嫁のささやかなお願いで、めちゃくちゃ幸せになれた
とある土曜日の午後。
今日はりこのお願いを叶えるため、ふたりで大船商店街に来ている。
あの日、「もし俺が『なんでもいうことを聞く』って言ったら、りこは何をして欲しいって思う?」と問いかけた俺に対して、りこがもじもじしながら告げた答え。
それは――。
「私、湊人くんと商店街デートしたいな」
「え……。商店街?」
「うん、お野菜とかお肉とかの買い出しに……!」
「あ、ああ。そんなの全然いいけど」
「ほんと……!?」
正直、肩透かしを食らった気分だった。
りこはデートって言い方をしたけど、それって単なる買い出しだよな?
「なんでもいうことを聞く」って言ったのに、まさか買い出しの付き合いを求められるなんて……。
……別に頼みたいことなかったのかな。
でもそれじゃあ、なんであんなに恥ずかしそうだったんだろう。
りこの態度については謎が残るものの、買い出しに付き合うこと自体が嫌なわけではない。
大船商店街は、駅から一本路地を入ったところにある。
今時珍しいぐらい活気があって、通りのずっと先まで人々の姿で埋め尽くされている。
ただし道を行くのは、ほぼ年配の男女だ。
若くても三十代の主婦という感じで、高校生なんて間違っても見ない。
だからこの界隈なら俺とりこが一緒にいても、同級生に目撃される可能性はゼロに等しい。
俺だって、ここに商店街があるのは昔から知っていたけれど、全然近づいたことがなかったしな。
「ここの商店街は、新鮮な野菜やお肉が買えるんだよ」
「そうなんだ」
「それに珍しいお魚も」
「え! いいね!」
そんな会話を交わしながら、並んでいる品々を眺めていく。
りこは食材を選びながら、「ポトフと肉じゃがどっちがいい?」などと尋ねてきて、俺が希望を答えるという感じだ。
たとえばこれがショッピングモールとかだったら、すごく緊張しただろうし、ろくな意見も伝えられなかったと思う。
でも、食材選びなら身構えることもない。
昔ながらの商店街に流れる、どことなく素朴な雰囲気もよかったのだろう。
俺は自分でも信じられないくらい、りことの会話に乗れたし、時には自分から「この魚どうかな?」などと意見を提示することができた。
りこは俺が選んだ食材を「わあ、いいと思う!」と絶賛してくれたので、ちょっと誇らしい気持ちにすらなれた。
時間も忘れてりことの商店街巡りを楽しんでいると、気づかないうちに彼女の手にしたエコバッグが一杯になっていた。
「りこ、それ俺が持つよ」
「ありがとう。だけど大丈夫だよ。重くないから気を使わないでね」
「でもそれじゃあ俺がついて来た意味ないし……」
「湊人くんは隣にいてくれるだけで意味があるんだよ。おかげで私すごく楽しいから」
「……っ」
……またそういうかわいいことを、サラッと言う。
俺は照れ隠しに頭を掻いて、目線を落とした。
野菜の入ったエコバッグが視界に入ってくると、どうしてもりこに持たせてるわけにはいかないという気持ちになった。
「やっぱり荷物持ちぐらいやらせて。いつもりこには世話になりっぱなしだし」
そう伝えて、リコの手からエコバッグを取り上げる。
一瞬、指と指が触れてしまい、そこから体中に熱のようなものが駆け抜けた。
……リコに触れてしまった。
わ、わざとじゃないから……!
誰に向けてるのかわからない言い訳をしながら歩き出そうとしたら――。
「待って……! それなら、こうしよ?」
「え? ……わぁ!?」
バッグを持ってるほうの俺の手に、りこが両手で触れてきた。
上擦った声を上げて固まっている間に、りこはエコバッグの片方の持ち手を俺の腕の中から盗んでいった。
「こうやって二人で持つの」
頬を少し赤くしながら、照れくさそうにりこが笑う。
「さ、行こ」
俺は顔がどんどん熱くなっていくのを感じながら、ただ頷き返すことしかできなかった。
俺たちの間には、まるで橋渡しのようにエコバッグが揺れている。
持ち手はそんなに長くないから、自然といつもより二人の距離が近づく。
「……食器洗剤のCMみたいじゃない?」
照れくささからそんな話題を振ると、隣のりこがうれしそうにニコニコと頷いた。
「幸せな仲良し夫婦って感じのCMでしょう?」
「そ、そう」
「あ! あの、えっと、へんな意味じゃなくてね?」
「……うん、わかってる」
まるで俺たちが『幸せな仲良し夫婦』だと言ってるような感じになってしまい、ふたりでますます赤面した。
りこがあのお願いをしてきたときには、なんでそんなことを? って不思議だったけど、おかげでめちゃくちゃ幸せな時間を過ごせた。
商店街デート、本当に最高でした……。
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