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【書籍化】尽くしたがりなうちの嫁についてデレてもいいか?  作者: 斧名田マニマニ
4章 「欲張りになっていくのは、いけないことですか……?」
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「私……もう気持ちを抑えない……」

「うん……。ずっと前から私の心にはその人しかいないんだ。湊人くん、覚えてる? 幼稚園のときに、一人ぼっちだった私を救ってくれた男の子のこと」


 俺は無言で頷き返した。

 りこがしてくれた話を忘れるわけがない。

 その男の子というのは、まだ俺たちが一緒に暮らしはじめる前、りこが聞かせてくれた幼少時の思い出話に登場した彼女のヒーローのことだ。


「まさかその子のことを好きなの? でも幼稚園の時の話だよね? あっ、幼馴染ってやつ?」


 そんなマンガやラノベみたいな関係性が現実に存在するのかと思いながら尋ねると、りこはふふっと笑って否定した。


「私は幼稚園を卒業するのと同時に、また父の仕事で海外に引っ越すことになったから、それきりその男の子とは会えなかったの。でもね、中学生になって日本に戻ってきた後で再会できたんだ。――彼はちっとも変わらなくて、子供の頃と同じようにすごく優しかった。少しはにかんだように笑うところを見たとき、胸がきゅんってなって……『あ、私、五歳の頃からずっとこの人のことが好きだったんだあ』って。そんなふうに自分の想いに気づいたの」

「……そ、そうだったんだ」


 ショックなのを隠すのに必死で、引きつり笑いを浮かべるのがやっとだ。

 浅ましいことに俺は、りこの好きな相手が自分だったりしないかなどと思った。でも、その希望は一瞬で潰えた。


 それに気づくのと同時に、暴力的な痛みが襲ってきた。


 なんだこれ……。

 人生で初めて味わう、衝撃的な胸の痛み。

 血の気が引いていって、地面の感覚がなくなる。


 目の前の女の子に、好きな人がいるとわかっただけで、こんなにボロボロになるなんて……。


 さすがの俺にもわかる。

 この子に向け続けてきた想い、これは紛れもなく恋だ。


 失恋の痛みでそれを自覚するっていうのが、いかにも恋愛初心者らしい。


 そこからのことは、ほとんど覚えてない。

 確か、ごにょごにょとよくわからない言葉を並べて、戸惑っているりこを残して、自分の部屋に飛びこんだのだったけれど……。


 記憶があやふやになるぐらい、本当にショックだったのだ。


 ◇◇◇


 それから数日、俺はりこの顔をまともに見れていない。

 話しかけられたら普通に会話をするけれど、前みたいにりこのほうが向けないし、そのせいで食後すぐ自室に逃げ込むことが多くなった。


 そして今晩も同じように自室で暇を潰していたのだけれど――。


「……死ぬほど退屈だな」


 前は一人の生活が普通だったのに。

 りこと過ごす楽しさをしってしまったせいで、どうしようもなく時間を持て余してしまう。


「……はぁ。コンビニでも行くか」


 独り言を呟き、立ち上がる。

 廊下に出た瞬間、見計らったかのようなタイミングで向かいの部屋の扉が開いた。


「湊人くん」


 思わずビクッとなってしまう。


 扉の隙間から顔だけを覗かせたりこは、迷うように黙り込んだ後、声を震わせながら言った。


「……私のこと避けてるよね……?」

「や! そ、そそそんなことないよ……!?」

「……うそ」


 大きな目でりこが俺を非難するように睨む。

 そんな顔も可愛いなんてずるい。

 しかもこれだけ俺を魅了するくせに、他の誰かのことを好きだなんてひどい。


 ううっ。

 む、胸が痛い……っ。

 涙目になりそう。


「……湊人くん、私――」

「ご、ごめん! ちょっとコンビニ行ってくるから……!」

「あっ……」


 ごめん、りこ。

 ……やっぱり俺まだ、平気な顔してりこと話せる状態じゃない。


 情けないことは百も承知で、俺は彼女の横をすり抜け、逃げ出した。


 ◇◇◇


 ――それからコンビニで一時間。

 俺は帰るに帰れなくて、立ち読みをして時間を潰し続けている。


 ……でも、朝までこうしてるわけにはいかないよな……。


 何度目かわからないため息をついて、雑誌を置く。

 それから必要以上に時間をかけて、とぼとぼと家に帰った。


 エレベーターの中で、また重いため息。


 ……静かに玄関の扉を開けて、りこに気づかれないように、こっそり自分の部屋に入ってしまおう。


 細心の注意を払い、音を立てずに鍵を指して、慎重に扉を開く。

 ところが――。


「りこ……!?」


 玄関には膝を抱えて座ったりこの姿があった。


「……待ってたの」

「まさか、ずっと……!?」


 りこがこくりと頷く。

 まるで飼い主の帰りを、何時間でも待ち続ける忠犬みたいな行動に俺は思いっきり動揺していた。


 そうまでして俺と話したかったってこと……?

 ……俺がりこを避けているのが、そんなに嫌だったのか……?


 ……いや、でも、そうだよな。

 一つ屋根の下で暮らしているんだ。

 その相手にわけもわからないまま避けられていたら、気を遣うに決まっている。


 俺はそんなことにも気づかず、自分が傷つきたくない一心で、身勝手な行動を取っていたのか……。

 最悪だ。

 りこに好きな人がいたって、いなくたって関係ない。

 こんなデリカシーのない人間、好きになってもらえるわけがなかった。


「ごめん……」


 いろんなことへの申し訳なさを含めてりこに謝ると、りこはゆっくり立ち上がった。

 そのまま俺の前まで近づいてくる。

 無意識にごくりと喉を鳴らす。

 りこは悲しんでいるような顔をしている。


「湊人くん、私の話聞いてくれる……?」

「う、うん」


 りこの言葉を待ちながら、ぐっと両手を握り締めた。


 何言われるんだろ……。


 正直、めちゃくちゃ怖い。

 俺のクソみたいな態度について怒られるのかも。


「……湊人くんはまだ女の子のこと苦手?」

「え」


 ……なんでりこがそのことを知ってるんだ?

 ……俺の態度に滲んでいたのかな。


 教室ではまったく女子と話せないし、プリントの受け取りだけでも挙動不審になってしまう俺だ。

 りことまともに会話できるようになったのも、最近のことだし。

 それもちょっと動揺するだけで、すぐどもってしまう有様だ。


 俺は自分の弱さを情けなく思いながら、りこに頷き返した。


「……私のことも苦手?」


 さっき以上にびっくりして、目を見開く。


 りこを苦手――?


 ……最初は、そうだった。

 はっきり言って、こんな美少女と向き合ってるだけでプレッシャーで、他のどんな女子より緊張する存在だった。


 でも、今は……。


 りこの優しさに触れて、可愛らしさを知って、憧れ、いつの間にか好きになってしまって……。

 他の誰にもできないぐらい、俺の心を傷つけてくる存在となった今は――。


「……違う」


 好きで、だからこそ怖くて、その相反する感情を含めて、誰よりも特別な女の子。

 その他大勢の女子たちと同じ「苦手」という枠に入れて置けるわけがない。


「りこは他の子とは違う……!」


 自分でもびっくりするぐらい、強い声が自分の内側から溢れ出てきた。


 それまでただ悲しげな顔をしていたりこが、口元に手の甲を当てて、くしゃりと表情を崩した。


「……それなら、私……もう気持ちを抑えない……」

「気持ちを抑えるって……?」


 りこは首を横に振ってから、ゆっくりと手を伸ばしてきた。

 わけがわからなくて棒立ちになっている俺の服の裾を、りこの手がきゅっと掴む。


「湊人くん、私がすること、嫌だと思ったら言ってね。そしたら私、もうそういうことはしない……。……何もしないでいても、今回みたいに離れそうになることがあるってわかったから……。……気持ちを伝えるのは許されないのだとしても、ただ我慢してるだけなのはやめる……」

「ま、待って。りこ。何言ってるのかわからなくて……」


 りこは一体、何の話をしてるんだ?


 今回みたいなっていうのは、俺がりこを避けて、りこに気まずい思いをさせたってことだよな。

 そこはわかる。

 でも他の部分が謎過ぎて、まるで難解な暗号を聞いているかのような気になった。


 りこはオロオロしている俺を見て、ふふっと苦笑した。


「そういうところ、ほんと湊人くんだよね……。……そこが……――きなんだけど」

「え……え……?」

「湊人くんにわかっていてほしいのは、私のすることで嫌なことがあったら教えてっていうところなのです。そこはいいですか……?」


 りこがすることで嫌なことなんてないと思うけれど……。

 真剣な顔で俺の答えを待っているので、「わかった」と返したら、りこは「絶対だよ……?」と言って、ようやくいつもの笑顔を見せてくれた。


 ……この笑顔が消えてしまったのって、俺がりこを避けたりしたせいなんだよな。


 そう思ったら、改めて自分の馬鹿さ加減が身に染みて、消えてしまいたくなった。

 もうあんなこと二度としない。

 りこへの片思いで、この先、どれだけ傷つくことがあっても――。

 りこを苦しめるものか。

 胸の内、本気でそう決意した。

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感想欄は楽しい気持ちで利用してほしいので、

見る人や私が悲しくなるような書き込みはご遠慮ください( *´꒳`*)੭⁾⁾

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