翼人の頭領一家
鷲獅子に乗った一行は、大翼を惜しげもなく広げて高速で飛び上がった彼らによって一気に大樹の天辺付近まで運ばれ、望子などはあまりの風の強さに『わぷっ』と目と口を閉じてしまう。
……しばらくして風が止んだ事に気がつくと、そこにはこれまで見てきた家屋よりも、多少豪華な造りでありつつも同じ様な木製の家が建てられていた。
『さぁ、到着だよ。 ここがあたしたちの家さね──レラ! レラいるかい!』
「──はーい、どうしたのー?」
一旦、鷲獅子たちの巣に繋がっているらしい自然由来の回廊に着地し、『ありがとうね』と一時の別れを告げた後、スピナやルドの住む家の前に着くやいなやハピの肩に留まったままのスピナが扉も開けずによく通る声を上げると、扉の向こうからふんわりとした女声が返ってきたが……姿は見せず、扉も開かない。
『客人を連れて来たんだ、顔を出しな!』
「お客さん? ちょ、ちょっと待っててもらえる?」
その後、スピナが扉の向こうの何某かにもう一度声をかけると、おそらく部屋を片しているのだろう、バタバタという音とともに、レラと呼ばれた女性が先程より明らかに慌てた様子で返事をする。
「……誰だ?」
「俺の母親で……先代頭領だ」
「……あら? 先代も先々代も女性なのに、今代の頭領は男性の貴方なの?」
そのやりとりを聞いていたウルが首をかしげて何気なくルドに尋ねると、彼は若干言いにくそうに答えたのだが、そんな彼の言葉にふと疑問を抱いたハピが一回り背の高いルドを軽く見上げて問いかけた。
「あ、あぁ……翼人はその特性上、雌の方が多量の、かつ質の良い魔力を持って産まれる事が多いんだ。純血、混血に関係なくな。 だから基本的にはどの集落でも雌が纏め役となる事が殆どなんだが」
「じゃあ何で? 何か理由があるの?」
するとルドは爪でガリガリと頬に当たる部分の羽毛を掻きながら、なるだけ彼女に分かりやすい様に語るも、その後ろで望子を抱えていたフィンがヒョコッと彼の顔を覗き込みながら、何の気なしにきょとんとした表情でおそらく彼が言いづらいだろう事を尋ねる。
「……俺たちの集落に世襲だとかそういう制度がある訳じゃないんだが……婆様も母様もすこぶる優秀だったお陰で、集落の者たちはその孫であり、息子である俺をやたらと推してきてな……」
それを受けたルドは、ハピに問われた時とは違って露骨なまでに冷静な様子でブツブツと呟いており、自分としては乗り気ではなかったんだとでも言わんばかりに深く深く溜息をついてみせたのだが。
「……成る程。 そうやって散々持ち上げられて舞い上がったお主は、先程の如く尊大な態度をとる様になってしまった……という事であろうか?」
「ぐ、ま、まぁそうなるが……ハッキリ言い過ぎだ」
一方、それを聞いていたローアが無慈悲にも彼に事実を突きつけると、ルドは言葉に詰まって苦言を呈そうとしたものの、祖母の手前、声を荒げる訳にもいかず拗ねた様子で何とか反論する。
「──ごめんなさいね、遅くなっちゃって。 もう母さん、お客さん連れて来るなら先に言っておいてよ」
そんな折、漸く扉が開いたかと思うと、どちらかといえば凛々しい類の顔立ちだったアレッタとは対照的に、穏やかな表情の純血の翼人が顔を出した。
『あたしもさっき出会ったばかりだからねぇ。 とにかくもてなしの準備をしな、ほらルド、あんたも』
「……あぁ。 母様、俺に手伝える事はあるか?」
するとスピナが未だにハピの肩に乗ったまま、会ったのはつい先程だと伝えてから、後ろの方に立っていた孫に母親を手伝えと命じると、彼はスピナの指示に思った以上に素直に従い、一歩前に出て母親にもてなしの手伝いを申し出たはいいのだが。
「……あら? 随分と殊勝だこと。 いつもの見栄っ張りなあんたなら、『何で頭領たる俺がそんな雑用を』くらい言うのにね。 何かあったのかしら?」
「う、うるさいな……考えを改めたんだよ」
誰よりもルドの事を良く知っている彼女はきょとんとした表情で、自尊心の塊だった筈の息子に聞き返すが、彼はハピを始めとした望子たち一行にチラッと視線を向けた後、照れ臭そうに小さく呟いた。
「そう? それじゃあ……下の畑から充分に実った野菜と、生簀からは魚を数匹見繕って来て頂戴ね」
「分かった。 ではまた後でな」
「えぇ、よろしくね」
そんな息子の様子に違和感を覚えたものの、まぁいいかと考えつつ樹下にある畑に目を向けると、ルドはしっかりと頷いてから彼女たちに軽く声をかけつつ降下し、ハピは彼に向けて軽く手を振って見送る。
「──さて、自己紹介しなきゃね。 ある程度は聞いてるかもしれないけど、私はレラ=ガルダ。 こう見えても先代頭領で、あの子……ルドの母親よ」
彼の姿が全員の視界から消えた頃、扉の前に立つ彼女はぺこりと軽く会釈をしつつ『よろしくね』と口にして、そんな彼女に同調する様に望子たちもそれぞれ簡単に名乗り、自己紹介を済ませた。
「人族二人に亜人族が三人、変わった組み合わせね。 まぁその辺りはあの人が帰って来てからにしようかしら。 さぁ上がって上がって」
「おじゃましまーす……」
望子たちの顔を一通り見て名前と一致させていたレラが、家の中へ手を向けつつ歓迎すると、望子はやはり人の家だからと緊張していたのか、少しばかり控えめに挨拶して中へ入っていく。
「あら、綺麗なお家ね。 住み心地良さそう」
「ふふ、ありがとう。 まだ旦那が戻ってくるまでは時間があるし、ゆっくり寛いでていいからね」
その家の中はというと、およそ一般的な鳥の巣とはかけ離れた文明的な……そして、清潔感のある木製の広々とした空間で、彼女たちの住処に好感を持ったハピが部屋を見回しながら感嘆の声を漏らすと、レラは嬉しそうに微笑んでから、おそらく台所の様な場所があるのだろう部屋の方へと向かおうとした。
……その時。
「あ、あの……」
「あら、何かしら? ミコちゃん、だったわよね」
いつの間にか彼女に近づいていた望子が控えめに声を出してレラを引き留めた事で、彼女はクルッと振り返って望子の名を呼び、何事かと聞き返す。
「えっと……おりょうり、てつだいたくて……」
「貴女はお客さんだし、ゆっくりしてていいのよ?」
すると望子は両手の人差し指をいじいじとしながら調理の手伝いを申し出たのだが、当のレラは望子に視線を合わせる為にしゃがんで、明らかに十歳にも満たないだろう少女の提案をやんわり断ろうとした。
「うぅん。 わたし、いろんなおりょうりおぼえたいの。 だから、てつだわせてほしいなって……だめ?」
……とはいえ、一党の料理番である望子もレパートリーを増やす為にここで退く訳にはいかず、上目遣いで『おねがいしますっ』と呟くと──。
「あらあら……偉いわねぇ。 分かったわ、それじゃあ手伝ってくれる? ついでに色々教えてあげるわ」
「……うん! ありがとう!」
望子のいじらしさ、もしくは愛らしさに負けたのかレラは望子の頭を優しく撫でて、その手伝いを受け入れてその小さな手を引いて台所へ向かっていった。
その後、食材を調達し終えて戻って来たルドも交えて、しばらくレラと望子を除く六人で居間に当たる部屋で机を囲み、談笑していたのだが。
「ただいま。 集落に客が来ているらしいけど──ん? 君たちがそうなのかな?」
突然ノックもなしに扉が開いたかと思えば、その向こうからルドより背が高く……それでいて雌の個体かとばかりの細身の翼人が姿を見せた。
「あぁ。悪ぃな、邪魔してるぜ」
匂いで誰かが来ていたのは分かっていたし、それがおそらくルドの父親なのだろう事も理解していたウルは、片手を軽く振りながら簡素に挨拶をする。
「構わないよ。 何せお客さんなんて随分と久しぶりだからね。 僕はルイーロ=ガルダ。 よろしくね」
「えぇよろしく」
翻って、扉をゆっくりと閉めた彼は柔和な笑みを湛えながら、いかにもという様な優しい声音と口調でそう言って握手をする為に手を差し伸べると、扉の近くに座っていたハピが最初にその手を取り、ウル、フィン、ローアと順に握手しつつ自己紹介を行った。
(……キミのお父さんだって言うからもうちょっとこう……ゴツい感じかと思ってたよ)
(親父は純血の翼人としては珍しく魔力に特化しているからな。 俺も随分と苦戦したもんだ……まぁ、それでも母様の方が強いんだが)
(ふぅん、そうなんだ)
そんな折、フィンはふと気になって目の前の優男について息子のルドに尋ねると、彼は自分の父親の特性を語りつつ、頭領襲名の際の試練や、祖母と並んで怪物の様に強い母親の姿を脳裏に浮かべていたが、当のフィンはいつも通り興味無さそうに返している。
「あら、お帰りなさい。 今日はちょっと豪華よ。 この子……ミコちゃんも手伝ってくれたから、ね?」
「うん! おかわりもあるから、いっぱいたべてね!」
その時、調理を終えたレラが戻り、旦那であるルイーロに声をかけつつも望子にウインクしながら話を振る一方、望子は何やら収穫でもあったのか、いつも以上にニコニコしながら料理を並べていった。
……今晩のメニューは魚が中心。
望子が持っていた食材や調味料、そして調節自在の狐人の蒼炎を使った白身魚の香草焼きと、すり身団子のスープが食卓を鮮やかに彩る。
望子たち五人はいつもの様に手を合わせ──。
「「「「「いただきます!」」」」」
『「「「……?」」」』
翼人の頭領一家は、そんな奇妙な行動をとる彼女たちを心底不思議そうに見ていたのだった。
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