七夕
新年あけましておめでとうございます。
今年もりこちゃんを(あとオマケで湊人くんを)どうぞよろしくお願いします。
昨夜は、りことの過去のことについてあれこれ考えていたせいで、ほとんど眠れなかった。
こないだの色々あった夜もそうだし、最近こんなことがちょこちょこある。
恋を知らなかった頃の俺にとっては、一晩中誰か一人を想って、眠れないなんて考えられない話だ。
しかも、眠れない夜が増えたからって、りこを好きでいるのをやめたいとは微塵も思わないのだからすごい。
自分の中にこんなに情熱的な部分があったなんて、ちょっとびっくりだ。
……とはいえ、やっぱり眠いな。
十八歳という若さのおかげか、徹夜明けでも日中の授業は何とか乗り切れた。
でも、家に帰ってきて、りこの作ってくれたおいしい晩御飯を食べた途端、ものすごい眠気が襲ってきた。
「ふわぁーあ……」
食後に用意してくれたほうじ茶で温まりながら欠伸をかみ殺していると、エプロン姿でお盆を抱えたりこが心配そうな表情を浮かべた。
「湊人くん寝不足? 教室でも眠そうにしてたよね」
「えっ? 昼間から気づいてたの?」
確かに一日中眠かったけれど、授業中に居眠りをしていたわけではない。
俺が驚いて聞き返すと、りこは嗜めるような顔で、右手を腰に当てた。
「もうっ、湊人くんってば。言葉にしなくても、奥さんは旦那さんの些細な変化に気づくものなんですよぉ」
「そ、そうなんだ……」
奥さんや旦那さんという言葉も、些細な変化に気づいてくれることもすべてが恥ずかしくてモゴモゴしてしまう。
「それはさてきおき、どうして寝不足になっちゃったの? もしかして湊人くん、何か悩み事があるのかな? 私でよかったらなんでも相談してね……! それとも睡眠障害かな……。どうしよう……! 病院行く? えっとえっと……」
心配性なりこは、喋っているうちにどんどん不安になってしまったらしい。
取り乱しながら、救急車などと言い出したので急いで止めに入る。
「りこ、そんなに心配しないで……! 昨日眠れなかっただけで、普段はまったく問題ないから!」
「ほんとに……?」
「うんうん!」
「それならいいんだけど……、もし眠れない日が続くようだったら相談してね?」
「わかった。約束するよ」
りこの目を見てしっかり頷き返す。
それで、ようやく安心してくれたらしく、いつもの笑顔を見せてくれた。
ところがその直後、りこの表情がわずかに曇った。
「あ……、でも……そっか」
「え?」
「ううん、なんでもない! 今日はお風呂に入ったら、早めに寝ないとだね!」
なんでもないわけがない。りこは今確実に、本音を飲み込んで何かを我慢した。
りこが昼間の俺の状態を見抜いていたように、俺もりこの気持ちの変化には敏感だ。
だって、さっきりこが言ってくれたとおり、こんなでも一応、りこの……だ、旦那だしな……!
「りこ、今何考えてたの?」
「え!?」
「多分なんだけど……俺が寝不足だからって理由で何かを遠慮した、よね?」
「どうしてわかったの……?」
「それはー……さっきりこが言ってくれたのと同じ理由で……ごにょごにょ」
「……!! ま、待って……!! 急にドキドキさせるのずるいよぉっ……」
二人とも真っ赤な顔になって黙り込む。
って、そうじゃなくて!
「何を遠慮したの?」
「……今日って七月七日でしょ?」
「うん」
「何の日か知ってる……?」
「七夕?」
「そう……! 彦星と織姫が一年に一度再会できるロマンチックな日だし、特別なイベントだから、私も湊人くんと星が見たいなってちょっと思っちゃって……。あっ、でも、本当にちょっと思っただけだから! 全然気にしないで……! というわけで、このお話は終わりです! さ、湊人くん、お風呂はいってきてください」
「いやいやいや、終われないよ!」
りこは気を遣って『ちょっと思っただけ』なんて言い方をしたけど、全然そうじゃないだろうことは鈍い俺でも気づけた。
そもそも女の子が七夕という行事を特別に思っていることすら知らなかったのも、俺の落ち度である。
何よりも、りこが俺と星を見たいと思ってくれていることが重要だ。
なんとしてもりこの望むとおりにしてあげたい。
眠気なんて一瞬で飛んでいった。
「よし、りこ! 星を見に行こう。時間が時間だから、山に行くのはさすがに難しいよね。近場で見晴らしのいい場所ってあるかな。ちょっと待って。ネットで調べてみるから」
「わあああ、湊人くん! だめだよ! 湊人くんは寝不足なんだから、早く寝なくちゃ。私が言ったことなんて忘れて?」
「りここそ、俺が言ったことは忘れて。俺、まったく眠くないから!」
「もう、湊人くん……!」
かわいくむくれるりこと数秒間見つめ合う。
こうなると二人ともお互いのためを想うからこそ引こうとしない。
俺が困りながら苦笑すると、りこもつられたように笑った。
「ねえ、りこ。こういうのはどう? 外に出かけるのはやめる。代わりに家のベランダから一緒に星を見よう」
「うっ……」
りこが迷うように視線を彷徨わせる。
「りーこ」
「……もうっ……。そんな優しい声で名前を呼ぶのはずるいよお……」
自分の声色なんて意識していなかったから、無意識下でりこへの想いが声に滲んでしまったのかと焦る。
でも、とにかくりこは俺の提案に対して頷いてくれた。
◇◇◇
それからりことふたりでベランダに出た。さっきまで降っていた雨は止んでいて、流れる雲の狭間では無数の星が瞬いている。
「わあ! 見て、湊人くん! ちゃんと天の川が見えるよお」
うれしそうに手を叩いてはしゃぐりこが可愛すぎて、ついつい見惚れていたら、「私じゃなくて空を見てください」と照れくさそうに言われてしまった。
「ご、ごめん……。――ほんとだ。なんだかいつもより星が見やすい気がするな。雨上がりだからかな?」
空を見上げながら隣にいるりこに問いかける。
「ふふ。もしかしたら、七夕の奇跡かも?」
ああ、もう。発想まで可愛いとかどうなってるんだ。
「湊人くん、寝不足で疲れてるのに、私に付き合ってくれてありがとう。今日一緒に星が見られてすごくうれしかった」
「お、俺も! 誘ってくれてうれしかったよ。あと、イベントごとに関して疎くてごめん。七夕って女の子にとって特別な日なんだね」
「恋愛にまつわるイベントだから、好きな女の子は多いかも。それにね、私はとくに思い入れがあったの」
「え? どうして?」
「……離れ離れになってしまった大切な人との再会を、心待ちにした気持ちがすごくよくわかるから……」
夜空から視線を落としたりこが、俺のことをじっと見つめてくる。何か言いたげな眼差しを向けられて、心臓の辺りがドクンと高鳴った。
再会という言葉を口にした直後、こんなふうに問いかけるような態度を取られたら、期待せずにはいられない。
……やっぱり、りこは幼稚園の頃の思い出の相手が俺だって気づいてる……?
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