魔族と邪神の因縁
「邪神……神様かよ。 そんなん敵に回してまで、お前ら世界征服したいのか?」
ローアの口から出た発言に、しばらくの間言葉を失っていた二人だったが、気を取り直して溜息をついてから呆れた様子でウルが強めの語気で問いかける。
「魔王様は非常に我儘──あぁいや、欲望に正直であられるからな。 一度決めた事は絶対に曲げぬのである。 世界の掌握も……そして、小さな勇者の独占も」
「「……」」
するとローアは、望子に対しても魔王に対しても何のフォローにもなっていない言い回しをして、未だ狐と戯れる望子へ視線を向けたが、そんな彼女の言葉に二人は再びその口を閉じてしまう。
……先程の様に驚愕からのものではなく、ローアに対する警戒心からの沈黙だったのだが。
「……話を戻すが、彼奴らは先程言った様に慎重なうえ、扱う魔術はあまねく上級。 個体数が少ないのが唯一の救いでな。 量より質という事なのであろうが」
一方のローアは『おっと』と失言をした自らの口を大袈裟に隠す様に手で覆い、わざとらしく咳払いした後、彼女が知る邪神の性質を二人に解説する。
無論、扱う力が上級ばかりというのはローアとて同じではあり、かつて遭遇した際には周囲の環境を変えてしまう程の魔力の奔流が巻き起こったらしいが。
「……具体的な数は? 十や二十って事ぁねぇだろ?」
その時、未だ完全に気を許している訳ではないウルが、少し前に戦った魔族の軍勢を思い返し、百かそこらはいるんだろうなと考えて静かな声音で尋ねた。
それを受けたローアは、ふむと唸って目を閉じて昔を懐かしむかの様な口調で語り出す。
この世界における邪神は、百かそこらはいるかもなと考えていたウルの予想に反して、元より僅か四柱しかいなかったらしく……今から千五百年程も前、土を司る邪神ナイラが当時の魔族領に姿を現し、その権能を持って魔王コアノルの姿と力を写し取って、自分たちの敵となり得る全ての魔族を討ち滅ぼさんとした。
数で勝っていた魔族たちはコアノルの指揮の元、文字通り千日千夜の激闘を繰り広げたそうなのだが。
「──最期には、魔王様が彼奴に引導を渡し消滅させた。 ゆえに残りは、火、風、水を司る三柱である」
「さん──三!? 少ねっ!」
ローアは邪神との長期に渡る戦闘を振り返りながら長々と語り、右の指を三本立てて数を示し、それを聞いたウルは拍子抜けしたという様に叫んでみせた。
「……魔族が一柱倒す前でもたった四柱? それでよく世界の掌握なんて……」
一方、そんなウルに同意する様にハピが、理解出来ないわと首を振っていると、ローアはさも嘲るかの如き笑みを湛えて肩を竦め──。
「──言ったであろう? 量より質であると。 現に彼奴らに対して我輩たちが優勢に立ったのは後にも先にもその時だけであるからな……口惜しいが、未だ我輩たちは誰一人、魔王様の足元にも及ばんのである」
「……あぁそうかよ」
するとローアは不甲斐なさから息を吐き、魔王への敬意を払いつつも、忸怩たる想いだと歯噛みしていたが、ウルは魔族の気持ちなど共有しようもないという風に極めてぞんざいな返しをしてみせた。
(上級魔族が足元にもって……どれだけ強いのよ。 魔王も……邪神とかいうのも)
それを聞いていたハピは少しだけ俯き何かを思案する様に顎に手を当て、脳内で呟き終わると同時に呆けた様な遠い目を山の奥へと向けたのだが。
「……?」
……そんな彼女の翠緑の瞳に、忙しなく木々の間を飛び交い空へと舞っていく何かが映る。
(今のは……鳥よね? 目が合ったけど……)
あまりに一瞬の事で名前を見通す暇さえも無かったのだが、それでも彼女の超人的な視力は異常な程に赤黒く染まった鳥の目を視界に映しており、それが脳裏にこびりついたのか軽く怖気を覚えてしまう。
「……と、まぁここまで大仰に語ったが、我輩たちが再び地上に現れてから百年、彼奴らとは一度たりとも事を構えてはおらぬのである。 彼奴らとしても、魔王様との会敵だけは避けたいのであろうな」
「藪蛇ってこったな」
人知れずブルッと身体を震わせるハピをよそに、息をついて腕組みをしつつ自身の豊富な経験を元に推測するローアに、ウルは諺の略語を用いて頷いた。
一方、ローアは藪蛇という単語に一瞬首をかしげたものの、異世界の言い回しかと得心して。
「この旅において邪神との遭遇など起こり得ないとは思うのであるが……こちらにミコ嬢がいる以上、絶対とは言えぬゆえ忠告させてもらった次第である」
「成る程ね……ま、肝に命じとくぜ」
右の人差し指をぴんと立てて話を締めくくると、望子が懐いているとはいえ魔族の言う事だしなと考えたウルは、彼女の話を頭の片隅に置く事にした。
「──ねぇねぇ、さっきからなにはなしてるの?」「あー……まぁ、ちょっとな。 野営する時にでもあたしが分かりやす──く?」
その時、先程まで狐と遊んでいた望子が満足したのか狐とお別れし、ウルたちに合流して声をかける一方で、ウルはどう説明すべきかと悩んだ末に、取り敢えず後回しにして進む事を選択したのだが。
「? どうしたの? おおかみさん」
何故かウルの言葉が途切れた事を不思議に思った望子が、可愛らしく首をかしげて尋ねかける。
「ん、いや……何か、さっきも嗅いだ様な臭いが……気のせいか……?」
「え、またさっきのりす? もうこわいのわかったから、ちかよったりしないけど……」
すると、ウルは鼻をすんすんと鳴らして記憶に新しいその臭いの正体を思い出そうとしたものの、望子が先程の頭喰栗鼠のクリッとした瞳と赤黒い爪を思い返し、少し身体を震わせつつもそう口にした。
「先の二匹を番と捉えるのであれば、近くに子や兄弟がいても何らおかしくはないであろうな。 面倒ごとになる前に離れてしまうのが良いと思うが、如何に?」
「う、うん、そうだね。 みんな、いこう?」
「……ん、あぁ」
望子の震えた声の呟きに、ローアが来た道を……先程の栗鼠たちがいるだろう場所を振り返って顎に手を当てながら提案すると、望子は拙い口調で亜人たちに声をかけ、何の臭いかは分かっていても、何がその臭いを放っているのかは分からないウルは納得がいかないといった様な表情のまま望子の言葉を受け入れる。
望子を先頭に彼女たちが再び山を登り始めたその一方で、フィンだけはしばらくその場に留まっており。
「ん〜……ん〜……?」
ふわふわと浮かびながら、何かが気になるといった様に唇に人差し指を当てながら首をかしげていた。
(……なんだろ、さっきから……人の声っぽいけど、そうじゃない様な……うーん)
そんな事を脳内で呟き首をかしげる彼女の耳に届いていたのは……高いとも低いとも言えず、人の声にもそうでないものにも聞こえる何かの音。
──すれい おあ すれいぶ。
──スレイ オア スレイブ。
──隷属か、死か。
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