表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/43

プロローグ

 ――・プロローグ・――


「「――――」」

 遠くの壁が見えないほどの大きな会場に、人々の声にならない声が轟く。

 彼らが固唾を呑んで見守る先――超大型スクリーンでは、相対するキャラクターが互いにしのぎを削っていた。

 格闘ゲーム大会の最高峰、IVO。3日にかけて行われる本大会は、決勝トーナメント進出をかけた最後の大一番、2日目最終戦に差しかかっていた。

 ゲームタイトルは今一番の賑わいを見せている『クロス・ファイティング』。

 競技シーンは四年目を迎え、プレイヤーたちのレベルはかなりのものとなっていた。

 そんな中を勝ち抜いてきた対戦カードはこちら。

 画面右手側、筋骨隆々の道着キャラ:ショウを操るのはアンソニー。開催地アメリカの若手有望株であり、見事ここまで勝ち上がってきた精鋭だ。本人の大きな図体とは対照的に、小さく見えるパッドコントローラーを駆使して戦う。

 対する左手側。白髪碧眼の女性キャラ:ルネを操るのが日本の新鋭、マナトだ。膝上に乗せたレバー付き箱型コントローラー:通称アケコンを駆使して戦う。

 比較的なんでもできるオールラウンダーのショウに対し、光の設置技やそれを駆使した怒涛の畳み掛けが特徴的なルネ。相性については諸説あるが、総合すると五分といったところだろうか。どちらのキャラにも強い時間・強い距離が主張としてあり、いかに自分の有利な土俵に相手を引き込むか、といった立ち回りが勝負の焦点かつ見どころとなる。

『いやーもつれましたね。最初は終始苦しそうにしていた日本のマナトですが、ギリギリのラウンド、一点読みを通してから流れがきてます』

『気づけばフルセット・フルラウンドですよ』

『これを取ったほうが勝ちの最終戦、単純明快ですね』

 配信席では実況が早口で進行し、ボルテージを高めている。

 現地でも2人の接戦に大いに盛り上がり、この決戦にふさわしい場が整っていた。

 そしてゲーム内の『Fight』の合図とともに、最終決戦の火蓋が切られた――


 開幕、先手を取ったのはアンソニー操るショウだった。押せ押せだったマナトのルネに対し、「いい加減にしろ」とでも言うような冷たい打撃。そこからコンボに繋げ、体力を3割近く奪う。

 続けてダウンしたルネの起き上がり、追撃をしかけんとショウが忍び寄っていた。

 『クロス・ファイティング』のような格闘ゲームでは、基本的に打撃・ガード・投げの三すくみが形成されている。打撃にはガード、ガードには投げ、投げには打撃が有効だ。起き上がり状況は基本的に攻めている側が有利で、強キャラの場合は択の読み合いになることが多い。アンソニーのショウも、その例に漏れない強キャラだった。

『ワンコンボ取られるも日本のマナト耐えます!』

 様々な選択肢がある中でショウの打撃をガードしきり、マナトは反撃に転じる。

 ルネから繰り出される多彩な攻めに対し、しかしアンソニーのガードもまた固かった。

 本命である致命的な打撃をことごとく防ぎつつも、対の選択肢である投げにも対応。1度投げられるだけで攻撃のターンをやり過ごし、立ち回りに戻る。

 ジリジリとした牽制合戦。相手の技に対して相性の良い技を噛み合わせる「置き」や、距離を調整して空振りさせたところを狩る「差し返し」。遠距離攻撃の「弾」と、それを掻い潜り攻撃する「弾抜け」。頭上から迫り大ダメージや攻めのターンを狙う「飛び」、それを落とす「対空」。……様々な要素に脳のメモリを割きながら両者は戦う。

 この立ち回りを制したのは、またもアンソニーのショウだった。マナト操るルネの攻撃をぎりぎりでかわし、その隙に差し返す――コンボをきっちり完遂し、またも体力を3割奪う。これで当たる技によっては致死圏になった。

 そして再び訪れる起き攻めの時間。主導権はアンソニーにあり、画面端も近い。一時的に凌げたとしても逃げ場がなく、不利な状況は続く。……勝つためには、どこかで反撃に転じる一手を通す必要があった。

 ここでマナトは勝負に出る。その選択は無敵技。打撃にも投げにも勝てるが、ガードで手痛い反撃――この状況ではそれこそ負けが確定するような反撃を受けることになる。

『おおっと、アンソニーこれは読んでいた! マナトの無敵技をガードする! ゲージもあるのでこれで決まるでしょうっ』

 決死の一手は読み負け、マナトの敗北へのカウントダウンが始まる。アンソニーが無事コンボを完遂すれ――

『おっと!? 落とした!』

 アンソニーのミスによってマナトにターンが回ってくる。すかさず反撃に転じたのは、アンソニーだった。

 ミスに対して反撃を試みるであろうマナトに対し、無敵技をねじ込みに来たのだ。ミスをしたとはいえ、無敵技で倒しきれる圏内までにルネの体力は減っている。これが通ればアンソニーの勝利だ。

『ここでガード! 土壇場で読みが冴え渡るマナト!』

 無敵技をガードされれば手痛い反撃を受けることになる。これはアンソニーも例外ではない。

 立ち位置を入れ替えつつフルコンボを入れて、体力4割を削るマナトのルネ。ここからがこのキャラの真骨頂だ。光の設置技によって織りなされる多彩な起き攻めを、画面端で的確に対処しきることは難しい。

『ここでアンソニーまだ打つ! 根性の無敵技ぁ! しかしこれもマナトは防ぐ!』

『遅らせてましたね。遅らせて打撃を打つことで、技が出るまでの間はガード状態なので、最速の無敵技にも対応できるという選択肢です』

 ルネのフルコンボが入り、ショウはスタンする。一定以上立て続けに攻撃を受けると、スタンゲージがマックスになり動けなくなるのだ。それが意味するのは、さらなる追撃。すでに2割ほどまで落ち込んだショウの体力は消し飛び、決着と相成った。

『日本のマナト、ルーザーズながら初のTOP8です! 初参加でこの成績はすごい!』

『日米若手の新顔対決となりましたね。これからこのカードが見れることも増えていくのではないでしょうか』

『はい。そして明日はいよいよ決勝です。なんと言っても注目は日本の絶対王者WIN選手。彼が今大会も無敗で駆け抜けるのか、はたまた誰かが土をつけるのか――』


 IVOが最高峰とされる所以は、その歴史と影響力にあると言っていい。格ゲー黎明期からコミュニティ主導で行われ、体育館の一室から現在の大型イベント会場に至るまで、その発展を業界とともに遂げてきた大会だ。そこでの勝利は名誉であり、また特別な意味を持つことになる。アマチュアならば、これを機にスポンサーの獲得、すなわちプロ化も夢ではないだろう。それほどの価値が、この場での勝利にはあるのだ。

 だからこそ、アンソニーはその場から立ち上がれずにいた。普段ならばまずすることのないミスによって勝ちを逃し、有利だった状況から敗北を喫した。1つや2つでは足りない後悔の残る内容が、彼の腰を重くする。

 だからこそマナトは吠えた。苦しい状況にありながらそれでも嫌味をつけ続け、最終的に細い糸を通し勝利を掴んだ。ひりついた緊張感から解放され、一気にその勝利の興奮が押し寄せる。


 二人の明暗はこれほどまでに分かたれる。

 誰かの栄光の瞬間には、かならず誰かの敗北が付きまとう。

 残酷に映るだろうか。

 ただ強者が勝ち上がり、弱者は淘汰されていく。

 これ以上ないほどに単純で、明快な評価が行われる舞台。

 これが、勝負の世界だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ