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――・6・――
「肝となるのは多分魔法だ」
「え、なに?」
食卓を囲んで早々の言葉に、シアはきょとんとした表情を浮かべた。
「俺なりに考えてみたんだよ、元の世界に戻る方法」
「あーそれで魔法ってこと」
得心した様子のシアに俺は一安心する。しかしそれもつかの間、不意に彼女の眼差しがこちらへと向けられ、目が合うことになった。
――やっぱまだ慣れないな……。
ちらつくルネの影を意識的に振り払い、俺は口を開く。
「別世界から人を呼び寄せるなんて真似、可能にできるものは限られてくる。今のところ、俺の知る範囲だと、唯一魔法がその候補になりうるって話」
夕刻、先の和解から二時間ほどが経過していた。その間シアは料理を作り、一方の俺はこれからのことに思考を巡らせていたというわけだった。
「うん。私も広い意味で魔法が関与してるのは間違いないと思うよ。問題はそれがどんな魔法なのかってことで――」
「そう、そこなんだよ。俺には魔法の知識が圧倒的に欠けてる。理屈も原理も、そもそもそういったものが存在するのかさえわかってない。だからシアに……」
視線を少し上げると、シアの妙に生暖かい笑みが目に入り、俺の言葉を遮った。
「なに、その顔? なんでニヤついてるの……? やりづらいんだけど」
「ん? ああ。ふふっ、ごめん。でもマナトくん、こんな饒舌に喋るんだな~って」
「…………」
指摘されて若干の気恥ずかしさがこみ上げてくる。
「その片鱗はあっただろ。キ……いや」
誤魔化すための言葉が反射的に出かかるも、すんでのところで俺の理性が働き、それが完全に彼女へ届くことはなかった。
「なに? 遠慮しないで言いなよ」
そう言って彼女はじ~っと俺の目を覗き込むように見つめてくる。
何秒そのままでいただろうか。それはまるで、こちらが口を開くまで続けるとでも言いたげな態度に思えて、観念した俺はゆっくりと目をそらした。
「その……キレたとき、とか」
一度は飲み込んだ言葉。内容もあって、バツの悪さが俺を言い淀ませる。
しかし思いのほか、シアは上機嫌だった。
「たしかに。言われてみればそうかも」
「あっけらかんと言うのな」
「なに、気にしてるの? お互い水に流して前を向くための会議でしょ。こういうところで変に遠慮しなくていいんじゃない?」
「その通りなんだけど……なんかシアに言われると腹立つ」
「別に暴言を吐けって言ったんじゃないからね!?」
空気が悪くなるかと懸念したが、この感じを見るとどうやら杞憂だったらしい。
――なんかこの感じ、ちょっとだけ懐かしい気がするな……。
しばらく人間らしい営みをしてこなかった反動だろうか。
「話、進めていいか?」
「止めたのはマナトくんでしょ」
「じゃ、許可はいらないな」
軽口もほどほどに、俺は本題へと軌道修正をする。
「とりあえずの方針として、魔法に解決策を求めようってことなんだけど……ここまではいいか?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ次。俺には魔法の知識がないわけだけど、シアは違うよな? 実際に使えるわけだし。だからその辺りを共有してほしいんだ」
「それはもちろん。だけど私、人に教えられるほど魔法に精通してるかというと……」
苦笑交じりに頬をかきながら、シアは目線を宙空へとそらした。
「え、ここで謙遜? 魔法使えるなら、堂々と胸を張るところじゃないのか?」
「使えるだけで、知識があるわけじゃないもん」
「…………」
つまりどういうことだ。
教授がその分野のプロだとしても、必ずしも教えることに長けているわけではない……とか、そういう類のことか?
いや、もっと話は単純かもしれない。
たとえば俺がゲームの造りや原理を聞かれたとしても、満足に答えることはできない。どんなにゲーマーとしてやりこんでいたとしても、それはあくまで用意された土俵の上でのこと。土俵がいかにしてできているかなんて、滅多なことでもない限り考えもしない。
「そんなゴミを見るような目で見なくてもいいじゃん……」
「自意識過剰。何も言ってないだろ」
なぜか不貞腐れているシアに、らしくもなく俺はフォローを入れる。……果たしてこれがフォローと呼ぶに値するかは定かでないが。
「目が言ってるんだよ。自覚ないかもしれないけどっ」
「自覚ないなら言ってないも同然だろ……。お前は寝言に一喜一憂するのか」
「寝言のほうがマジっぽくて気にするけど!?」
「そうかい」
勢いを受け流すように俺は口にし、暗にこの話は終わりだと告げる。
――こんな表情変わるやつだったかな……?
これまで抱いていた彼女に対する印象が、かすかに更新されていくのを感じる。
顔を見て話すことも少なかったから――というよりは、単に俺の気の持ちようか。
「魔法については正直シア頼みだったんだが……無理なものは仕方ない」
「エグるように言うね……。一応、全く完全に役立たずってわけではないからね?」
「アテにはしてるよ。ただ、俺に教えることはできないんだろ?」
「……うん」
申し訳なさそうにシアは顔をうつむかせる。真面目に落ち込まれるのも、それはそれでやりづらい。
「魔法に答えを求めるっていう方向性自体はそのままでいけそうだし、手段を修正すればどうにかなるとは思う」
「ごめんね、ありがとう……」
「別に元々俺が勝手に言いだしたこ――」
「あ! ちょっと待って。代わりになりそうなところはあるかもっ!」
「代わり?」
テンションの落差に振り落とされそうになるも、なんとかオウム返しだけは口にする。
「うん。ベルキースさんの又聞きではあるんだけど、魔法学院ってところがあるんだって。ほら、街に出たときにマナトくんも見えたんじゃない? 中心におっきくそびえてた塔」
「たしかにあったけど」
買い物の最中、いちいち視界に入りもすれば印象にも残るというものだ。
「あの塔を中心に魔法特区っていうのがあるらしくて、そこに魔法使い養成施設もあるんだって。魔法学院はその1つ。たしか他にも魔法教団……だったかな。そういうところもあるって言ってたよ」
「学院に教団ね……」
俺の感覚からすると、その2つは結びついちゃいけないもののような気がするのだが。……まあ、俺の世界の常識で判断するのも変な話か。
「とにかく、多分そこでなら私よりも詳しく魔法のことを教えてくれると思う」
「……それ、俺みたいなやつにも参加資格あるのか? 特区とか言うぐらいだから、選別は厳しそうに聞こえるけど」
降って湧いた希望に飛びつきたい気持ちは大きいものの、シアのあまりにもふわふわとした言いぶりが俺をとどまらせていた。とはいえ、冷静になったところで俺に正しい判断ができるかと言うと……怪しいところではあるが。
「その辺詳しくは聞いてないけど……きっと大丈夫」
「その確信はどこから来るんだよ……」
まっすぐに言い放つシアに、俺は呆れたように言った。
「あまり無闇に言いふらしたりしないでほしいんだけど……」
「俺に言いふらすような相手がいるとでも?」
「それもそっか。でもこれか――いや、えっと……」
『これから』と言いかけて、シアは誤魔化すように言い淀む。
「仕返しと言わんばかりに交流のなさをイジっておいて、変なところで気遣うなよ」
「でも……」
「もう前は向いた。俺はこれからのことしか見てないぞ」
「それは嘘じゃん」
即答。……そんなに俺ってわかりやすいだろうか。
「虚勢ぐらい張らせてくれよ……」
「溜め込んで爆発させるからダメ」
「…………」
――ロクな印象持たれてないな……。
それも全て自業自得だという自覚はある。これまでシアに対して行ってきた振る舞いを思えば、返す言葉もなかった。
「話を戻すね。この世界の人には2種類いて、1つは魔法を使える人。もう1つは魔法を使えない人」
「すごい二元論ぶっこんできたな……。まあいいや、それで?」
「異世界人には2種類もいない。あなたたちはみんな、その身に魔法の素質を宿しているの。もちろん程度の差はあったけど、全く使えない人はいなかった」
「……ちなみに、この世界の魔法使いってどのくらい珍しいものなんだ?」
「身近に私がいるから実感しづらいかもしれないけど、かなり少ないらしいよ。正直言うと、ベルキースさんがあんなに良くしてくれたのも、私がその珍しい魔法使いだったからだと思う。本人からもそんなようなことを遠回しに聞いたし」
「なるほど。……色々と見えてきたな」
良い面も、悪い面も。
まず良い面。魔法使いが希少だということは、俺が入り込む余地があるということだ。
頭上、浮遊している光球に目を向ける。
俺の世界で言うところの電気、とまではさすがにいかないだろうが、この世界で魔法が生活に根付いているのはたしかなのだろう。明かりだけならまだしも、シアがしてみせた治療を思えば当然だ。科学すらも凌駕する奇跡の力となれば、それを中心に世界が回っていて不思議じゃない。
となれば次は需要と供給の問題だ。魔法が生活に根付いているのであれば、その需要がなくなることはない。反対に供給は、魔法使いの希少性から、追いつかないことが容易に想像できる。
それはつまり、わずかでも魔法使いになる可能性があれば手厚く面倒を見ることも辞さない――そういう体制を取っていておかしくないということだ。実際に養成機関があることからも、この推測は補強される。
――だから素質があれば拾われるってことか。
シアがどこまで考えていたかは定かでないが、俺の中で納得することはできた。
「よし、当面の目標はその魔法学院とやらだな」
頭によぎった悪い面についてはひとまず保留し、俺はそんな結論を口にする。
「うん。明日にでも話聞きにいこっか。あと車椅子の進捗も確認しておきたいし」
シアは俺の言葉にうなずくと、にこやかな表情でそう言った。




