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羨ましそうな外野の視線が突き刺さる

 クラスのことをあれこれ決めるためのロングホームルームの時間は、水曜日と金曜日の六限に設けられている。

 先日の水曜日、遠足の班決めが終わり、金曜日の今日は班ごとに分かれて、遠足のコースを相談することになっていた。


 目的地は横浜。

 生徒はバスで横浜駅まで連れてかれて、そこから六時間自由行動となる。

 その間にすることを決めて、提出しろというわけだ。


 ――さて。

 一緒に班を組むことになってから、俺たち四人が一堂に会するのは今日がはじめてだ。

 机を移動させ、四人で向き合うように並べると、途端に猛烈な緊張が押し寄せてきた。

 隣に座る澤も同じ状態なのだと思う。

 ひどい顔色で、視線を泳がせている。

 ベラベラとよくしゃべるお調子者の影はどこにも見当たらない。


 そりゃあそうだよな……。

 俺たち地味男子にとって、無縁な存在の女子が二人、目の前にいるんだから。


 俺がチラッと視線を向けると、りこは少し照れくさそうに前髪を弄っている。

 はい、かわいい。

 隣の麻倉は机に両腕をついて身を乗り出し、興味津々という素振りで俺と澤を見ている。


「ねえ、ふたり緊張してない? うけるー」


 うわあ、出た。

 いかにも陽キャな女の子が言いそうな、全然笑えないポイントでの『うける』発言。

 俺と澤のこわばりがさらに増す。


 やばい。

 俺、この子怖い……。


 頭の中で『未知との遭遇』のテーマが流れはじめた。

 ……って、だめだ。

 この映画は、未知との遭遇にわくわくしちゃってる主人公向けの話じゃないか。

 同じスピルバーグなら明らかに『ジョーズ』のテーマのほうが、俺の心境を的確に表している。


 それに麻倉だけじゃなくて、正直、外野の視線も恐ろしい。


 周囲の席の男たちは、遠足の行き先を相談するどころじゃないらしく、わりとでかめの声で俺と澤に対する文句を言っている。


「なんであいつらが……意味不明だろ」

「陰キャたちにとられたかと思うとすげえむかつくんだけど」

「てかどういう流れで、あんな事故が起きたんだよ? 誰か聞いた?」


 ……。

 居心地が死ぬほど悪い……。

 今のりこの耳にも届いているだろうし……。

 こんな悪口を言われるような相手と組ませてしまったことを申し訳なく感じながら、りこのほうを見れずに縮こまっていると、麻倉があっけらかんとした声で言った。


「めっちゃやきもち焼かれてるじゃん、うけるんだけど。まあでもしょうがないじゃんね。りこが幼馴染と組みたいって言ったんだからー」


 麻倉の言った『幼馴染』という単語に反応して周囲がさらにざわつく。

 みんなが初耳だと騒いでいる。


 ああ、もう……。


 教師は話し合うようにといって教室を出て行ってしまったし、誰もこの騒ぎを止めてくれる人がいない。


 やっぱりりこと組むなんて、身の丈に合わない幸せを望んだのが悪かったのだろうか。


「――でも幼馴染くんが登場してくれてよかったよ。一、二年の遠足の時はクジで決めたんだけど、それでも納得しないやつらがいて、体育館裏で決闘になったり大変だったんだからぁ。ねー、りこ」

「そ、それは大げさだよ……」

「殴り合いのケンカになって停学処分になったヤツらいたじゃん。あれってクジで当たっちゃったのが、バスケ部のイケメンだったのも悪かったと思うんだよね。取られるかもって危機感から、強硬手段に出ちゃったんじゃないかなー。でもそれに比べて、この幼馴染君は……」


 麻倉は俺のほうを見てから、ふふっと笑い声をこぼした。


「なんか冴えないし、若干挙動不審だし、りことくっつく確率ゼロすぎて超安全パイだもん。これなら他の男子たちも別に気にならないでしょー?」

「レイちゃん、だめだよ。湊人くんのこと悪く言うのはやめて?」


決闘の話題の時は、困ったように慌てていたりこが、麻倉の腕にそっと触れてそう言った。

落ち着いた口調だけれど、多分、りこは怒っている。

麻倉もりこの気持ちに気づいたらしく、驚いたように目を丸くしてから、すぐに謝罪の言葉を口にした。


「ごめん、りこ。私考えなしだから、つい余計なこと言っちゃった。幼馴染くんもごめんね」

「いや、俺は全然……」

「でもりこがこんなふうに怒るなんて初めてだよね」

「あ……、あの、私、えっと……。変な空気にしちゃって、私こそごめんなさい……」


 それからちょっと謝り合戦になってしまった。

 麻倉はりこに言われて嫌々という感じでもなく、真面目に俺と澤に謝ってきてくれたし、きっと根は悪い子ではないのだろう。


 それに麻倉の発言によって、今まで俺に対して憎悪の眼差しを向けていた男子生徒たちが「たしかに」と呟きはじめた。


 麻倉にこき下ろされたことによって、どうやらピンチを脱出できたようだ。


 ものすごく惨めではある。

 けど、これ以上俺のせいであーだこーだ言われて、澤やりこに迷惑をかけるぐらいなら、このほうが全然よかった。


 その後は、みんなちゃんと遠足のルート決めに集中してくれ、俺たちもスムーズに話し合いを行うことができた。

 話し合いというか、麻倉が提案して、りこがにこにこと賛同し、澤と俺は黙って話を聞いているという有様だった。

 りこは俺たちに何度も「それでいいかな……?」と確認してくれて、その都度、俺と澤は大慌てで頷き返したのだった。


「――じゃあだいたいのルートはこれでオッケーかなー。確認だけど、お昼の目的地は山下公園でいいよね? 当日ってお弁当持参だから」

「あ、そっか。お弁当を広げられる場所は限られてるもんね」


 麻倉レイナの言葉にりこが頷く。


「でもなんでお昼自分で用意しなきゃいけないんだろ。うちは共働きだからお弁当作ってなんて言えないし、結局コンビニで適当に買うことになるんだよ。はぁーめんど」

「あ、お、俺も……! 俺も同じ!」


 澤が必死な様子で会話に参加する。


「ほんとー? めんどいよねー。最悪じゃない?」

「うんうん、最悪最悪」


 女子と話すということに緊張するあまり、澤はほとんどオウム返しになってしまっている。

 俺もりこと話すときこんな感じなんだろうなと、居た堪れない気持ちになった。


 でも、そうか、遠足当日は弁当持参だったっけ。

 配られたプリントに印刷された【用意するもの】の項目を見ながら考える。

 まさかりこが作ってくれた弁当を持っていくわけにはいかない。

 中身が同じ弁当を見られたら、俺たちの関係が単なる幼馴染じゃないってことをすぐに気づかれてしまう。

 今までは一緒に昼飯を食べることもなかったし、まあ大丈夫だろうと思っていたけれど、さすがに今回はまずい。

 この日は俺も以前のように、コンビニ弁当を買っていく必要があるな。

 りこの美味しい弁当に慣れてしまった舌は、コンビニ弁当をひどく味気なく感じるはずだ。


 ところがそんなことを考えていた矢先、りこがおずおずと手を挙げた。


「あ、あの……もしよかったら、私みんなの分のお弁当作ってこようか……?」

「えっ」

「うそっ、きゃー! やったー! りこ、あいしてるー!」

「……あっぐぁえ!?」


 りこの提案に俺は驚き、麻倉は大喜びで両手を上げ、澤は椅子からずり落ちた。


 りこが四人分の弁当を用意するって……。

 めちゃくちゃ大変だろ……。


 本当にいいのか? という視線を向けたら、りこは俺にだけわかるように微かに微笑んだ。


 遠足当日もりこの弁当が食べれるのはうれしいけれど……。


 そう思いながら床に座り込んでいる澤のほうを振り返ると――、うおっ、澤のやつ、うれしさのあまり半泣きになっている。


 麻倉も本気で喜んでいるし、普段りこの弁当を食べさせてもらっている俺が、そんなふたりから幸せを奪うわけにはいかない。


 ……よし、遠足当日は俺も早起きをして、できるだけりこの手伝いをしよう。

 料理はからっきし苦手だけど、りこと一緒にキッチンに立つ姿を想像すると、頬が緩んでしまう。

 って、いけない。

 りこの足手まといになったんじゃ意味がないんだから、気を引き締めておかないと……!


「何か食べたいものがあったら教えてね」

「えー、どうしよう! 迷うよおお! 待って、食べたいものリストを作ってみるから! まず唐揚げでしょー、ニンジンのグラッセでしょー」

「お、俺、卵焼きを……っ」

「あ、いいねー! 書いとく書いとく」


 澤と麻倉は真剣な顔でプリントの裏にリストを作成している。

 二人の気が逸れているのを見て、りこがそっと俺のほうに身体を寄せてきた。


「遠足の日も、湊人くんにお弁当食べてほしかったの……内緒だよ」

「……っ」


 俺は自分の顔が真っ赤になっていくのを感じながら、慌てて咳払いをした。

 本当にうちの嫁は尽くしたがりで困る……。

もし「りこすき!」「りこがんばれ!」と思ってくださいましたら、

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『★5』をつけて応援してくれるとうれしいです


感想欄は楽しい気持ちで利用してほしいので、

見る人や私が悲しくなるような書き込みはご遠慮ください( *´꒳`*)੭⁾⁾

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