海に行くため山に行く
ここから四章です!
ドルーカの街にて触媒の作成、領主の指名依頼、その為の修行、新たな一党メンバーの加入……などなどをこなした召喚勇者の望子と三人の亜人。
依頼の最中に出会った上級魔族のローガン……もといローアも含めて一月程滞在したドルーカを離れ、次の目的地である港町ショストを目指す為、ドルーカの西に位置する大きな山を登ろうとしていた。
「これを越えるのよね……リフィユ山だったかしら」
「そこそこ高ぇなぁ……あぁそうだ、この前の洞穴みてぇなでけぇ穴掘っちゃ駄目なのか」
目の前にそびえる山の名を口にして、『魔獣なんかもいるんでしょうね』と呟いた鳥人のハピの言葉に、人狼のウルは右の爪に赤い魔力を集めつつ依頼で訪れた洞穴を思い浮かべて脳筋めいた返しをする。
「貴女が一人で行くならそれでもいいわよ? どう考えても落盤するでしょうし」
「……冗談だよ」
しかし、ハピが至ってきょとんとした表情で彼女を突き放した為、当のウルは軽く舌打ちしつつ集めた魔力をスッと分散させて拗ねた様にそっぽを向いた。
「海に行く為なら山登りくらいなんてことないよ! みこ、疲れたら言ってね! 抱っこしてあげるから!」
そんな二人の会話を聞いていた人魚のフィンがニコッと望子に笑いかけてから、隣に立つ望子に向けて両手を伸ばして『いつでもいいよ』と口にする。
尤も、フィンの下半身──海豚の尾鰭の部分──には、彼女の身体を宙に浮かせる為のふよふよとした大きめの水玉が付着している事もあって。
(……お前は登らねぇだろ)
……それを聞いたウルは、ふわふわと宙に浮く彼女をジロッと睨みつつ脳内で毒づいていたのだが。
「……う、うん、ありがとう。 でも、できるだけがんばるよ。 わたし、『ゆうしゃ』だもん」
「そっかそっか! 偉いねぇみこは!」
その一方で、話を振られた望子が薄い胸の前で小さくガッツポーズをしながら宣言すると、フィンは思わず破顔して望子をぎゅっと抱きしめ頬擦りする。
……そう、他でもない舞園望子は聖女の手によって異世界に召喚されてしまった勇者なのである。
「自覚するという事は、成長において最も大切な要因の一つであると言えよう。 ミコ嬢が真に勇者として覚醒するのもそう遠くない未来であるかもしれぬなぁ」
「そ、そうかな? ぇへへ……」
そんな中、召喚勇者の監視役と銘打ってついてきた上級魔族のローアが、人化と呼ばれる魔術により人族に擬態した小さな身体で腕組みをしながら頷く。
ふぁくたーとやらは分からなかったが、褒められてはいると理解した望子は嬉しそうにはにかんでいた。
「……ま、まぁ油断せずに行きましょう。 ここ十数年は魔獣なんかの影響で、通り道は随分と限られてるらしいし……獣道とかを通る覚悟もしておかないとね」
ハピは一瞬、望子の愛らしい笑顔に目を奪われていたが、ハッと気を取り直してドルーカの冒険者ギルドマスター、バーナードから聞いた情報を口にして山を見遣り、『蟲とかは別に怖くないけれど』と付け加えていかにも鳥っぽい発言をしてみせる。
「……それ、お前らのせいなんじゃねぇのかよ魔族」
「──当たらずとも遠からず、であるな」
「はぁ? 何だそりゃ」
ハピの言葉を受けたウルが目線を下に遣ってローアを睨みつけると、しばらく顎に手を当て唸っていた彼女は随分ふわっとした遠回しな返答をし、そんな彼女の口ぶりに全く要領を得ない様子のウルはポカンと口を開いて首をかしげてしまっていた。
疑念を気持ち悪いと感じがちなウルとしては、すぐにでも疑問を解消してほしかったのだが──。
「……まぁ、それについては行きしな話そうではないか。 どのみち山中で野営をするのなら、翌日ミコ嬢が楽な様になるだけ進んでおいた方が良いであろう?」
「……そう、ね。 そうしましょうか」
我輩たちはともかくと付け加えて、ローアがフィンに抱きかかえられたままの望子をチラッと見遣って提案してきた事で、見た目は少女でも中身は魔族な彼女の提案にハピは少しだけ黙考したが、最終的にはこくんと頷き白衣の少女の提案を受ける事にした。
「……魔族からの提案ってのがちょっと引っかかるけどな……ま、いいや。 行くぜ、二人とも」
結局、ウルは疑問の解消を後回しにされてしまった為、そんな憎まれ口を叩いていたのだが、諦めた様に溜息をつき少し離れた場所できゃいきゃいとはしゃぐ望子とフィンに声をかけ、右手で軽く手招きする。
「オッケー! 頑張ろうね、みこ!」
ウルの声に反応したフィンは、真っ先に望子へ笑顔を向けてグッとガッツポーズをしてみせた。
……が、当の望子はというと。
「──うん! ろーちゃん、て、つなご!」
「あ、あぁ構わんが……積極的であるな」
元気良く返事をするやいなやローアの手を取りたたっと山へ向けて走り出し、一方のローアは若干の戸惑いを見せつつも、満更でも無い様子で軽く微笑みながらその小さな手を握り返して駆け出していく。
(……こいつが何にも言わねぇのも珍しいな)
(海に意識が持ってかれてるんじゃない?)
そんな少女たちのやりとりを目にしたウルがふと隣に浮かぶフィンを見て、普段は望子に異常なまでの執着を見せる彼女が、望子と手を繋いだローアに何も文句を言わない事に少し引っかかっていたが、その呟きが聞こえていたハピが自分なりの推測を呟くと、ウルは成る程なと納得し、望子たちを追いかけていった。
……本来ならば、二人の呟きなど耳に届いて当然の超人的な聴力を持つフィンは、まるで一切の音が聞こえていないかの様にリフィユ山を一心に見つめて。
「あぁ楽しみだなぁ! 海!」
蒼く透き通る宝石の様な双眸を輝かせながら、異世界の海に想いを馳せていた。
──勇者一行の、海へ行く為の山登りは……こうして幕を開けたのだった。
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