本物の夫婦に……
「俺のストーカーだったって……?」
身を縮まらせたりこは、涙目で俺を見上げてきた。
「あの、りこ、言いづらいことなら、無理しなくてもいいんだよ」
「ううん。お話しなければだめなのはわかってるの……。聞いてください」
りこの決意を感じ、ごくりと息を呑む。
「私ね、小学校に上がるタイミングで、また海外に戻ることになったの。そ、その頃から、私は湊人くんのことが大好きで、家でも湊人くんのおはなしばかりしてたの」
「う、うん」
勝手に顔が熱くなってしまう。
「そんな私を見た両親は、どうしても日本を離れることが言い出せなかったらしくて……。私は湊人くんにお別れをできないまま、アメリカに連れて行かれちゃったの」
……そうか。
だから、俺の記憶から突然りこの存在が消えていたのか。
「また日本に戻ってこられたのは、中学二年生のときだった。湊人くんと会えないまま、九年も経ってしまったけど、私その間もずっと湊人くんのことを想い続けていたの」
りこから九年もの間想われていたなんて。
俺は口をぽかんと開けたまま、りこの話の続きを待った。
「帰国してすぐに、湊人くんに会いに行こうとしたの。でも、湊人くんを見たら……緊張しすぎて……。声をかけることなんてできなかった……。だって、ずっとずっと会いたくてたまらなかった人だから……。湊人くんは私のことなんてもう覚えてないかもしれないし、それ以前に、迷惑がられちゃうかもって……怖くなって……」
実際に、りこのことを忘れてしまっていた俺は、どうしようもないぐらい申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ごめん、俺……りこを忘れてたなんて……」
「ううん。幼稚園の頃のことなんて、普通はみんな忘れちゃってるよ」
でも、りこは覚えていてくれたんだろう?
泣きたくなるような愛しさが募って、俺は唇を噛みしめた。
「でね? 今日こそ話しかけようって思いながら、会いに行くことを繰り返して、毎日……」
「えっ、毎日!? でも、りこみたいなかわいい子が傍にいたら気づいたと思うんだけど……」
俺が勢いで言ってしまった『かわいい』という言葉に反応して、りこの頬がぽっと赤くなる。
「あ、あの、伊達眼鏡をかけて、帽子をかぶって、マスクもして変装してたの……」
「なるほど……」
「そ、それで……湊人くんの周りをうろちょろしながら、聞き耳を立てて、湊人くんの好きなものを知ったり、好きなマンガを知って、同じものを読んだり……。わ、わたし、ほんとに気持ち悪いのぉ……!」
耐えられなくなったように、頭を抱えて、りこがしゃがみ込む。
「……」
その姿を無言で見下ろす俺が、今までで一番真っ赤な顔をしていることにりこは気づいていない。
りこのしていた行動は、人によってはストーカー行為に当たると思うのかもしれない。
ただ、俺はとくに何の迷惑もかけられていないから、そんな大げさなものでもないという気がした。
いや、この際、そんなことはどうでもいい。
大事なのは俺がどう感じたかということ。
結局、単純な話だけど、他の誰かにされたら受け入れられないことも、好きな人がしてくれるなら嫌どころか、喜びに変わるなんてこともザラにあるわけで。
つまり――。
「……あの、引いちゃったよね……」
「全然引いてない!!」
被せ気味に断言する。
「むしろ、そ、そんなに俺のことお、想ってくれてたのかって……。うわあ……死にそうなぐらいうれしい……」
りこは驚いた顔で、俺をぼーっと眺めている。
……ってあ、あれ……。
待った……。
今の話って、よくよく考えると……。
俺はずっと、りこの好きなA男の存在に嫉妬してきた。
りこに想われているのに、りこを振ったA男。
いつかりこの心を、A男から奪いたいと思いながら、りこに片思いをしてきたわけだけど……。
「A男なんていない……?」
「え? なあに?」
「……っ、りこの初恋の相手は俺で、りこが中学生の時に再会した初恋の相手も俺で、りこを振ったと勘違いされた男も俺ってことでいい!?」
「えっ!? あ、はいっ!」
いつの間にか正座をして向き合っていた俺たちは、息まきながら言葉を交わす。
「やばい……。俺、とんでもない勘違いを……」
「えっ、えっ!? 湊人くん!?」
「ごめん、りこ! 俺もりこに隠していたことがあって……」
りこには他に好きな人がいると思い込んだことから始まり、ずっと自分の本音を言い出せなかったことまでを打ち明ける。
「えっと、つまり、私が他の人を好きなのに、湊人くんに結婚してほしいって言ったと思ってたの? 好きな人がいるのに、湊人くんとキスしたり、それ以上のこともしたいって強請ったって……??」
「ほんとにすみませんでした……!!」
目を見開いているりこに向かって、勢いよく頭を下げる。
言葉にされたことをきっかけに、自分がどれだけ失礼な勘違いをしていたのか嫌というほど思い知る。
「湊人くんじゃなきゃ手を繋ぐのも、ぎゅってするのも、き、キスだって……したくないよ……。私が触れたい、触れてほしいって思うのは、これから先永遠に湊人くんだけだよ……?」
「……っ」
「わかりましたか?」
上目遣いのりこが、ぷくっと頬を膨らませて俺をかわいく睨む。
「はい、本当にごめん。……でも、そっか……。俺、りこと本物の夫婦だったんだ……。夢みたいで実感全然わかない……」
りこが他の誰かを好きなのだと思ってしまったとき、どれほど苦しかったか。
それでもりこを諦められないと感じたときの胸の痛み、そういったものがすべて報われた気がして。
恥ずかしいのだけれど、俺は涙ぐんでしまった。
慌てて自分の顔を隠そうとした俺の手をりこが掴む。
ハッとして顔を上げると――。
「隠しちゃだめ……」
甘い声で囁いたりこの可愛らしい顔がゆっくりと近づいてくる。
息もできず、ただ見惚れていた俺の唇に、ちゅっと音を立ててマシュマロのように柔らかいりこの唇が触れた。
「ほら、温もりが伝わるから夢じゃないよね」
「……うん」
キスでりこが教えてくれる。
りこが俺を好きなこと。
俺だけの本当の彼女で、俺だけの本物のお嫁さんであることを。
こうして俺たちは、ついに真実の夫婦になれたのだった――。
(おわり)
これにて本作は完結です!
(※なのですが、明日は連載に付き合ってくださった皆様へのお礼も兼ねて、
ハッピーエンド後の二人を描いたおまけを更新する予定です)
ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました!
りこちゃんみたなぽやぽやした女の子が大好きなので、別作品でもこんなかんじの女の子を書いてみたいなあと考えています♡
完結記念に、スクロールバーを下げていった先にある広告下の☆☆☆☆☆を、
『★★★★★』にして反応していただけるとうれしいです……!
しばらく精力的になろう更新を頑張るつもりなので、
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新作短編を公開したので、こちらも是非よろしくお願いします~!
ヒロインは主人公を大好きな幼馴染です(*ˊᵕˋ*)੭
『理由あって【勇者パーティーの飼い犬】に甘んじていたけど、追放されたので真の実力を発揮させてもらう。~今さら戻って来いと言われても断る。汚い手を使って従わせようとしてるけど、遠慮なく徹底的にやり返すな?』
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