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成り行きで彼女と朝を迎えてしまった(健全に)

レビューいただきました!

ありがとうございます……! すごくやる気をもらえました!

 一度も目覚めることなくぐっすり眠り、次に気づいた時には、室内がうっすら明るくなっていった。

 朝が来たのだ。


 美味しいご飯を完食して栄養を摂り、薬を飲んでぐっすり眠ったのがよかったのだろう、体は驚くほど楽になっていた。

 昨日の気怠さは完全に消え去っている。


 ホッとしながら体を起こした俺は、ベッド脇の椅子で居眠りをしている花江りこを見つけて、思わず息を止めた。

 彼女は寒そうに体を丸めて、自分の上にかけたコートに鼻先を埋めている。


「え……。なんで……」

「ん……」


 俺の発した言葉で身じろぎをした花江りこが、ゆっくりと大きな瞳を開ける。

 少しぼんやりと顔を動かした彼女だったが、俺をその視界に入れた瞬間、ピッと音がしそうなほど勢いよく飛び起きた。


「ご、ごめんなさい、朝までいたりして……! あの、実は……っ、新山くんが眠った後、帰ろうとしたんだけど、雪で電車が止まっちゃって……」


 状況を理解した俺は、頭を抱えたくなった。


「うわ、そうだよな……!? ごめん……!」


 そういえば担任の車の中で流れていたラジオでも言っていた。


『東京二三区を含む関東甲信では、雪により大きくダイヤが乱れる恐れがあり、在来線では一部運休などの――……』


 無機質なアナウンサーの声を思い出しながら、小さくため息を吐く。


 信じられない……。

 なんでちゃんと気遣ってあげなかったんだ……。


 いくら風邪を引いていたからって、そんなの言い訳にはならない。

 自分のことばかりだった昨日の自分をものすごく恥ずかしく思った。


「新山くん、体調はどう?」

「あ、うん。すごく楽になった。熱ももう下がってるっぽい」


 花江りこは「心配だから」と言って、体温計を差し出してきた。

 素直に受け取って熱を測ると、三十六度六分。

 しっかり平熱に戻っている。


 体温計に表示されたデジタル数字を覗き込んできた花江りこが、ホッとしたように息を吐く。

 それからすぐに「でも朝の薬を飲まないと! ちょっと待っててね」と言って部屋を出て行ってしまった。


 俺はどうしたらいいんだろう。

 具合は問題ないし、起きていくべきだよな……。

 でも待っていてと言われたのに覗きに行って大丈夫か?

 だって昔話ではこういうときに覗いた人間の末路は空しいものだ。

 きっと花江りこは「もう本当に一人で大丈夫そうだね。私、かえりまーす」と言って、出て行ってしまうだろう。

 そして俺たちの縁は、そこで切れて終わり。

 学校で口を聞くことなんて今まで一度だってなかったんだ。

 月曜日からまた、単なる他人同士に戻るだけ。


 ……まだ帰ってほしくないな。


 ついそんなことを思ってしまった自分を、すぐに恥じた。

 彼女は俺のせいで疲れているはずだ。

 さっさと解放してやらないと。


 そんなことをグルグル考えたのち、とりあえず着替えだけ済ませてリビングに向かおうとしたら、なんと花江りこは、手作りの玉子サンドと一口大に切ったリンゴ、それから薬を飲むようの水をトレイに載せて戻ってきた。


「ああっ! だめだよ、新山くん。風邪は治りかけが大事なんだから。はい、お布団に戻ってください」


 優しい口調で諭され、言い返すことなんてできるわけがない。

 結局俺は、花江りこ手作りのめちゃくちゃ美味しい玉子サンドを平らげ、リンゴを頬張り、薬を飲んで、夢のように幸せな時間の延長戦を楽しませてもらったのだった。


 花江りこも俺の横に座って、サンドイッチを頬張っている。

 彼女は少し目を細めて、幸せそうに飯を食う。

 それがめちゃくちゃ可愛くて、つい何度も横目で盗み見てしまった。

 こんな俺の気持ち悪い行動に、どうか花江りこが気づいていませんように……。


 ◇◇◇


 ――食後、一息をついてから、俺は改めて彼女にお礼と謝罪の気持ちを伝えた。


「花江さん、何から何までありがとう。あと、本当にごめん……。……椅子で寝たの? 寒かったよな……。あー、ほんっと申し訳ない……」

「コートかけてたから大丈夫だよぉ。だからそんなに気にしないで。ね?」

「起こしてくれればよかったのに……」


 花江りこは俺の言葉にそっと微笑んだだけだ。


「新山くんが楽になったみたいで良かったあ。でも、体はまだ弱ってると思うから、もう少し安静にしててね」


 コートだけじゃ絶対寒かったはずなのに、彼女は恨み言ひとつ言わない。

 それどころか、俺のことばかり心配してくる。


 なんなんだよ、花江りこ……。

 どうしてこんなに優しいんだよ。


 彼女に対して申し訳ないと思う気持ちの中に、別の感情が混ざるのを感じた。

 今まで誰に対しても抱いたことのない想い。


 それは憧れの混ざった好意だった。


 胸の奥が微かに苦しくなる。


 馬鹿だな、俺。

 何考えてるんだ。

 ありえないだろ……。

 学園一の美少女に惚れたって?

 身の程知らずにも程がある。


 そうだ、まだ今なら引き返せる。

 だってきっと一瞬ときめいてしまっただけだ。

 好きになってしまったわけじゃない。

 胸の内で、そう自分に言い聞かせた。


「そろそろ雪やんだかな」


 花江りこは独り言のような声音でそう言うと、窓際に近づいていった。

 シャッと音を立てて、カーテンが開けられる。


 窓の向こうには、一面の雪景色が広がっていた。

 ここが大船だと言うことすら疑いたくなるような一面の白を前に、俺と花江りこは思わず目を合わせた。


「すごいな……」


 俺も立ち上がり、窓際までいった。


「どうしよう。これじゃあまだ電車は動いてなさそうだね……」


 俺の隣にいる花江りこは、言葉とは裏腹に瞳をキラキラと輝かせている。

 雪が嬉しいんだろう。

 彼女が見た目よりずっと感情表現豊かな子だということはもう知っているので、驚きはしなかったけど、ドキッとはなった。

 だって、はしゃいだようにキョロキョロと街並みを見回している花江りこは可愛すぎた。


「新山くん、もうちょっとここにいてもいい?」

「もちろん。花江さんが嫌じゃなきゃ、俺は全然」

「嫌なわけないよお」


 なんて返せばいいかわからず黙り込む。

 さっき彼女を意識してしまったせいで、とにかくやたらと息が詰まった。

 そのせいで、気づけば俺は無意識のうちに何度も溜息をついていた。


「……新山くん、私のこと……嫌い?」

「えっ」

「なんだか居心地が悪そう……」

「……!」


 うわっ。

 うるうるした目になってる。

 誰かに嫌われてるかもって思うとかなり堪えるもんな……。

 俺も経験があるから、どんな気持ちになるかはよく知っている。

 こんな影の薄い男が相手でもそこは関係ない。


 花江りこを泣かせるわけにはいかないので、俺は慌てて弁解した。


「そういうわけじゃなくて……。ただ、俺たち今まで接点なかったから。どう接していいのかわからないっていうか……」

「ほんと?」


 うんうんと頷くと、花江りこがホッとしたように肩の力を抜いた。

 よかった。

 誤解は解けたようだ。


「……確かに私たち同じクラスなのに、普段全然話さないもんね。新山くんは澤くんたち以外とは、あんまり関わりたくないのかなって。クラスメイトと距離をとってなかった?」

「それは花江さんもじゃない? むしろ俺より徹底してそうに見える」


 そもそも俺は自ら進んで壁を作っているわけではない。

 単に女子にとって存在感の薄い透明人間みたいな奴だってだけだ。

 透明人間のくせに時々うっかり澤の流れ弾に巻き込まれて悪目立ちしてしまい、悪態を吐かれたりはしているけど……。


 落ち込む俺の隣で、花江りこも複雑そうな顔をしている。


「徹底してる……私そんなふうに見えてた?」

「まあ、うん。いつも女の子としかいないし、男を避けてるのかと思ってた」


 俺がそういうと花江りこはちょっと気まずそうに、目線を落とした。


「本当のことを言うと男の子は少し苦手なんだ。でも新山くんとだったら話したかったよ?」


 まるで俺だけが特別みたいな言い方をされて、一瞬勘違いしそうになった。

 だけどわかっている。

 俺みたいなのが、特別扱いされるわけがない。


 多分、今のは『異性として意識していないから、同性相手と同じように接せられる』という意味だろう。

 つまり人畜無害だと判断した男に、女の子が心を開いてくれるパターンだ。


 悲しいことにそういう男は異性としてアピールすることを許されていない。

 そんなことをしたら、途端に気持ち悪がって離れていってしまうのがオチだ。


「新山くん。私ね、新山くんと話せてよかった」


 俺は花江りこの言葉にこれ以上勘違いすまいと、必死に身構えながら相槌を打った。


「あーあ。これならもっと早く勇気を出しておけばよかった。気づくのが遅すぎたけど……」

「遅すぎたって?」

「私、父親の仕事の都合で海外に引っ越すことになりそうなの」

「えっ……」


 はっきり言ってものすごくショックだった。

 花江りこが海外に引っ越し……。

 もう二度と会えなくなるのか……。


 ……いや、俺にとってはそのほうがよかったのか?

 俺が抱いてしまった絶対に報われない想いも、離れればきっと消えてなくなる。

 その方が余計な苦しみを味合わなくて済むじゃないか。うんうん。


「本当は新山くんみたいに一人で日本に残りたいんだけど、それだけは絶対にだめだって言われちゃって」

「……そっか。まあ、花江さんは女の子だから、ご両親も心配するよ」

「でも……どうしても、ここにいたい……」


 花江りこは消え入りそうな声で呟いた。

 伺うように横を向くと、視界に映ったのは俯いた横顔だけだった。

 彼女がどんな表情を浮かべているかはわからないけれど、落ち込んでいるのは伝わってきた。

 居ても立っても居られなくなった俺は、たどたどしい言葉を並べて、花江りこのことを励ましはじめた。


「一人で残るのがだめだって言われてるんだよね?」

「うん……」

「それなら親戚の家で世話になればいいんじゃない?」

「私の両親は北海道出身で、親戚はみんなそっちに住んでるの……」

「あー……。じゃ、じゃあ仲のいい友達を頼るのは?」

「皆心配してくれたけど、部屋が空いてる子はいなくて……」

「まあ、だいたいの家がそうだよね……」


 うちだって部屋が余ってるのは、親が海外にいるからだし。


「もし、花江さんが同性だったら俺が空いてる部屋を提供しても良かったんだけど」


 そんなありえないIFを持ち出してもしょうがない。

 ところが花江りこは、俺の言葉を聞いた途端、バッと顔を上げた。


「……新山くん、私と一緒に暮らすの嫌じゃないの?」

「んっ……!?」


 突然突拍子もない質問をされて、喉が詰まった。


「嫌なわけがないけど、花江さんは女の子だし……」


 俺たちが一緒に住む可能性なんて万に一つもないだろう。


 ……ていうか、そんなこと聞いてくるって、花江りこは俺と同居するのありだって思ってくれてるのか……?


 ……待て待て、馬鹿め。

 違うだろう。

 たとえ「あり」だとしても、それはどうしても日本を離れたくないから俺と暮らすのをなんとか我慢できるってだけだ。


 ……そうだとしても、毛嫌いされてないのってちょっとうれしいな。


 俺がそんなことを考えていると、不意に花江りこが体ごと俺のほうを向いて身を乗り出してきた。

 一瞬で俺たちの間にあった距離が縮まる。


 うわっ……!?


 勢いに気圧されて、体をとっさに引くと、その分さらに距離を詰められた。

 切羽詰まったような態度の彼女は、触れ合いそうなほど近づいていることに恐らく気づいていない。


「あのっ……新山くんにお願いがあります」

「な、何……」

「新山湊人くん……! わ、私を……っ、あなたのお嫁さんにしてくれませんか……?」


 ……………………え?

 オヨメサン……って。

 え……嫁……?


「………………………………えええええええええ……!?」

もし「りこすき!」「りこがんばれ!」と思ってくださいましたら、

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『★5』をつけて応援してくれるとうれしいです


感想欄は楽しい気持ちで利用してほしいので、

見る人や私が悲しくなるような書き込みはご遠慮ください( *´꒳`*)੭⁾⁾

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