宝物庫での一幕
「──……ここが、この王城の宝物庫です」
その後、カナタの案内で宝物庫の前まで連れられた亜人族たちは、そこまで謁見の間のそれと変わりない堅牢かつ絢爛な扉を見て、『ふーん』『へー』と感嘆していたのだが、そんな彼女たちに対してカナタは。
「ただ私、鍵の所在を知らなくて……すみません」
先程までの虚偽とは違い本当に、この宝物庫の扉を開ける為の鍵の在処を知らないと告げたのだが──。
「あ? あぁ、いらねぇよ鍵なんて」
「え」
てっきり、また脅されたり凄まれたりするのだろうと覚悟していた彼女にかけられたのは、『それがどうした』と言わんばかりの人狼の投げやりな声であり。
当の人狼は、どういう腹積もりなのか右腕をグルグルと回しながら扉の方へと近づき、その行為の意味を悟った──悟ってしまったカナタは彼女を制する為。
「ちょ……ちょっと待って──」
腕を伸ばし、そして声も上げたのだが時既に遅く。
「せぇ──……のっ!!」
「ひぃっ!?」
思い切り振りかぶっていたとはいえ、そこに一切の魔力を纏わせていない人狼の単なる素手の一撃によって、つい先程まで堅牢かつ絢爛だった宝物庫の扉はもう見る影もなく、けたたましい音ともに破壊された。
「おー! 凄いね! ぐっしゃぐしゃだよ!」
「へへ、だろ?」
「……ここまで派手に壊さなくてもいいのに」
あまりの破壊音にカナタが耳を塞いで蹲り、そんな彼女を尻目に人狼の功績を称賛する人魚という奇妙な光景を見ていた鳥人が冷めた瞳を湛える一方で──。
カナタはといえば、只々愕然としてしまっていた。
実を言うと、この堅牢な扉には国宝等の盗難防止として本来の鍵以外に強力な結界を張る魔術、維持結界が展開されていると聞いており、カナタもその魔術を行使出来るからこそ魔術や武技も使わず素手で破壊するなんて考えられないと自分の目を疑っていたのだ。
そんな折、満足げな顔をした人狼が近寄ってきて。
「なぁ、こん中のもんの値打ちとか分かんねぇの?」
くいっと親指で差す崩壊した扉の向こうにある数多の金銀財宝や、それらが霞む程の価値を持つ国宝級の剣、盾、杖──俗に魔道具と呼ばれる様々な武具に一体どれ程の価値がつくのかと尋ねてきたはいいが。
「ご、ごめんなさい……価値までは、ちょっと」
「……取り敢えず金になりそうなの持ってくか」
先述した様に足を踏み入れるどころか見たのも初めてである金銀財宝や魔道具の価値など、カナタに分かる筈もなく正直に頭を下げつつ答えた事で、さして興味もなさそうな人狼は宝の山へ向かい、漁り出す。
その後、がちゃがちゃと乱雑に金銀財宝や魔道具を漁っては放り漁っては放りする人狼に対し、ちょっと後ろで見ていた鳥人が心底呆れた様に溜息を溢し。
「……貴女ねぇ、ちょっとは考えなさいな。 もし傷でもついたらどうするの? 価値が落ちちゃうじゃない」
「し、仕方ねぇだろ……どれがいいとか分かんねえんだし……片っ端から探した方が良いに決まって──」
万が一にも傷がついたり変形したりしたら、きっと元の価値より下がってしまうという事を理解しているのだろう、もう少し気を遣えという彼女からの指示を受けた人狼が如何にもバツが悪そうにする一方──。
「……私が視るから良さそうなのを運んでくれる?」
「……分かるんなら最初から言やぁいいだろ」
「気づいたのは今よ。 ほら、早くしなさいな」
片方の腕で人狼を少し押し退けた鳥人は、そのまま宝の山の方へと向かいつつ首をぐりんと大きく回してから、『選ぶのは私、運ぶのは貴女』という役割分担をしようと提案し、だったら始めからそう言えと文句を溢す人狼に対し鳥人が宥める様に諭した事で──。
「……まぁ何でもいいや。 おい、お前も──あ?」
とにもかくにも作業が先だと判断したのか、ガリガリと赤毛の髪を掻きつつ、もう一人の亜人族──もとい、ぬいぐるみである人魚にも助力を要請しようと。
──して、そちらを振り返ると。
「……何やってんだ?」
「……ん? あぁ、そっちは好きにやっててよ。 ボクは見ての通り、みこ担当だからさ。 うーん、かわいい」
そこには、まだ目を覚ます様子のない望子を抱きかかえたまま、その濡羽色の長髪に顔を埋めて子供特有の甘い香りを楽しんでいる人魚がおり、それを諌めるつもりで話を振った人狼の声にも彼女は全く悪びれる事なく、ぎゅっと望子を抱きしめる手を緩めず──。
そんな一見すると幸せな光景にも思えるやりとりを見ていた人狼と鳥人は、すたすたとそちらに近寄り。
「そんな担当ねぇだろ! あったとしても、あたしに寄越せ! つーか最初っから抱いてんじゃねぇかお前!」
「概ね同意だけど……貴女、少しうるさいわ」
「そーだよ、みこが起きちゃうよ?」
「元はと言やぁお前のせいだろうがよ!」
「……それはそうね」
「えー? そーかなー」
まるで、コスプレをした三人の姉が歳の離れた愛らしい妹を取り合う様な──そんな光景が展開されており、もう三人にはカナタの存在も希薄になっていた。
──だからこそ。
(……今なら、逃げられるんじゃ)
そう考えて、ゆっくりゆっくり後退り始める。
……ハッキリ言ってしまうと、カナタはこの短時間で起きた一連の出来事に憔悴しきってしまっていた。
あの少女や亜人族たちは聖女である自分が喚び出したのだから、その責任の所在は当然──自分にある。
頭では解っているものの、もう死への覚悟など何処へやらといったぐらいに恐怖で塗り替えられていた。
その一方、亜人族たちは既に諍いを終えてそれぞれの役目を全うし始めており、そんな彼女たちに決して悟られぬ様にカナタは扉があった場所まで近づいて。
(ここを抜けられれば──魔術宮へ辿り着ければ)
この宝物庫さえ抜けてしまえば、ここからそう遠くない位置にある国に仕える王宮魔術師たちが日々修練を積む為の場所──魔術宮があり、つい先程の破壊音の存在も考えると道半ばで合流出来る可能性もある。
(……王はもう、いないけれど……きっと力に──)
彼らが仕えるべき国王──リドルスはもうこの世を去ったが、それでも誇り高き魔術師である彼らなら力になってくれる筈だと信じて音を立てずに歩き出す。
ただし、あの少女や亜人族たちが傷つく様な事は絶対に避けたいし──そうなったら止めねばならない。
亜人族たちは悪くない、あの少女も悪くない。
……悪いのは、まず間違いなく自分なのだから。
だから責任を持って私が止めなければいけない。
その為に王宮魔術師の力を──。
「──ねぇ、どこ行くの?」
「……っ!?」
その日、カナタは初めて本当の意味で腰を抜かす。
何とか口を塞ぎ悲鳴を上げる事だけは避けられたものの、がくがくと震える足はもう使い物にならない。
(なん、で……完全に、死角だったのに──)
実のところ、カナタがこっそり通っていた経路には人狼が投げ散らかした大小様々な金銀財宝や、それらを収納する為の箱や棚があり、さほど大きくもないカナタの身体は充分に、その姿を隠せていたのである。
……だが、どういう訳か見つかってしまった。
よりにもよって、カナタが最も恐怖を抱く──。
「駄目じゃん、勝手に逃げちゃ──ね?」
どこか邪悪な笑みを浮かべた──人魚に。
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