のりではない。むしろ険しいと言える」
「はい。模擬戦やさっきの戦いを見て、それは身に沁みてます。ただ、だからと言って俺が諦める理由にはなりません」
「君はなぜそこまで魔法の力を欲する。その脚という明確なハンデを抱えながら、あえて軍事科に編入しようとする心意気はどこから来る?」
「それこそ脚を奪われたからですよ。ただ無力で、なされるがままに蹂躙されて……それが現実だというなら、俺自身が力をつけて抗うしかない」
「…………」
「たとえ無謀だと言われても、できる限りを尽くさずに甘んじるのはごめんです。だから、俺に力を貸してください」
覚悟とともに俺は右手を差し出す。
「……似てるな、お前たち」
しみじみと、これまで見せたどの表情よりも感情をあらわにした――と思ったのもつかの間、パシッと彼は俺の手を取った。
「……誰と、似てるんです?」
突然の了承に、俺はやや放心気味に尋ねる。
一方のクロヴィエは、すでにいつものクールな表情に戻っていた。
「俺の連れだよ。セドリック・ディナール。さっきレゼットに絡んでたやつだ」
「それ、褒められてます?」
「少なくとも俺は嫌いな人種ではない。どう感じるかは君次第だがね」
「……褒められた、ということにしておきます」
「そうか。それで魔法の指導についてだが、俺から積極的に何か教えることはしない。君の育成計画を練ることも、わざわざ気にかけるような真似もしない」
「指導を引き受けてくれた……はずでは?」
クロヴィエの口から発せられる真逆の言葉の数々に、俺は自分の耳を疑う羽目になる。しかし彼の調子は変わらなかった。
「自分の頭を使わないやつは強くなれない。与えられることを待つな。奪い取るぐらいの姿勢を、執着を見せろ」
「…………」
「そうすればお前は強くなれる」
耳元で囁くように、強調して彼はそう口にした。
「この脚でも、ですか?」
「ああ。ハンデではあるが、それを補って余りあるほどのポテンシャルが魔法にはある。君の努力と素質次第だ」
迷いなく、クロヴィエはそう言い切った。
目をつむり、その言葉を噛みしめるように俺は大きく深呼吸をする。
「ありがとうございます」
「俺から指導することがあるとすればそれだけだ。ではこちらの番とさせてもらうよ。君の知っていることを話してもらおうか――」
「え、大丈夫だったの!?」
夕日に照らされた帰り道。クロヴィエとの接触について口にすると、背後でシアが驚きの声を上げた。セントラルがいかに特別かを説明した後のことだ。この反応も無理もない。
「一応、協力関係にはなったよ」
「協力、か……」
「俺があの森で見たものを教える代わりに魔法を教えてもらう、そういう協力。シアには念のため、俺が向こうに与えた情報を共有しておくから」
俺はかいつまんで一連の内容を彼女に伝えた。
「ん? ところどころ私の認識と違うけど……」
「うん。異世界の名前は一切出さなかったし、シアの存在も伏せておいた。協力とはいえ一時的。いずれは俺たちの脅威にもなりうる相手だから、念のため……ね」
「そっか。直接話すことになるのはマナトくんだし、その辺りは任せるね。私は……うん、そんなすごい人が相手ならもう少しがんばっちゃおっかな」
「何を?」
「ううん。なんでもない。間に合わなかったらがっかりさせちゃうし」
「……まあ、そう言うなら追求はしないけど」
「あ! あそこ……覚えてる?」
シアが示したその場所は……いつかの言い争いが記憶に新しい噴水広場だった。
「覚えてない、とは口が裂けても言えないですね……はい」
「ふふっ、ここで言い合ってたのが懐かしいね。そんなに期間経ってないはずなのに、今じゃ考えられないもん」
「今の関係をよく思ってくれてるなら何より。……でも」
「ん?」
「ここで立ち止まるつもりはないから」
「……うんっ!」
目をつむれば、魔法による激しい攻防の様子がありありと思い出される。
ぶつかり合う魔法同士が生み出す鮮烈な光景。観戦席まで届く独特な熱気。元の世界では決して見ることができない大迫力の光景に、正直俺の胸は大きく高鳴っていた。
だが、いずれはあの化け物たちとも渡り合えるようにならなくてはならない。
大変なのはこれから。見据える先は茨の道。
入れ替わり立ち代わりに現れた強者たちの存在は、その底辺にも満たない俺という存在に現実を突きつけてくる。
全く尻込みしないと言えば嘘になる。だがそれ以上に……
俺は勝負師だ。滾らずにはいられない。




