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愛され人形使い!  作者: 天眼鏡
第四章
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少女たちの共闘

 会議室はすっかりもぬけの殻となり、望子たちを含めその場にいた全員が大樹のふもとにある、歳若い翼人ウイングマンたちが訓練に利用するひらけた場所に集合していた。


「これより……ミコ、ローア組とファジーネの仕合を開始する。 勝敗の判定は俺が下す、異論は無いな?」

「うむ」

「えぇ」

「すー……はー……」


 会合には参加していなかった大小様々な翼人ウイングマンたちまでもが続々と集まってくる中で、審判を務める事となったルドが三人を交互に見遣ると、ローアとファジーネが同じ様に腕組みをして返事をする一方、望子は未だ緊張しているのか深呼吸を繰り返している。


 互いに位置についてしばらく無言で見合い、広場が他にたとえ様もない程の静寂に包まれた頃──。


「よし。 では──始め!」


 上げていた片腕を勢い良く振り下ろすと同時にルドは仕合開始の宣言をし、四人を取り囲んでいた翼人ウイングマンたちがワッと沸き立ったその瞬間。


「お手並拝見よ! 『一過断嵐ガストム』!!」


 先手必勝と言わんばかりにファジーネが両腕を前に掲げて叫ぶやいなや、彼女は翼を大きく広げて強く羽ばたき、交差する二つの風の斬撃を二人に飛ばす。


(……ふむ、この程度であれば)

「なっ……!?」


 望子は襲い来るその風にビクッとしていたが、ローアはそんな望子を庇う様に前へ出て、小さな右足のかかとで地面をトンッと叩いたかと思えば、地面から彼女の一回り以上も大きな岩石の腕が出現し、ファジーネの放った風の魔術をあっさりと握り潰してしまう。


「随分と舐められている様であるなぁ……言っておくが我輩、そちらがどう出ようと手心は加えぬぞ?」

「……口だけじゃ無いみたいね。 だったら……」


 あまりの出来事に驚愕したファジーネが思わず声を上げるも、当のローアは退屈だと言わんばかりに溜息をつき挑発するかの様に邪悪な笑みを浮かべる。


 一方、ローアの言葉にカチンときた様子のファジーネは、少しトーンの落ちた声で呟きながら再び翼を大きく広げ、そのままブワッと舞い上がった。


『……驚いた。ミコちゃんに隠れてたけど、あの子もとんでもない量の魔力を持ってるじゃないか。 おまけに色を見るに……全ての属性を操れる様だし』

「……あー……まぁ、優秀なんだよ……あいつも」


 そんな中、ウルの肩に留まって彼女たちの仕合を観戦していたスピナがクリッとした瞳を見開き、ニヤニヤと笑うローアを視界の中心に入れながら静かな声音で途方もなく大きな、そして()()()()()の魔力を見通すも、まさか上級魔族だからなと口にする訳にもいかず、ウルは何とかかんとかお茶を濁す。


(ふぅ、バレては……ねぇみてぇだな。 あぁもう、何であたしがこんな綱渡りしなきゃいけねぇんだ)


 ……無論、その脳内では『後で覚えてろよ』とローアに対して悪態をついていたのだが。


「さて、ここからはファジーネ嬢も全力で来るであろう……ミコ嬢、やれるのであるな?」

「う、うん。 がんばる」


 その後、高く飛び上がったファジーネに目を向けつつ、ローアが望子にやる気は充分かと確認すると、当の望子は薄い胸の前に掲げた両手をグッと握って、やる気どころか覚悟も充分だとアピールする。


 ひるがえってファジーネは望子たちの会話が終わるまで空中で静止しており、妙に義理堅い一面を見せてから。


「『荒れ狂う深緑の風! の者を覆い、魔のみなもととの断絶を!』──『風害結界ウィジャム』!」


 雄の個体に比べれば細身だが、それでも屈強な右腕を掲げながら詠唱し術名を叫んだ瞬間、彼女を中心に薄緑色の風が発生し、一瞬の内に望子たちはおろか観客ギャラリーをも包み込む半球状の風の結界が完成した。


風害結界ウィジャム……確か、暴風の結界を発生させ周囲の魔素の流れを乱し、術者以外の魔術の行使を大きく妨害する……干渉メドル系統の上級魔術であるな」


 そのあまりの勢いに望子は飛ばされない様にするのがやっとだったが、ローアは平然としたまま自身の脳内にある知識と照らし合わせて誰に聞かせるでもなく呟いたものの、かつての戦場で見たそれよりも随分と規模が小さい様に感じてしまっており──。


(本来はもう少し広範囲ハイレンジの魔術の筈であるが……まぁ、単純に力量不足であろうな)


 とはいえ今は戦闘の真っ最中、瞬時にそう結論づけてかぶりを振り、望子にボソッと何かを呟く。


「これで風害結界ウィジャムが消えるまでの一定時間、貴女たちは魔術を使えない……小狡いけれど、これで終わらせてあげる──『風速纏装ウィクセル』!」


 その一方、大人気おとなげない手段だと自嘲しつつも、虚仮にされたままでは終われない彼女は風を全身に纏い速度と破壊力を増す強化グロウ系統の中級魔術を行使して、望子たち二人を同時に制圧せんと滑空した。


 ──その、瞬間。


「──では、手筈通りに」

「うん……!」


 突然ローアが後ろに下がったかと思うと、未だに畏怖と緊張で震えている望子の背に隠れてしまう。


「な……!? あれだけの啖呵を切っておいて陰に隠れるっていうの!? ふざけるのも大概にしなさい!」


 それを見たファジーネは、その実直な性格ゆえか彼女の行動に強い怒りを覚え、元より望子たちに……いや、ローアに向けて鋭い爪を振りかぶりながら急降下しようとしていたものの、当のローアは望子の背後から出ようとせず、望子もその場から動く様子はない。


(……っ、仕方ないわ、まずはこの子を傷つけずに)


 ファジーネはそんな風に考え、なるべく優しく押し除ける為に片方の腕を望子に伸ばしたのだが──。


「──はっ!?」


 ……驚いてしまうのも無理はないだろう、彼女が伸ばしたその腕は、望子の身体に触れるどころか……望子の薄い胸をすり抜けてしまったのだから。


(なっ、何が起こっ──いや、まずは離れて……!)


 ファジーネは自分の視界に映る異常な光景が信じられず、本能的に翼をバサッと広げて距離をとる。


『ひえぇ……わかっててもこわいぃ……!』


 一方、変化ナイズ系統の超級魔術……火化フレアナイズを行使して燃え盛る蒼炎と化した望子は、ファジーネの腕が通り抜けた胸の辺りをさすりながら震える声で呟いていた。


「す、すり抜け……!? いや、青い、炎!? そんな、魔術は封じられている筈よ……!?」


 そんな中、随分と慌てた様子で声を上げて、自身が行使した結界が正常に作用している事を確認しようとする彼女に対してローアが真顔で声をかける。


「存じているとは思うのであるが……風害結界ウィジャムで妨害出来るのは同じ上級魔術までであるぞ?」

「そんな事は知って──ま、まさか!?」


 明らかに狼狽しているファジーネに事実を突きつけるかの如く、ローアが後ろ手に親指で吹き荒れる結界を指し示すと、何を今更と言おうとしたファジーネの頭に一つの可能性が浮かび、信じられないといった表情とともに蒼く燃える望子に鋭い視線を向けた。


 そんな彼女の表情と言動を見て、我が意を得たりとばかりに満面の笑みを浮かべたローアは。


「そのまさかである! ミコ嬢! 今こそ()()を!」

『うん! 『ちからをかして、おししょーさま!』』


 喜色のこもった声で叫び、望子越しにファジーネを指差すと同時に望子は首から下げた小さな立方体を握りしめ、ドルーカでお世話になった狐人ワーフォックスを脳裏に浮かべて力強く叫んだ瞬間、望子を中心に風害結界ウィジャムをかき消す程の超高温の風が吹き荒れた。


「お、おい! ミコ──」

「……嘘、あれって……」


 それまで大人しく観戦していたウルも、あまりの突然の事態に望子を心配する様に声を荒げたが、そんな彼女の言葉を遮って口をゆっくりと開いたハピが、翠緑の瞳を妖しく光らせながら……驚愕を露わにする。


 ……無理もないだろう、先程まで望子がいた筈の場所には、彼女たちを扱きに扱いた鬼教官であり、ドルーカの街の魔道具店の主人でもある──。


「……リエナ?」


 かつて、魔族との戦において火光かぎろいと呼ばれ、敵味方を問わず恐れられた狐人ワーフォックス、リエナと瓜二つと成り果てた望子の姿があったのだから。


「超級魔術だとでも言うの……!? こんな、小さな子が……! ……でも、ここで退く訳には──」


 ひるがえってファジーネは震えていた腕をもう片方の腕で押さえつつ、たとえ敵わないと分かっていても今更退けないと覚悟を決めて戦闘に臨もうとしたのだが。


「ミコ嬢! 先に伝えた通りに!」


『う、うん! せーの……! えーーーーい!!』


 そんな彼女を尻目にローアがすっかり姿の変わった望子に指示を飛ばし、望子が本来の可愛らしい声のまま返事をするやいなや、両手をファジーネにかざしてローアに言われた通りに蒼炎を操り、彼女に放つ。


 ……それは一月ひとつき前、望子たちが初めてリエナに出会った時に、危険因子がやってきたと判断した彼女が先手必勝だと言わんばかりに放った魔術だった。


「──!? な、きゃああああああああっ!!」

「っ、ファズ!!」


 蒼炎でかたどられた巨大な九尾の狐の口から放たれた放射状の熱線は的確にファジーネを捉え、彼女はその衝撃でいかにも雌らしい甲高い悲鳴を上げながら、途方もない程の勢いで吹き飛ばされてしまう。


 一方、ルドは幼馴染の悲痛な声を聞き、自分が審判である事も忘れて彼女の元へ駆け寄っていった。


 望子の放つ熱線が途切れて辺りが静まりかえっていたそんな時、ローアがブルブルと身体を震わせ──。


「──くふっ、くははは! 素晴らしい! 運命之箱アンルーリーダイスは魔術を込めた者の力が大きく反映される! 青い火化フレアナイズが何よりの証拠であるが……まさか口頭で伝えただけでここまで術者の力を再現可能とは! 流石はミコ嬢! 流石は召喚ゆ──ぐはぁ!」


 ……いかにも望子を観察対象として見ている研究者然とした一面を見せつつ大声で笑い飛ばし、余計な事まで口走ろうとした為か、こちらへ走ってきていたウルとフィンに思い切りグーで殴られてしまう。


「言ってる場合かてめぇ! ミコに無茶させんな!」

「ほんとだよ! 次やったら殺すからね!」

「ぐうぅ……何も本気で殴らずとも……」


 二人はそんな風に怒鳴りつけながら彼女に鋭い視線を向けた事で、ローアは突然の痛みに唸り、若干だが涙目になりつつも頭を押さえて二人を睨みつける。


 ……大して反省はしていないらしい。


「自業自得よ全く──望子、大丈夫なの?」

『え? うん、だいじょうぶだよ!』

「そ、そう……ならいいのよ」


 それを見抜いていたハピが彼女に呆れた表情を向けつつ渦中の黒髪少女に声をかけると、青く燃えるリエナの形をなしていながら少女の声音と口調で話す望子に妙なアンバランスさを感じたが、『望子が無事ならいいわよね』と取り敢えず話を終わらせたのだった。


「ファズ! 生きてるか!?」

「──ぅ、うぅ……っ」


 そんな折、うつ伏せに倒れていたファジーネに近寄り心配そうに声をかけたルドの言葉に、聞こえているのかいないのか、ファジーネは薄く反応を見せる。


 ……彼女の身体は彼が思っていたよりも、ずっとずっと……軽傷だった。


(超級魔術をその身に受けたというのに、大した怪我は見られない……加減、してくれたんだろうな)


 そんなルドの推測通り、望子は既にリエナとほぼ同じレベルで蒼炎を扱う事が出来ていた為、極限まで威力を緩めて彼女に放っていたのだった。


「……完敗だな。 ファズ──いや、ファジーネ、戦闘不能! ……勝者、ミコ、ローア組!」


 小さく苦笑した後、勢いよく立ち上がり望子たちを手で指し示して二人の勝利を宣言すると、衝撃的な光景に沈黙を貫いていた観客ギャラリーたちが一気に沸き立つ。


『やったね! ろーちゃん!』

「うむ、我々の勝利であるよ」


 二人に対する称賛やファジーネに対する慰めの言葉が飛び交う中、未だにリエナ状態の望子がローアに向けて青く燃える手を差し出した事で、ローアはそれに応える様に小さな手を合わせ……ハイタッチした。

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