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――・8・――
「教官のフレムだ。所属は研究科、困ったことに編入関連の雑務を一任されている」
研究科を訪ねると、低音の効いたハスキーボイスが俺を迎えた。
声の主は優雅な立ち居振る舞いで椅子から腰を上げると、透き通るような水色のショートヘアを揺らし、翡翠色の双眸でメガネ越しにこちらを見据える。
彼女……いや、彼だろうか。
小柄なせいか白衣に「着られている」感は拭えず、どことなく「ちんちくりん」という表現が似合う。白衣越しに起伏は感じられず、声の印象も相まって中性的な印象だった。
「学院と教団、魔法養成機関は2つある。細かなことは省くが、学院が正規ルート。教団が救済措置と思ってくれていい」
軽い説明を挟みながら、教官は身振り手振りで俺を研究室の中へと案内する。促されるままに移動すると、俺たちはテーブル越しに向かい合うことになった。
「何はともあれ、君を占うのはこれから行う適性検査だ。この結果如何によって君の扱いが大きく変わる」
宙空を漂う光球がほのかに暖かく部屋を照らす。しかしそれとは対照的に、フレム教官の顔は不気味に感じられた。
「これは?」
教官が取り出してきたのは、やや分厚いノートパソコンほどの木箱だった。
「これで適性をはかるんだよ」
蓋を開けると中にはこぶし大の石が4つ。基本的には灰色の普通の石だが、それぞれ赤・青・黄・緑の線が血管のように刻まれている。とはいえ脈打っていたりなどはせず、俺の知る石と同様、無機質なものだった。
昔高校の地学で鉱物の標本を見たことがあったが、イメージとしてはそれが近い。
「この石は魔力に反応して光り輝く。色はそれぞれ炎・水・雷・風の各属性に対応。僕は雷だからこの通り」
教官が持った黄色の石はバチバチと音を立て、蛍光イエローに輝いた。
「適性があればこうして反応を示す。適性とは、すなわち魔力を持っているかどうかだ。まだ魔法を行使できなくとも、適性があればこの石は反応する」
「……なるほど」
『マナトはあるといいな、適性』
八百屋の店主の言葉が脳裏に蘇る。
――多くの人がこの石に道を閉ざされてきた、ってことか。
なんだかそう考えると、握った拳に力が入った。
「君は面白い顔をするね。まるで魔法使いが教団の人間を見下すときのようだ」
「っ……!」
――無意識で俺はあの人たちを……。
「深く追求することはしないよ。君にその価値があるかも定かじゃないんだ」
鋭い洞察力を垣間見せながらも、教官は興味なさげに言い切る。
「……始めましょう」
動揺を引きずってしまったのかもしれない。声はわずかに震え、消え入るようになっていた。……教官は気に留めた様子もなく、淡々と検査を始める。
「それじゃあこれ、持ってみて」
最初に差し出されたのは赤の石だった。
……数十秒の沈黙。目立った反応は見られず、俺は息を呑む。
「次はこれ」
青の石。……こちらも同様、反応は見られない。
緑の石。……反応なし。
――まずい……。
窮地に脈打つ鼓動。うるさいぐらいに主張する心臓に急かされ、俺は焦燥感に苛まれる。
乱れた思考、狭まる視野。そんな中で俺が目にしたのは――
「残念だが、君に適性はないようだ」
黄の石、無反応。
それを握った手が震える。
呼吸が浅くなり、視界が歪み……。
――ああ。俺は、ここでもこっち側なのか……。
諦めと達観、あとおそらく……納得も。入り交じる様々な感情を胸に、俺はいつしか天を仰いでいた。
宙空を漂う光が滲んで見えたのは……。
――はぁ。
『マナトはあるといいな、適性』
『……後悔、しないといいね』
ここに来るまでの道中でかけられた言葉が蘇る。
『……俺が初めての例外になる可能性だって捨てきれないわけだし』
そうやって予防線すら張った。だけどいざこうして直面したら……。
心にくるものがある。
ズシンと重みが胸の内にのしかかって、顔を上げることも、前を向くことも難しくて。
「検査はこれで終わりとする。気持ちが落ち着くまで、ここは自由に使ってくれていい」
いつしかうつむいていた俺に、そんな声がかけられる。返事もできず、俺は……。
――俺は、何をしてる……?
こんなところで下を向いて、足踏みなんてしてる暇があるのか?
『ふふっ。大丈夫だよ、マナトくんなら』
そう言ってくれたシアの顔が頭をよぎった。
引き下がれない。足踏みしてる暇なんてない。
『会いにきてよ、そんなこと言わずにさ。私、 ――』
――食い下がれ。
「待ってくれ!」
「……なんだい?」
運命を呪い、理不尽に抗う。元より俺の目的は、その延長にあるんだ。
「今の検査、ちゃんと正常に行われたのか!?」
言いがかりにすぎない戯言――そんな評価が透けて見えるぐらい、教官の俺に対する目はひどく冷めていた。返事は淡々と、ため息交じりに吐かれる。
「突きつけられた結果に絶望する者はたくさん見てきた。気持ちはわからなくはないが、さっき実演して見せたろう。僕がやって反応した。それで十分――」
「じゃない! すでに魔法を使えるあんたに反応したところで、現時点で魔法を使えない俺の適性がはかれる根拠にはならない」
「…………」
無言ながらその表情に揺れが生じたのを、俺は見逃さなかった。
「連れてこいよ。適性のある、魔法が使えないやつを。そいつに反応して初めて、その石の有用性は証明される」
「…………」
「魔法使いなら、ただの石を持ったとしてもさっきみたいなことができるだろ。あんたが俺を騙してない保証はどこにある」
口を閉ざしたままの教官に、俺は畳み掛けるように続ける。
魔法が科学に成り代わるこの世界で、こんな屁理屈を並べ立てるのはきっと俺くらいのものだ。もしかしたらこれは、誹られる行いなのかもしれない。……だが。
――んなことで折れてやる道理はねえな。
どんなに無様を晒し、泥臭くなろうとも目的を果たす。
俺を否定した何もかもに抗おうと言うなら、きっとこの程度の覚悟は最低限だ。
……それに、なにも闇雲に難癖をつけているわけじゃない。
相手は仮にも研究科を名乗る教官。俺の世界と必ずしも同義だとは限らないが、理屈をそうやすやすと無下にはできないはずだ。
だからこそ、そこに勝算がある。この物言いを押し通すだけの勝算が。
「「…………」」
空気はひりつく。俺の訴えを受け、まっすぐに視線を受け止める教官の言葉を待って。
そのとき俺を見る教官の目は、いっとき前の冷め具合が嘘のようにギラギラとしていた。
――あれ……。
その目に宿る生気を察して、勝機を期待し始めたときだった。
教官は伏し目がちに視線をそらし、そして無機質に言葉を発する。
「君の要望に答えることはできない」
「っ、どうして!」
「いないんだよ。そんな都合よく、適性のある魔法未習得者なんて」
「…………」
それもそうか。
適性があればとっくに研鑽を積んで、魔法をものにしている。適性に恵まれた者の存在が希少だからこそ、こうして編入の門戸が開かれているのだ。
「残念だが、君の言う「石の有用性」をこの場で証明することはできない。そもそも前提として、教えを請おうという相手に「欺いているのでは?」と疑いをかけることの矛盾は理解できるかい? 無礼とか、そういう以前の問題だ。信用できない相手を頼ろうとする時点で筋が通っていない」
急ごしらえの屁理屈が、教官の正論によって論破されていく。
この人は俺が思っている以上に「研究者」だった。決して勢いに誤魔化されず、ただ話の筋道を冷静に見据えていた。
――詰み……か。
これ以上頭を働かせても、現状を打開できるすべは見つからない。そう悟ってしまって、俺は握りしめていた拳を脱力させた。
「魔法使いにとって、もっとも大切なことはなんだと思う?」
「説教でも始めるんですか?」
「いいや、これはあくまで適性検査の延長だ」
「それってどういう……」
含みのある言い回しに、切らした集中が再度高まっていく。
――この問答次第では、あるのか? まだチャンスが……。
「さあ、聞かせてくれ。君の回答を」
問いかける教官の眼差しは、今度こそたしかに爛々としていた。
「魔法使いにもっとも大切なことは……」
思考を巡らす。
なぜこうしてチャンスが与えられているのか。
俺の知っているかすかな魔法知識をかき集めて……。
教官がこれまでのやりとりの中で、俺のどこに可能性を感じたか。
俺の知る一番の魔法使いはなんと言っていたか。
それらを踏まえた、今の俺に出せる精一杯の回答。
「……意志、だと思います」
「そうか」
教官はそれだけ言って、背を向けてしまった。
――間違えた……いや、届かなかったんだ。
悟ってしまった俺は肩を落とし、頭の中で反省会を始め――
ドンッ。
「……え?」
思考の海へと潜りかけた俺を引き上げ、目の前の現実に引き戻したのは……。
「僕の独断で、もう一度チャンスを与えよう」
新たな木箱をテーブルに置き、そう告げるフレム教官だった。
――手繰り、寄せた……!
カチャリと、自分の中のスイッチが切り替わった気がした。
一縷の望みを前に、俺の目は生気を取り戻す。
「ふっ、君はいい目をするな」
「絶たれたと思った望みが繋がったんですから、こうなるのも当然でしょう」
内心の昂りとは裏腹に、声のトーンは知らず知らず落ち着いたものになっていた。
「いや、そうでもないさ。だいたい、二度目なら結果を覆せるという自信はどこからくるんだい? 君のようにそうやって闘志を燃やせる精神性は希少だと思うよ」
「忘れてたんですけど俺、ダメだったときのことは考えないんですよ」
「ん?」
「もう、場に呑まれる俺はいないってことです」
「――――」
教官が何か言った気がしたが、そのときすでに俺の意識は教官へ向いていなかった。
――なんだろう。すごく静かだ。今ならこれまで取りこぼしてきたものも、ちゃんと拾える気がする。落ち着いているというか、俯瞰しているというか……。
『異世界人には2種類もいない。あなたたちはみんな、その身に魔法の素質を宿しているの。もちろん程度の差はあったけど、全く使えない人はいなかった』
俺には素質がある。さっきダメだったのは、俺に落ち度があったからだ。
だから、ちゃんとやれば適性検査は乗り越えられる。
『異世界人だから素質があるってやつか? それをあんまり信用しすぎてもなぁ……俺が初めての例外になる可能性だって捨てきれないわけだし』
そんな可能性は捨て置け。今考えるべきは、適性がない場合じゃない。内に秘められた適性をどう示すか、それだけだ。
考慮すべきでないことを考慮して、あえて袋小路になってやる必要はどこにもない。
脳のリソースは全て、活路を開くために使わなければならない。そうして全神経を集中させて、やっと届くかどうかの瀬戸際だ。
『ううん、大丈夫。だってマナトくん、意志が強いもん』
甘える要素を徹底的に排除しろ。否が応でも全力が出るようなメンタルに仕上げるんだ。
「……スゥー…………」
目をつむり、大きく深呼吸して、研ぎ澄ませた感覚を右手に集中させる。
『魔法のコツ? んー、シュッ、ってやってはーって感じ』
「シュッ、ってやってはーっ‼」
そのまま俺は右手を木箱へと伸ば――
……。…………。……………………。
「ここは……」
「目が覚めたようだね。無事かい?」
視界には見知らぬ天井。それを遮るようにフレム教官が現れる。
「一体どういう……」
「すまない。君を見誤ったばかりに事故が起きてしまった」
「事故?」
「石の反応が大きすぎたんだ。端的に言うと爆発した」
「爆発!?」
思わず身を起こし、自分の身体を確認する。とくに石に触れたはずの右手は重点的に。
「よかった。とくに欠損してない」
「フッ、君が言うと冗談じゃないな」
「そう言いながら笑ってるじゃないですか……」
「本当に笑い事じゃない事態は避けられたんだ。構わないだろう?」
「……それで、検査の結果はどうなったんですか?」
教官の図太さには目をつむり、俺は肝心要の話題へと踏み込む。
「適性がない者にこの事故は起こせない。僕が認めよう、君の適性を」
ふっと力の抜ける感覚。張っていた気が緩み、途端に疲労感が全身を包みこむ。
でも同時に、胸の内にはたしかな達成感も生まれていた。
「案外、根性もバカにならないですね……」
「根性、か。たしかに君の悪あがきは、僕を動かすに値したよ」
「そういえば、どうして俺に二度目のチャンスを?」
「魔法使いにとって、もっとも大切なことはなんだろうか? 挫折を知らないエリートは、何よりも生まれ持った適性だと答えるかもしれない。君のように、根性や意志といった類の言葉で表す人もいるだろう。実際その答えは魔法使いの数だけあるものだ。たとえば、人生の意義がそれぞれであるように、ね」
後ろ手に組み、フレム教官は悠々と語り出す。
「僕は長らく教団と関わりがあってね。適性以外の部分で高みに昇り詰める様をこの目で見てきたんだ。所詮この石ではかれる適性なんてたかが知れてる」
軽く投げ上げた石を片手でキャッチし、教官はそれをこちらに差し出してみせる。
「咄嗟の機転にしてはもっともらしい物言い、一度では折れない執念……僕は君に、適性以外の素質を見出したんだ。だからわざわざ、こんな代物まで引っ張り出してきた」
教官の手に収まった石は――真っ赤だった。灰色の部分なんてものはなく、ただ赤一色の石。予想するにそれは……。
「こっちのほうが反応しやすい……ですよね。見るからに」
「ご名答。だがこのことは他言無用で頼むよ。贔屓だと非難される要素は多分に含まれているからね」
別の石を持ち出したのは、形式だけでも俺の屁理屈を取り入れてくれたのかと思っていたが……。
「てか、事故の原因明白じゃないですか」
訂正。実は根性、そんなに関係なかったっぽい。




