爽やかな朝に舞い降りた厄介事
──朝。
淡い木漏れ日が差し、小鳥の囀りさえ聞こえてきてもおかしくない様な爽やかな朝。
しかし、昨日の死奴隷鳥の襲撃及びウルの王吠により、木々は荒れ獣は逃げ出し、望子たちの寝息と、風で揺れる枝葉の音以外は全く聞こえてこない。
「──ん、くうぅ……ふあぁ」
瞬間、布の一つがゆっくりと起き上がり、ぐーっと背伸びをした空色の寝間着姿の望子が欠伸をする。
「お、起きたかミコ」
すると、見張りと火の番を兼任していたウルが落ちていた木の棒で薪をつつきながら望子に目を向けた。
「ぁ、おおかみさん……おはよ……」
彼女の声に反応したウルの近くまでのそのそと這い寄った望子は、眠い目をこすり朝の挨拶をする。
「おう、おはよう。 早起きで偉い──な……」
一方、ウルもニカッと笑って挨拶を返そうとしたのだが……そう言おうとした瞬間、彼女の引き締まったお腹から、ぐ〜っと間の抜けた音が鳴ってしまう。
「……」
「えっ、と……ほら、かおあらったらあさごはんつくるから……ちょっとまってて、ね?」
「お、おぅ……あたしも、手伝おうか?」
望子は一瞬どう対応すべきか迷ったが、聞かなかった事にするのは無理かなと幼いなりに判断し、苦笑しながら柔らかな口調とともに声をかける一方、あまりの気恥ずかしさから思わず赤面してしまうウルだったが、何とか持ち直して手伝いを申し出た。
「うぅん、だいじょうぶ。 みはり、してくれてたんでしょ? ゆっくりしてていいよ」
「そ、そうか。 分かった」
しかし、当の望子はふるふると首を横に振って、ありがとうねとその申し出をやんわり拒否する。
……嬉しくない訳ではないのだが、料理だの洗濯だのがウルの得意とするところではないという事は、望子でさえ充分に理解出来ていたからだ。
あんまりしつこいのもなと考えたウルは割とあっさり引き下がり、大人しくしている事を選択した。
(くそぅ、何であんなタイミングで……この腹はよぉ)
しばらくウルが恨めしそうに自分の引き締まった腹を軽く殴りつけていると、浅ましくも望子の横を占領していた二つの布がもぞもぞと動き出す。
「ん、いい匂いするぅ……」
「もう朝であるか──っ、我輩、朝日は苦手で……」
互いに殆ど目も開いてない様な状態で、かたやフィンは望子が作っている料理の香りに反応し、かたやローアはまるで吸血鬼の様な呟きとともに起床した。
「ミコはもう起きてんぞ。 とっとと顔洗えよ」
「「んー……」」
そんな二人に対してウルが、先日からフィンが水を貯めていた桶を指差すと、彼女たちはふらふらと起き上がり、アンデットにもさも似たりという様な緩慢とした動きで桶の方へ向かっていく。
「何か似てんなあいつら──っと」
妙にシンクロしている二人を見送ったウルは、そういえば、ともう一人の仲間が起きていない事に気がついてそちらへ顔を向けたのだが──。
「すぅ……くぅ……」
(……見張りの順番あたしの一つ前だったしな、朝飯が出来るまで寝かしとくか)
当のハピは気持ち良さそうに寝息を立てて、その美麗な寝顔を惜しげもなく晒しており、そんな彼女を見たウルはガリガリと頭を掻いて視線を逸らす。
その後、未だ夢の中のハピと元々起きていたウル以外の三人が、すっかり着替えも済ませた頃。
「みんな、ごはんできたよー」
「ふぁーい……」
「ミコ嬢手製の朝食、楽しみであるなぁ……」
早朝だという事もあって若干の肌寒さを感じていた望子が焚火の前で暖まりながら、用意した食器に料理をよそいつつ全員に声をかけると、未だに眠たげなフィンとローアが望子の両隣に腰を下ろした。
「ほらハピ、ミコが呼んでるぞ。 そろそろ起きろ」
「ん、んん……? あぁ、おはよう、ウル……」
一方で、頃合いかとウルがぐっすり眠るハピを揺すると、比較的朝には弱い彼女ではあったが、それでも今朝の寝覚めは良かった様で、特に機嫌が悪いという事もなく手で口元を隠しながら欠伸する。
「おうおはよう。 ほら、目覚ましに顔洗って来い」
「えぇ、そうさせてもらうわね……」
軽く挨拶を返したウルの提案を受け、ハピはふらふらと桶の方へ向かいつつ、それでも望子とはハッキリとした朝の挨拶を交わしていた。
……今朝のご飯は簡単で美味しいサンドイッチと、乾燥豆と干し肉のスープ。
「それじゃあ、いただきます」
「「「「いただきます」」」」
彼女たちのその行為を、異世界の通例なのであろうなと大方理解していたローアは、望子の号令で手を合わせ口を揃えて食前の挨拶をする。
「……今日中に山頂まで行きたいわね」
「むぐ──ん、そうだな。 あんまり長居してるとまた面倒なやつらが出てきそうだし」
しばらくの間、焚火を囲んで和気藹々と食事を続けていた時、取り敢えずと前置きしたハピが暖かいスープを飲んで息を吐きつつ山頂へ目を向けると、ウルは口一杯に頬張っていたサンドイッチをしっかり味わってから飲み込み、頷きながら彼女に賛同した。
「早く海行きたいしね! 山の天辺から見えたりしないかなぁ──っ?」
一方、フィンもウルと同じく肯定的な意見を述べつつ、あからさまに自分の願望を口にしてウキウキしていたが、彼女の頭の横の鰭がピクッと跳ねた瞬間、その口を閉じてきょろきょろと辺りを見回し始める。
「どうしたの? またなにかきこえるの?」
「んーとねぇ……鳥の羽音? が、バサバサって」
それに気がついた望子が可愛らしく小首をかしげて尋ねると、フィンは珍しく望子の方へと顔を向けぬまま何か思案する様に唇に人差し指を当てていた。
「げ、またかよ……つっても血の臭いしねぇぞ?」
それを聞いたウルは、先日に遭遇した血走った目をした禿鷹たちを思い返して心底嫌そうな顔をしながらも、鼻をすんすんと鳴らしていたのだが。
「え、あ……?」
「どうしたミコ──あ? 何だありゃ」
その時、何故か空を指差して口をポカンと開けている望子に疑問を抱いて問いかけようとしたウルが同じく空を見上げると、彼女の視界に槍の様な武器を持った何かが二体、空を飛んでいるのが映る。
「鳥……? いや人……? あ、鳥人?」
二人に釣られたフィンも空を見上げて、腕や脚を除けば殆ど人族と変わらないハピとは異なり、しっかりした四肢がある事以外はほぼほぼ鳥であるそれらを見遣りつつも、他に心当たりもない為にハピが属する種族の名を呟いて首をかしげていたのだが。
「これはまた珍しい。 『純血』であるか。 百年前の戦以来、個体数を随分と減らしている筈であろうに」
その一方で、先の三人とは違い既にその正体を理解していたローアは、混血よりも統率力で勝るばかりに魔族との戦に赴く事の多かったそれらを、研究者モードで興味深そうに顎に手を当てながら見つめている。
是非に解剖を、とでも考えているのかもしれない。
「話には聞いてたけど……何気に初見ね」
更に、翠緑の瞳を妖しく光らせ、ローアと同じく種族名すら見通していたハピが、王都で出会った龍人から聞いていた亜人族の分類を思い返し、ここまで混血ばかりだったしと付け加えてボソッと呟いた。
その時、上空を飛んでいた二体の鳥顔の亜人族が勢いよく降り立ってしまったが為に。
(あっ……)
……その際の風圧で焚火が消えてしまった事に、望子がこっそりショックを受ける一方。
「──人狼、先日の轟音は貴様のものだったな」
そんな望子をよそに、おそらく雌なのだろう片方の亜人族が、もう片方と比べ若干ではあるが華奢な身体から発せられたハスキーな女声でそう告げたかと思うと、持っていた鋭利な槍の先をウルに向ける。
「轟音? あー……だったら何だよ。 まるであの場にいましたみてぇな言い方すんじゃねぇか」
「あぁそうだ! 我々二人は巡回中、偶然耳にしてしまったのだ! あの様な力持つ咆哮、敵意を感じるなという方が無理があるだろう! 正直に答えろ、お前たちは我々『翼人』を敵に回すつもりか!?」
しかしウルは特に焦る事もなく、ガリガリと頭を掻きながら不遜な口調でそう言ったものの、おそらく雄であろう個体がクワッと目を見開き自分たちの種族名を口にして、ウルが死奴隷鳥を追い払ったあの場にいたのだという事を肯定しつつ、同じ様に槍を向けた。
(あぁ、昨日の音は──って翼人? 鳥人と違うの?)
そんな中、昨日聞こえた羽音の正体が判明した事ですっきりしていたフィンが、ふと二つの種族の違いが気になってローアにこそっと問いかける。
(最大の違いは翼の位置であるな。 鳥人は腕、翼人は背中に生えているのが特徴であるよ)
そう口にしたローアの言葉通り、目の前の二体の背中からは……身につけた民族衣装の様な服では隠しきれない程の薄黄緑色の一対の大翼が生えていた。
……無知な人族などが目の前の彼らを見れば、純血の鳥人なのではと間違えてもおかしくない程には珍しい種族であるとローアは付け加える。
「あたしは……鳥を追い払おうとしただけで──」
見てたんなら分かるだろとウルは弁明しようとしたのだが、『鳥』という単語が彼女の口から出た途端に雄の個体がその鷹の様な鋭い目をカッと見開き。
「──何だと!? 言うに事欠いて我らを鳥畜生呼ばわりするとは……何たる侮辱か!」
「は? いやいや鳥違いだっての。 いいから話を」
半ば錯乱しているといっても決して過言ではないその翼人の勢いに若干押されつつも、ウルはヒラヒラと片手を振って話を続けようとする。
「──まぁいい、少しばかり大人しくしていろ。 まもなく我らの頭領が到着なされる。 貴様らの処遇は……全てあの方の裁量次第だ」
「頭領……? いや待て待て、何だよ処遇って」
だが、二人の会話に割って入る様に雌の翼人が溜息をつき雄の個体を腕で制して空を見上げながらそう告げると、聞き捨てならないといった様子のウルが問いかけたが、雌の翼人は今にもここへ来る頭領とやらを待ちわびるかの様に黙って空を見つめていた。
その時、目の前の二体より上背の大きな、それでいて優雅な羽音を立てる端正な顔立ちをした純血の翼人の姿が望子たち五人の視界に映る。
「──頭領、この者たちが件の一党です。 貴方様の判断を仰ぎたく思うのですが……」
おそらく雄の頭領がふわっと地面に降り立つと、二体の翼人は同時に跪き、顔を頭領へと向けた雌の個体がそう言って、望子たちへの処遇の如何を委ねた。
「──取り敢えず自己紹介をさせてくれ。 俺の名はルド=ガルダ。 誇り高き翼人の……頭、領……」
頭領と呼ばれたその翼人は自身の立派な冠羽を弄りつつ、そうだなと返事をしたかと思うと恭しく一礼し、割ときっちりした口調で自己紹介をしたのだが、不意に顔を上げ望子たちを見た途端、彼の声が段々とフェードアウトしてしまっただけでなく、何故か彼女たちの方へ緩慢な動きで歩みを進め始める。
「……と、頭領? どうされました?」
先程まで冷静な態度を貫いていた雌の翼人は、どうやら彼女にとっても頭領の様子は異常に思えたらしく、突然の事態に困惑してしまっていた。
(……おいおい、何か近寄って来てんぞ)
(もしかして……勇者の事がバレたのかな)
(えっ、ど、どうしよう)
一方、次第にこちらの方へと歩み寄ってくる頭領の姿に、ウルとフィンはボソボソと抑え気味な会話を繰り広げ、それを聞いた望子は思わずあたふたする。
(そのときは我輩が何とかしてみせよう、記憶を弄るのは得意中の得意である)
(う、うん?)
そんな望子を安心させる為なのか、右手をわきわきさせながらローアが昏い笑みでそう言ったが、それいいのかなと望子は余計に混乱してしまっていた。
そんな折、ルドと名乗った翼人は望子たちの近くでその足を止めて片膝をつき──。
「──これは、運命だ。 麗しき鳥人」
ウルたちの予想に反して彼が声をかけその手を取ったのは、勇者では無く……その隣に立つ鳥人だった。
「……は? わ、私?」
いきなり話を振られただけでなく無遠慮に手まで握られ困惑の極みに陥るハピを見据え、二度ほど深呼吸をしたルドは、カッとその目を見開いて。
「──俺と……番になってくれ!」
「つ──はぁっ!?」
至って真剣にそう告げた彼に対し、普段の彼女にはあまり見られない驚愕の色に染まった表情でそんな大声を上げるハピだったが──。
……それも無理はないだろう、何せ若き翼人の頭領の口から飛び出したのは。
──突然の、求婚だったのだから。
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