さよならの裏側で
ここまでが三章です!
望子たちが冒険者ギルドで免許を受け取っていた頃、街の門から出て少し歩いた草原の一角に、ローアとリエナ、ついでの様にピアンが一緒に立っていた。
この場へと向かう途中、ローアだけで無くリエナたちも沈黙を貫いていたのだが、
「……さて、こんなところへ呼び出して、一体何の用かな? 狐人よ」
リエナに声をかけられここまでついてきていたローアが、やれやれといった様に肩を竦めてそう言うと、
「……そろそろ正体を表したらどうだい? ローア、いや……ローガン」
リエナはある種の確信を持って、目の前の少女の……魔族の真名を口にした。
瞬間、あどけない少女の笑顔が邪悪で昏い……魔族の笑みへと変化して、
「……くはは、やはり衰えてはおらぬ様であるなぁ、火光よ。 千年ぶりであろうか?」
姿形はそのままに、ローアが……いや、ローガンが気品さえ纏う様な上級魔族の風格を漂わせる。
歴戦の猛者であるリエナはともかく、弟子なんですからと無理についてきたピアンはといえば、
「ほんとにこの子、魔族なんですか……!? どう見ても普通の女の子にしか……」
目の前でくははと笑う少女に目を奪われつつ、信じられないといった表情でリエナに尋ねたが、
「普段は別の姿をとっていた筈だけど、一度だけあんた、その容姿であたしの前に現れただろう。 肌の色は違っても間違える訳が無いよ、この研究中毒者が」
「そんな……っ!」
彼女は毒づく様に吐き捨て、それを聞いたピアンはそう呟きつつも自分なりに身を守る為に構えていた。
「魔族を見かけで判断するな、という事であるよ、有角兎人。 物事の本質を見極める目を養わなければ、あっという間に命を落とすのである。 ここは、彼女がいた平和な世界とは違うのだから」
それを見たローガンは、くははと笑い、『彼女』がいるだろう町の方へ目を向けてそう言うと、
「彼女……ミコさんの事、ですか?」
殆ど確信はあっても確認せずにはいられないピアンがそう問うたものの、彼女はくすくすと笑うだけで答えようとしない。
「……何が目的だい? いや、あたしの知ってるあんたなら、おそらくは……」
リエナはその姿に苛立ちを覚えつつも、凡そ千年程前に幾度と無く相対した魔族の性格を思い返して尋ねつつも推測を立てていると、
「概ね貴様の予想通りであろう。 召喚勇者の監視……という名目で、ミコ嬢の観察をするのが我輩の目的である。 千年前には成し得なかったが、此度こそは」
ローガンは、自分にとって生涯二度目となるその機会を逃すまいとしているのだと告げる。
それを聞いたリエナは、彼女とは対照的な呆れ返った様子で溜息をつき、
「……そうかい……あんたは、あの子に危害を加えるつもりは無いんだね?」
脳裏に愛らしい黒髪の少女の笑顔を浮かべながら、確認する様に尋ねると、
「愚問である。 我輩にとっても、そして魔王様にとっても重要な存在であるのだからな。 信じられぬなら、今ここで我輩を止めるか? それもまた一興であるが」
ローガンは、真剣だった表情から一転……挑発する様な笑みをリエナに向ける。
「……やめておくよ。 この状況じゃあ、あんたに絶対勝てるとは言い切れないしね」
視線こそローガンに向けたままだったが、勝敗はともかくピアンを守り切れる自信は無いと伝え、
「っ、店主……!」
自身が明らかにリエナの枷になってしまっている事を自覚したピアンは、リエナの着物の裾をぎゅっと摘んで目に涙を溜め、力の無さを悔いていた。
「くはは、賢明な判断であるな……む? おっと、どうやら迎えが来た様である」
そんな彼女たちを見て余裕の笑みを浮かべていたローガンの視界に、街の方角から走ってくる人族と亜人族の姿が映り、
「ろーちゃん! おししょーさまとうさぎさんも!」
「「……っ!」」
その先頭にいた望子がいの一番にそう言って、ローガンに抱きついたのを見た二人は揃って息を呑む。
「門のとこにいねぇと思ったら……お前ら三人してこんなとこで何やってんだ?」
同じく彼女たちに合流したウルは、そう尋ねつつ革袋からローガンの免許を取り出し彼女へ放ると、
「おぉウル嬢。 わざわざすまぬな。 何、少しこちらの二人と語らっていたのである」
ローガンは放られた免許を片手で受け取り、リエナたちをもう片方の手の親指で差し示して、事実とも虚偽ともとれる言い方でウルたちにそう告げた。
何してたんだと尋ねてはみたものの、実のところ然程興味は無かったウルが、
「ほーん。 ま、何でもいいやな。 リエナ、ピアン、今日まで世話になったな」
「え、あっ……は、はい、こちらこそ……」
「……あたしも色々助けられたし、お互い様さね」
リエナたちに向き直ってからそう口にすると、望子たちが自分たちに言わない以上、ローガンの正体に気がついた事は黙っていた方が、と判断した二人は浮かない表情でそれぞれ伏し目がちそう言った。
「あら、私たちが強くなれたのも貴女たちのお陰よ? 謙遜しなくていいのに」
そんな二人にハピは柔和な笑みを見せ、左脚に畳んだ状態で装着された魔道具をつついて言うと、
「……そう、だね」
同じ様に笑顔になろうとしたものの、力無い笑みになってしまうリエナがそう答える。
一方、どこかぎこちなく受け答えをする二人に首をかしげていたフィンは、
(……んー? 二人して何隠してるんだろう)
動揺する様な二人の心音を耳にした事によりそう思っていたが、まぁいいや、と気にしない事にした。
そんな中、ローガンから離れた望子がリエナたちの傍までてくてくと歩み寄り、
「うさぎさん、おししょーさま。 ほんとにありがとうね。 ふたりのおかげで、わたしもみんなをまもれるようになったから」
心からの感謝の気持ちと共に、首に下げた立方体を指で摘みながらにこっと笑うと、
「……ミコ、無理だけはするんじゃないよ。 あんたはずっと、ピアンと同じあたしの愛弟子なんだからね」
リエナは少し屈んで望子の綺麗な黒髪を、梳く様に撫でてそう言った。
「……ほんとは、私も一緒に行きたいんですが……進化したといっても、今の私では足手まといにしかなりません……でも、いつかまた会えたら……」
かたやピアンは、今にも泣き出しそうな悲壮感丸出しの表情で、いつか必ず貴女の力にと伝えると、
「うん! そのときまでまってるからね!」
「……っ! はいっ……! ミコさん、ご無事をお祈りしています……っ!」
望子はニコッと笑って彼女の手をぎゅっと握ってそう答え、ピアンは望子のその言葉に大粒の涙を流し、その小さな身体をぎゅっと抱きしめた。
――魔族が同行する事への不安や心配からか、それとも望子に受け入れてもらえた事への感謝と歓喜からの行動なのかは……今の彼女には、分からない。
名残惜しそうにピアンが望子から離れたタイミングで、ウルたちは互いに顔を見合わせ頷いて、
「んじゃ、あたしらは行くぜ。 またな!」
「次はとうとう海なんだよね! 楽しみ!」
「また会いましょう」
「じゃーね、ふたりとも!」
それぞれが次の地へと想いを馳せながら、手を振って別れの言葉を口にした。
そんな望子たちの後を追う様に、にいっと笑って踵を返したローガンにリエナが、
「……ローガン。 あの子に……あたしの愛弟子に手をかけたら、あたしは命を賭してでもあんたを滅する」
かつて戦場にて『火光』と呼ばれ、圧倒的な大火力を誇る蒼炎を操り、敵味方問わず恐れられていた頃の表情と気迫でそう告げる。
「……くはは、それはそれで興味を惹かれるが……今はミコ嬢以外に目移り出来ぬのでな。 肝に命じておこう。 ではな、火光」
その脅しを聞いたローガンは、振り返ってそう口にして微笑むと、後ろ手に右手を振って去っていく。
段々と遠のいていく彼女たちの姿を見ながら、緊張の糸が切れたピアンはへたりと座り込んで、
「大丈夫、でしょうか……」
隣に立つリエナにすら聞こえるかどうかというか細い声でそう言ったが、その声はリエナに届き、
「……大丈夫さ。 何せあの子は、勇者なんだからね」
彼女はふぅと煙を吐いて、ピアンだけで無く自分へも言い聞かせる様にそう告げたのだった。
(……それにあの子は、どこかあの人に似てる。 あたしがあの子を気に入っているのも、きっと……)
頭の中でそう呟いたリエナの脳裏には、一党には加入していなかったが、かつてこの世界で彼女と共に魔族たちとの戦いを繰り広げ、彼女自身も好ましく思っていた黒髪黒瞳の召喚勇者の姿が浮かんでいた。
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