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 ――・9・――


「適性検査を無事合格した者には、仮編入の資格が与えられる」

 翌朝。この日も俺はフレム教官を訪ねていた。

「学院に存在する学科は3つ。1つは僕ら研究科、残り2つは軍事科と普通科だ」

「俺みたいな編入希望者はどこ所属になるんですか?」

「当然それは君の希望次第だ。と言っても、現状研究科は人員を必要としていない。他で頼むよ」

 随分とドライな物言いに、思わず俺も苦笑してしまう。

「相当人気なんですね」

「逆だよ。異端も異端、どうやったってメインストリームたりえない、物好きの道楽さ」

 そのときの教官は、目を細めて遠くを見るような……穏やかで、達観したような表情をしていた。それが妙に印象的で口を閉ざしていると、教官は構わず話を進めた。

「君には明日までに希望を固めてもらう。今日はそのための情報収集に充てるといい」

「情報収集、ですか……」

「教官連中に話は伝えてある。訪ねれば見学ぐらいはさせてもらえるはずだ」

「あ、ありがとうございます」

 丸投げかと冷や汗をかいたが、わりかし手厚い対応で面食らう。

「編入本試験は原則仮編入から一月後。試験内容は学科ごとに異なるが、基本的には共通して「魔法行使ができるか」を見るためのものだ」

「なるほど……」

「説明は以上。他に聞いておきたいことがあれば今応じよう」

「普通科と軍事科がどんなところか教えてもらえると……せめて場所だけでも」

「ああ、君はこの辺りの地理に疎いのか。それは悪かった」

 フレム教官はそう言うと、辺りを見回し――

「ここまではどうやって来たんだい?」

 ふと気がついたように、再度こちらへ視線を向けた。

「門番の人に地図をもらったんです」

「それでいいじゃないか。僕が書き足しておこう」

 ペンでも取り出すのかと思いきや、教官は指を走らせ始める。その指先は淡く発光していて、この上なくスタイリッシュな光景に感じられた。

「軍事科の役割は治安維持。戦時下なら別の役割も出てくるが、基本的には日頃から模擬戦などで研鑽を積み、有事の際に力を発揮する。そういう場所だ」

 そこまで言い終えると、教官は俺――の足元を一瞥した。

「君にはあまりおすすめできない」

「…………」

 治安維持ということは、存在自体が抑止力となるのが理想。俺はその真逆に位置する。

 容赦のない物言いだったが、返す言葉はなかった。

「普通科は様々な分野を内包している。活動内容は多岐に渡るが、全てに共通しているのは「人々の役に立つ」という精神性だろう」

「結構ふわっとしてるんですね」

「実際、集団と言うには雑然としているんだよ。これ以上説明を求められても僕の手には負えない」

「そうですか……」

「ああ、そうだ。1つ特色があるとすれば、卒業後の就職先が多いことかな」

「しゅ、就職……」

 異世界に来てまでその単語を聞かされるとは思ってもみず、俺は内心辟易としてしまう。いくらIVOでそれなりの結果を打ち出したとはいえ、一度就活から逃げた負い目は簡単に拭えるものではなかった。

「興味があるようなら、普通科の教官に詳しく聞いてみるといい」

 話は終わりだと言うように、教官は書き記した地図をこちらへ差し出す。

「あの、最後にもう一つだけ聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

「異世界転生、あるいは異世界転移という言葉に聞き覚えはありますか?――」


「わかってたことではあるけど、ここまでくるとすげぇな、この規模感」

 魔法特区の中心にそびえ立つ巨大な塔。俺は今、その足元に来ていた。

 塔の下部は質量感のある白い素材が放射状に根を下ろし、広い空間を構築している。

 講堂と称されるこの場所こそが、普通科の拠点という話だったが……。

「なんでこんな閑散としてるわけ?」

 人一人いない有様を前にして、俺はそう口にすることしかできなかった。

「じゃあ……他行くか、仕方ない」

 選択肢を狭める決断は躊躇われたが、俺は次なる目的地――軍事科へと移動を始める。

 幸い正直なところ、普通科に対する執着はなかった。

 ――これが軍事科なら話も違ってきたけどな。

 俺は別にこの世界で安定した暮らしを手に入れたいわけじゃない。就職なんて論外だ。

 これから先を思えばこそ、護身術……あわよくば対抗手段ぐらい身につけておきたい。俺の脚を奪った獣のような驚異と、また出くわさないとも限らないのだから。

『君にはあまりおすすめできない』

 ――なんならムカついたし。

 思考をそこで打ち切り、視線を周囲へと向ける。

 さながら半球状のアーケード街といった様子の魔法特区。壁外との街並みの差は顕著だが、とくに目立つのはその高さだろうか。一階建て家屋が主流だった壁外に対し、特区の建造物は三階建てが標準のようだった。しかし、そんな中でも一際異彩を放つのが……

「これが軍事科の闘技場か」

 やがて見えてきた円形状の大きな建物に俺は注意を向ける。

 それは特区の外壁と同様、青みがかった淡い光とともに存在感を放っていた。

 ――権力の象徴か何かなのかね……。

「あ、でも塔は白かったな」

 そんなことを考えていると、闘技場のすぐそばまでやってきていた。建物の側面を少しうろつくと、内部へと通じる入り口が見つかる。縦長のアーチ状にくり抜かれたその通路は、トンネルを彷彿とさせる特有の薄暗さと静けさで満たされていた。

 ――あれ、思ったより緊張してるかもな俺……。

 周囲の情報が極端に遮断されたせいかもしれない。ふとした瞬間に意識が自分に向き、そこで鼓動の早さと呼吸の浅さを自覚した。

 しかし車椅子を漕ぐ手は止まらない。

 暗がりを抜けた先。視界が開けるような感覚とともに、光が織りなす眩く幻想的な光景が俺を再度迎え入れる。その中央――

「ん? 君は……」

 光の中から現れた人物は、スラッとしたシルエットをしていた。上は白のコート、下は白のズボンと全身白ずくめ。相対的に、水色のラインで施された意匠が強調されている。

 口を開けばさわやかな好青年、そんな印象の声だった。

「見学に来ました、マナトです」

 無理なく声が届く距離まで近づいて俺は答える。そしてその距離感になって改めて気づくのは、思ってたよりデカいということだった。

 遠目で見て細身な印象を受けていたが、それはあくまで比率からくるものだったらしい。絶対的な高身長がその印象をすぐに上書きした。

「ああ、フレムがそんなことを言っていたな。オーケー、話は聞いてるよ」

 言いつつ彼が軽く前髪を払うと、結ばれた金色の後ろ髪が連動する形で揺れる。そんな一連の動作すらサマになるのは、ひとえにそのくっきりとした顔立ちによるものだろう。

 全ての言動に一定以上のバフがもたらされる、イケメンという人種はこの世に存在する。どうやら異世界であってもそれは変わらないようだ。

「俺はレゼット。レゼット・シュバールだ。気軽にレゼットと呼んでくれ。「さん」でも「教官」でも、後におまけがついてくる分には構わないが、間違ってもシュバール呼びはやめてくれよ」

「何か理由があるんですか?」

「ああ。お前は俺を見ろ」

「……なるほど」

 家と確執でもあるのだろうか――よぎった邪推を飲み込み、適当な返答でその場を濁す。

「誰? あいつ」「さあ、知らね」「噂の編入生じゃねえの?」「あれがか? あんな脚なら耳に入ってきそうなもんだけどな」「たしかに」

 ――ものの見事に男所帯、って感じだな。

 ぞろぞろとやってきた顔ぶれに目をやり、俺はそんな感想を抱く。

 白を基調としたブレザーに黒のズボン――統一された服装はそれが制服である証だろう。一団ともなると中々に圧があるが……。

 ――なんか想像より、緩いな。

 軍事科と言うからには、軍隊のような規律や機敏な動きを求められるかと覚悟していたのだが……のろのろとマイペースな面々を前に無用だと悟った。

「紹介する、マナトだ。今日は仮編入先の下調べってことで見学に来てる。ま、気負わずいつも通りのお前らを見せてやってくれ」

「仮編入だってよ」「なるほど通りで」「あれだと今日で最後になるんじゃね?」

 ――こういう空気感ね……。

「明日以降も会えますよ。俺、ここ以外眼中にないんで」

 できうる限りの不敵な笑みを浮かべて、俺は”お返し”の言葉を口にした。

 パンッ――教官が手を叩いた音だった。

「はい。その負けん気は買うけど、うちの連中、不用意に煽らないほうがいいよ」

 ざわつき始める周囲を一声で抑え、俺には一切の緩みない忠告を与える。

「…………へぇ……」

 静まりかえったこの場で、全身にうるさいほど浴びせられる視線の数々。

 ――んなギラギラした目できんのか。滾るじゃねえか……。

 久しく味わうことのなかった敵意や対抗心の感覚に、俺自身触発されるのがわかった。

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