調査開始と波乱の予感
……望子たちの仕合から二日後、傷は浅くとも超級魔術をその身に受けたファジーネが漸く目を覚ます。
彼女は起きてすぐに望子とローアに対し、実力を疑ってしまった事や余計な諍いを起こしてしまった事を謝罪し、望子たちはそれぞれ、『きにしないで』『あの程度どうという事もないのである』と口にして彼女の謝罪を聞き入れた事で、和解する事が出来ていた。
その一方、幼馴染としては彼女を慮りつつも、頭領としては彼女に何のけじめもつけさせない訳にはいかず、ルドはファジーネに対してしばらくの謹慎を言い渡し、彼女もそれを大人しく受け入れたのだった。
そして、その翌朝……仕合の行われた広場に集められた翼人たちと勇者一行の前に姿を見せたルドは。
「──では本日より正式に、黄色の風の調査に加わってもらう。 最早、後戻りは出来ないぞ?」
「う、うん、がんばるよ! ね、みんな!」
頭領としての一面を表に出し、脅す訳ではないが望子たちに向けて低い声音で覚悟を確かめる様な発言をした事で、望子はグッと両手を胸の前に遣ってからウルたち四人に視線を走らせ、そんな望子に対して同意する様に彼女たちもそれぞれ頷いてみせる。
「諸君らも……まぁ、先日の戦いを見て反対意見など有りはしないだろうが、構わないな?」
「「「はっ!!」」」
その後、望子たちから部下たちへと視線をスライドさせたルドが『異論はないな?』と問いかけると、彼らは一様に快い返事をしつつ、腕を掲げたり翼を広げたりして士気の充分さをアピールしていた。
「──では、これより調査を開始する。 前回と同じく単独とならぬように二人ないし三人一組で行動し、何かあればすぐに『炸裂空気』をあらかじめ決めてある回数分行使し、確実な連絡をする様に」
それを受けたルドは満足そうに頷いて、右の爪に薄緑色の球状の空気を浮かべつつ、何らかの魔術の名を口にしながら翼人たち全員に向けて伝達する。
「……うぃんぶるずって何?」
そんな中、それが魔術の名だろう事は流石に分かってはいたが、その中身までは分からないフィンは取り敢えずローアに問いかけてみる事にした。
「ふむ……掌大の空気の塊を破裂させ、軽い衝撃を発生させる風の下級魔術であるが……どうやら、その際の音を合図として用いている様であるな」
(……原始的ね。 いかにも部族ってところかしら)
ローアは顎に手を当てつつ、逆に物珍しげな表情を浮かべて流暢に語っていたのだが、その一方でハピは脳内で割と失礼な事を呟いてしまっている。
コソコソと呟き合う彼女たちをよそに、集まっていた翼人たちを見渡しつつルドは大きく息を吸って。
「では──散開!!」
「「「はっ!!」」」
非常に良く通るその声で作戦開始を叫び放つと同時に、彼らも負けじと大きな声で返事をしてリフィユ山の四方へバサッと飛び立っていった。
「……さて、貴女たちは俺やエスプロシオと行動してもらう事になるが、構わないか?」
『グルルォ!』
部下たちへの指示出しも終わり、後ろに控えていた望子たちの方へ振り返ったルドが確認すると、自身の名を呼ばれた鷲獅子のエスプロシオが、自分の存在を主張するかの様に鋭く嘶く。
「……ん? 鷲獅子も来んのか?」
「あぁ、アウラには婆様や母様とともに集落を守護してもらうが、そちらは一頭で充分だろうからな」
一緒に行動するにしてもルドまでだろう、そう考えていたウルが聞き返すと、彼はここにはいないエスプロシオの番となる雌の鷲獅子の名を挙げて答えた。
……尤も、まだ見ぬ黄色の風の原因……或いは首魁とやらでさえなければ、婆様と母様、どちらかがいれば問題ないだろうとも考えていたのだが。
「ぇへへ、よろしくね?」
『グルルォ♪』
一方、望子がエスプロシオに抱きつきながらそう言うと、彼も心底嬉しそうに優しく一鳴きしている。
「ミコ、一応そいつに乗って──あぁ、もう乗ってんのか……っておい、何でお前も乗ってんだ」
「いやぁ、中々に乗り心地が良いのでな」
そんな折、念の為に鷲獅子に乗ってろとウルが言おうとした時には、既に望子はエスプロシオの背に乗っており……更に望子の後ろではローアまでも我が物顔で寛いでいた為、ウルは眉を顰めて苦言を呈した。
「はは……それでは、向かうとしようか」
彼女たちのやりとりを見て、こんな状況でも心なしか和んでしまっていたルドは、苦笑しつつも望子たち五人を促して……いよいよ調査を開始する。
ウルは嗅覚で、ハピは視覚で、フィンは聴覚で……それぞれが得意とする感覚を活かしてしばらく山中を歩き回っていた頃、フィンが唐突に口を開き──。
「……そういえばさぁ。 みこ、昨日スピナやレラと何か話してたけど、あれ何だったの?」
「あぁ、えっとね……なんだっけ。 え、えあろ……」
ちょこんとエスプロシオに乗る望子に対し、スピナやレラに連れられて何かをしていた事を見逃していなかった為に尋ねると、『うん?』と望子は可愛らしく首をかしげてから何かを伝えようとしたが、どうやら思い出せないらしく眉根を寄せてしまう。
「──まさか、『風化』か?」
その時、ルドがそこへ割り込む様におそるおそる声をかけると、望子は弾けた様にパッと顔を上げて。
「あ! そうそうそれだよ! このはこのなかにね、こめてもらったの! すごいんだよ! かぜになってね、びゅーんってそらをとんだりもできるの!」
昨日、スピナとレラから出来る限り優しく、そして何より分かりやすく教えてもらった風の超級魔術について、大袈裟な身振り手振りで伝えようとする。
実をいえばスピナは、最初に望子に出会った時点で首に下げられた魔道具の正体を看破しており、協力してくれるのならとレラとも話し合った結果、翼人の誇る超級魔術を望子に託す事に決めていたのだった。
「うむうむ、ミコ嬢なら余裕であろうなぁ。 火化も問題なく存分に扱えるのだし」
「……そうか、そうだなぁ……はぁ」
それを後ろで見ていたローアは、まるで自分が何かを成し遂げたかの如く嬉しそうに頷き、そんな彼女とは対照的に自分の力の無さを改めて実感させられたルドは、深い深い溜息をつくしかなかった。
その後、しばらく鼻を鳴らしながら辺りを見回していたウルが、『なぁなぁ』と彼に声をかけて。
「話は変わるんだけどよ、あたしらさっきから適当に歩き回ってるだけなんだが、これで調査って言えんのか? 何かこう……ねぇのか、探すやつ」
「あぁ──これを見てくれ」
「ん? 何だこれ」
自分たちの行動に何の意味があるのかと問いかけるウルに対し『あぁ』と気を取り直して返事をしたルドは懐に手を入れてから、中に二本の細い針の様な物が浮いている……緑色の菱形の水晶を取り出した。
「『風針盤』という、魔石を風の魔術で研磨加工した魔道具だ。 周辺一帯の風の流れが記録されていて、異常な風……つまりは目当ての黄色の風が発生すれば強く輝き反応し、その方角も指し示す筈だ」
全く要領を得ないといった様子のウルが問いかけながら覗き込んだ事で、ルドは至って丁寧に解説したものの、『じゃあ何で見つからなかったの?』とのフィンの当然の疑問に対し、『完成したのは最近の事だからな』と苦笑いを浮かべて頬を掻いている。
「便利な物作ったわね。 ねぇ、望、子……?」
一方、興味深そうに覗き込んでいたハピがふいに振り返り、エスプロシオに乗る望子に声をかけようとしたその時、何故か彼女の透き通る様な声がフェードアウトし、代わりにその眼が大きく開かれてしまう。
──その、瞬間。
──パァン! パパパァン!
「っ、合図だ! 風針盤も反応を! だが……!」
他の翼人が行使したのだろう炸裂空気の音が鳴り響き、手元に目線を落としたルドが叫びつつも、何かが引っかかっている様に苦々しい表情を浮かべる。
「……何だ? 意外と早く終われそうだな。 割と気合入れて臨んだってのによ」
「まぁまぁ、取り敢えず行ってみようよ。 ほらハピ、何をさっきからボーッとして──」
一方のウルは『もっとかかると思ってたぜ』と言ってパキパキと首を鳴らし、フィンがそんな彼女を宥めつつ、後ろを向いたまま動かないハピに声をかけた。
……その時、だった。
「──望子は? 望子は、何処へ行ったの?」
「「「……?」」」
あまりにも呆然とした表情とともに、静かな声音で呟いたハピの言葉に……三人は一斉に振り返る。
……そこには。
「は……はぁっ!?」
「ぇ、み……みこ……?」
「ど、どういう事だ!?」
エスプロシオに乗っていた筈の望子と……何故かローアの姿までもが煙の如くかき消えており──。
『……グルルォ?』
『何の事だ?』と言わんばかりにきょとんとした表情で首をかしげた鷲獅子だけが……そこにいた。
「よかった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、評価やブックマークをよろしくお願いします!




