(無題)
サーッ。部屋の網戸を開けて、お隣さんがやってくる。
「今をときめく天才が、俺なんかに時間使ってていいのか?」
隣接した一軒家の2階だからこそなせる訪問は、今に始まったことじゃなかった。
「来たかったから来たの。私の時間の使い方にケチつけないでくれる?」
「はいはい。必要な息抜きになってくれてたら、俺としても嬉しいよ」
「海外楽しんできて。土産話、期待してるから」
軽く微笑んで「これ言いに来ただけ」と彼女は付け加える。
「土産の品はいいんだな」
「それは任せる。私向こうのものに詳しくないし。よさげなの持ってきたらもらってやらなくもない」
腕を組み、彼女は謎に誇らしげな顔をしてみせた。尊大な態度だが、格好は短パンにキャミソールと無防備で締まらない。
「んじゃまあ、一言で終わるしょうもない土産話にならないようがんばるよ」
「うん、がんばって。いってらっしゃい」
来たときと同様、部屋の網戸を開けて彼女は隣の家へと移ってゆく。
「お前もがんばれよ」
去りゆく背中にそう声をかけると、サムズアップととびっきりの笑顔が返ってきた。
翌日に旅立ちを控えた俺へ、別れのあいさつをしにきたのだろう。一週間もしないうちにまた会えるというのに、律儀なものだ。