さよならドルーカ
屋敷での一泊を終えた望子たちは、バーナードが奇々洞穴に冒険者を向かわせ確認を済ませるまでの間、正式にローアを一党に加え、いくつかの依頼を暇潰しにこなしていた。
――そして、依頼達成報告から三日後の正午。
「おいおい、ねーちゃんたちもう行っちまうのか?」「結局依頼で組む事は無かったなぁ」「何、生きてりゃ他の町でまた会えんだろ」「そん時ゃまた呑もうぜ!」「ミコちゃん最後にぎゅっとさせてー!」
望子たちがドルーカを去ると聞いた冒険者たちがギルドに集まり、彼女たちへ別れの言葉を告げる。
そんな折、事務作業を終えたエイミーが受付のスイングドアから姿勢良く歩いてきながら、
「ふふ、皆さん大人気ですね」
にこやかな笑顔を浮かべつつ、手に持つ何かが入った箱を近くの机にトスンと置いた。
「ん? おうエイミー。 もう出来たのか?」
ウルは歩み寄ってきた彼女に気づき、エイミーと机の上の箱に視線を向ける。
「はい! お待たせしました! こちらが皆さんの新しい免許になります!」
すると彼女はこくんと頷き、そう快活に言って望子たち四人へそれぞれ更新済みの免許を手渡すと、
「おー! 緑色になってるよ!」
真っ先にフィンが、免許に付いた宝珠の変化に食いついてそう口にする一方、
「……いいなぁ、みんな。 わたしもはやくみんなといっしょになりたいな」
彼女たちとは二つ等級の離れた望子が羨ましそうにしていると、みこもすぐなれるよ、と頭を撫でた。
「これでもまだお前にゃ遠いんだよな。 だろ? アド」
翻ってウルは免許を見ながら、そう不満げに呟いて、隣に立つアドライトへ話を振ると、
「君たちならすぐに追いつき、そして追い越すだろうさ。 それだけはこのアドライトが保証するよ」
焦る事は無いさ、と彼女はさも当然だという風に自信満々に胸を張ってそう口にした。
「世話になったわね、アド。 色々助けられたわ」
「迷惑もかけちゃった気がするけどね……」
二人の間に入る様に、ハピとフィンがそれぞれアドライトに謝意を述べると、
「気にしないで。 私も楽しかったし、とても良い経験が出来たよ……本当は、私もついて行きたいのだけど、仮にも私はこのギルド最上位の冒険者だからね。 ここを離れる訳には行かないんだ。 すまない」
彼女は至って爽やかに笑みを浮かべ、されど彼女たちの旅には同行出来ない旨を伝えて軽く頭を下げる。
「はっ、それこそ気にすんなって話だぜ。 元々あたしらの役目だからな」
少し寂しそうに笑う彼女にウルがアドライトの前に拳をすっと差し出して、心配するなと暗に伝えると、
「……ふふ、頼もしいね」
彼女は憑き物が落ちた様な晴れやかな笑顔を見せ、ウルの拳に自分の拳を合わせた。
「あどさん、またあえる?」
その時、割って入った望子が遠慮がちにアドライトへ上目遣いでそう尋ねると、
「勿論。 君が望めば、私は必ず駆けつける。 無事を祈っているよ……勇者様」
彼女は望子に目線を合わせる為に跪き、小さな手を取り、最後の一言だけは周囲に聞こえない様にそう呟いて、シミ一つ無いその手の甲に口づけし、ギルド中の女性冒険者はそんな二人に黄色い悲鳴を上げる。
「あっ! てめぇ懲りずにまた!」
目の前で行われたアドライトの所業に、ウルは爪の展開はしないまでもとっちめてやろうとしたのだが、
「はは! それじゃあまた会おう!」
「あっこら! ……ったく、最後まで……」
アドライトは魔道具店の時と同じ様に、軽い身のこなしでウルの腕を躱し、報酬は受け取り済みという事もあり、ギルドから颯爽と出ていった彼女に呆れつつも、ウルは軽く微笑んでいた。
「ほっほ、何やら騒がしいと思ったら……お主たちじゃったか。 もう発つのかの?」
そんなアドライトと入れ替わりになる様に、受付の横の扉からゆっくりとした足取りで、バーナードが彼女たちに歩み寄ってそう尋ねると、
「えぇ、この通り無事昇級も出来たしね」
ハピが免許の表側、緑の宝珠が付いた方をひらひら見せながら答えた。
「そうかそうか。 確か、海が目的じゃと申しておったの。 ならば、ドルーカの西にあるリフィユ山を越えるといい。 あの山を下りてしばらく歩けば、ルニアで最も大きい港町、ショストに辿り着く筈じゃ」
彼女の返答を聞いたバーナードは心底満足そうに頷いて、ギルドの窓の向こうに見える山を指差しながらその先にある町の名前を挙げてそう説明すると、
「それほんと!? やっと海に行けるんだ!」
「よかったね、いるかさん」
以前より水場を求めていたフィンが両手を挙げて喜びを露わにする一方で、望子はまるで自分の事の様にご機嫌な笑顔でそう言った。
そんな中、何かを思い出したかの様にハッとなったエイミーが近くにいたウルに顔を向けて、
「あっ、そういえば……ローアちゃんの免許はどうされますか? 今いらっしゃらないみたいですし……」
一枚だけ残った免許を手に取って、今この場にいないもう一人のメンバーの名を挙げそう尋ねると、
「あぁ、それならあたしが。 何か用があるとか言っててよ。 後で渡しとくぜ」
「そうですか? それではお願いしますね」
ウルが代表してそう答え、エイミーから艶のある黒い宝石の付いた免許を受け取った。
「あの少女もミコと同じく将来有望じゃのう。 魔術もそうじゃが、何より知識量が素晴らしい。 迷わず鋼鉄に認定したが……一体何者なのかの?」
望子という前例はあっても、多少は疑問に思っていたのだろう、バーナードはそう言って望子たちに随分と懐疑的な視線を向ける。
望子はそんなバーナードの視線と言葉に、一瞬あたふたと戸惑ってしまったものの、
「わ、わかんないけど……いいこだよ! とっても!」
自分が心の底から思っている事を、至って真剣な表情で正直にバーナードへ伝えると、
「……ほっほ、そうかそうか。 ミコが言うならそうなのじゃろうな」
先程までとは全く異なり、すっかり頬がほころんだ彼は望子の頭を撫でながら上機嫌でそう口にした。
一方、そんな彼の様子をみていたハピとフィンは、こそこそと呟き合って、
(デレッデレね……完全に祖父と孫だわ)
(確か、元の世界ではお爺ちゃんも亡くなってるはずだし……ボクたちじゃどうやってもお爺ちゃんにはなれないんだから、バニーちゃんに感謝だね)
見てられないわとかたや顔を逸らし、適材適所だねとかたや満足そうに頷いていた。
そして、ギルド内の会話も一段落ついた頃、ウルがよっしと声を上げ、
「そんじゃ、あたしらはそろそろ行くぜ。 世話んなったなバニー、エイミーもな」
望子たちに出発を促し、目の前の二人に向けてにかっと笑ってそう言うと、
「ほっほ、また来ると良い。 ドルーカのギルドはいつでもお主たちを歓迎するぞ」
「はい! 職員一同、お待ちしています!」
バーナードは柔らかな笑みで、エイミーは快活な表情ではきはきとそう口にした。
その後、老若男女問わずギルド中の冒険者からまた来いよと見送られる中、
「またね! どるーかのみんな!」
望子は元気いっぱいに手を振って、街の入口で見送ると言っていたリエナとピアンに合流する為、そして同地点で合流予定のローアを迎えに行く為、ドルーカの冒険者ギルドを後にした。
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