二手に分かれて探索対策
「探索に向かうのは……七日後ってところかねぇ」
領主の屋敷を後にして、九重の御伽噺に集まっていた望子たちにリエナがふとそんな事を呟くと、
「……あ? 何でだよ、明日でも行けるぜ?」
その言葉に疑問を持ったウルが、椅子に座ったまま身を乗り出して強めの語気で問いかける。
「いや、私も同意見だよ。 奇々洞穴は普通の洞穴じゃないからね。 それなりの準備が必要だ」
「へー、普通のと何が違うの?」
そこへ、望子たちと同じく領主からの指名依頼を受ける事となったアドライトが割って入り、すっかり調子の戻ったフィンが首をかしげて尋ねた。
するとアドライトは得意げに、こほんと咳払いしつつ、右手の人差し指と中指を立て、
「大きく異なる点は二つある。 まず、あの洞穴は……巨大な一つの生物だという事だよ」
説明を始めると共に中指を折りたたみ、何処にでもある様な洞穴との一つ目の相違点を挙げる。
「生物……? 洞穴そのものが?」
異世界ならそういう事もあるのかしら、とそんな意を込めてハピが聞き返すと、
「そうだね。 今でこそドルーカの近くに存在しているけど、あれは百年単位で各地を移動するガナシア大陸の固有種なんだよ。 丁度私がドルーカを訪れた数十年前に、あの奇々洞穴もこの地に現れたんだ」
もう数十年したらまた別の地に移動するだろうね、とアドライトは頷きながらそう解説してみせた。
そんな折、ちなみにと前置きしたリエナが口を開きつつピンと人差し指を立ててから、
「あそこに出現する魔物や魔獣、魔蟲なんかは、あまねく奇々洞穴が体内に生み出した分裂体って感じでね。 『全にして一、一にして全』なんて言葉もあるけど、つまりはその全てが同一個体なんだよ」
出現する邪なる存在を全滅させると奇々洞穴は死に、単なる洞穴に成り果てる……だから討伐するにしても程々にというのが暗黙のルールなのだと語る。
「……で? 何でそれが七日も準備に費やさなきゃいけねぇ理由になるんだよ」
その一方、彼女たちの説明を理解したのかしていないのか、ガリガリと頭を掻きながら、長ったらしい話をつまらなさそうに頬杖をつきながら聞いていたウルが、くあぁ、と欠伸しつつ問いかけると、
「奇々洞穴内の魔物なんかの発生には一定の周期があってね。 双頭狂犬や毒牙毒蛾といった魔獣や魔蟲が発生している時もあれば、粘液生物や雨樋像、単眼鬼の様な魔物しか発生しない時もあるんだ」
ウルとは対照的に、爽やかな笑みを全く崩さないままアドライトが彼女たちの耳に新しい様々な存在の名を挙げると共に、つらつらと解説してみせた。
「……成る程。 今の奇々洞穴の情報が必要って事ね」
そんな中、ウルやフィンとは違い概ね理解出来ていたハピが頷きながらそう言うと、
「そういう事だね。 とはいえクルトさんの話だと逃げ帰ってきた生き残りの少女たちがいるそうだし、そっちは私が何とかしよう。 女の子の相手は得意なんだ」
(だろうなぁ)
ニコッと笑みを浮かべ、洞穴から退散してきたという女魔術師たちに思いを馳せるアドライトに、ウルはジトッとした視線を向けつつ脳内で呟いている。
――その時。
「あど、さん」
「うん? どうしたのかな?」
アドライトの服の袖を摘んだ望子が、そう呼んでほしいと言われた愛称を口にして声をかけた事で、彼女が嬉しそうに顔をそちらに向けて返事をすると、
「……わたしも、いっしょにいっていい? わたしよりすこしだけとしうえのひとたちなんでしょ? だったら、わたしでもやくにたてるかな、って……だめ?」
そんなアドライトに対し、成人して間もないというクルトの説明を理解していた望子は、その二人が自分と年が近く、何かの役に立つのではと考えていた。
それを受けたアドライトは、望子の綺麗な黒髪に白い手袋をつけた手をポンと乗せてから、
「……ふふ、勿論構わないよ。 寧ろこちらからお願いしたいくらいさ。 手を貸してくれるかな?」
「うん! がんばろうね、あどさん!」
美青年だと言われればそうとしか思えない、キラキラとした笑顔で望子にそう言うと、望子はニパッと満面の笑みを浮かべて喜びを露わにする。
「じゃあボクも――」
そんな二人の仲睦まじげなやりとりに、我慢の効かないフィンがズイッと割り込もうとした時、
「おっと、あんたはこっちだよ」
「ぅぎゅっ!?」
引き止める様にリエナにグイッと襟を引っ張られてしまった事により、その細い首を思いきり締められた彼女が潰れた声を出してしまう。
「けほっ、ごほっ……もー! 何すんの!?」
激しく咳き込みながら彼女が抗議すると、全く悪びれる様子の無いリエナが煙管をビシッと向けて、
「今回もあんたたちとミコは別行動をとってもらう。 ミコたちが情報収集、あんたたちは……あたしとピアンが徹底的に鍛え上げてあげようって寸法さね」
「「「……?」」」
さも決定事項だと言わんばかりに煙を吐きそう告げる彼女に、フィンたちは疑問しか持てないでいた。
――ちなみにピアンは外出中。
一応冒険者ギルドに登録しており、今の望子と同じく黒曜等級である彼女は、有角兎人へ進化した件で免許の更新をしにギルドへ赴いている。
「……二人よりボクの方が強いと思うけど」
先程の事もあって随分と拗ねた様子でフィンがリエナを睨み、彼女たちを軽んじる発言をしたものの、
「そうかも知れないね。 けれど、普通の洞穴と異なる奇々洞穴のもう一つの点、鏡写しがあるからね。 今のあんたたちじゃあ絶対面倒な事になるだろうさ」
「……みらーりんぐ? 何それ」
特にそれを肯定も否定せずそう語る彼女の言葉に出て来た聞き慣れない単語に、フィンは興味を示した。
「奇々洞穴への入口は一つしか無いから、必然的にそこから潜入する事になるんだけどね? 生物が入り込んだ瞬間、広い洞穴の何処かにその生物と全く同じ姿と力を持った意思の無い幻影体が発生し、写し取った本体と遭遇すると即座に襲いかかってくるんだよ」
するとリエナは、机の上の丸っこい灰皿の様な物に煙管の灰をコンコンと落としつつ、奇々洞穴内で必ず発生するらしい現象について解説する。
「へぇ、そんな事が……負けるとどうなるのかしら」
そんな折、リエナが語った現象に対して心底興味深そうにハピが尋ねたところ、
「……あぁ、何て事は無いよ。 幻影体が本体になって、本体だった者は消え去るだけさね」
まぁ負けなきゃいいだけだから、とリエナはまるで他人事の様に答えてみせた。
――実際、彼女が探索に行く訳では無い為、他人事でも間違いでは無いのだが。
彼女が何でも無いかの様にあっさりと言った現象の内容に、軽く身体をブルッと震わせたフィンは、
「だけって……あれ? そういえばさ、戻って来た二人って大丈夫なの? もしかして……」
先程のアドライトの話にも出て来た生き残りの事を思い出し、人差し指を唇に当て小首をかしげる。
「それは無い。 クルトんとこの兵はあれでもしっかり訓練されてるからね、鏡写しの対策も出来てたはずだよ。 それにあの執事は『真偽』の恩恵持ちだからね。 入れ替わってるか否かはもう確認したんだろうさ」
するとリエナは私兵たちの熟練度とカーティスが授かっている……物事の虚構と事実を直感的に判断出来る恩恵の名を無断で教え、問題無いだろうと告げた。
「……そうなんだ」
フィンはほっと息を吐いて安堵する。
――無論、逃げ帰り生き残った二人への心配では無く、その二人の元を訪れるのだろう望子への不安が解消され……安全がある程度保障されたからだが。
「くあぁ……で? その……みら何とかってやつの対策を兼ねた特訓とやらはいつ何処でやるんだ?」
話が一段落ついたと判断し、大きく口を開けて欠伸をしながらウルが尋ねると、
「今日はもう日が暮れそうだからねぇ、明日から始めようか。 取り敢えず、あんたたち三人は明日の昼前にここに来な。 場所はその時指定するよ」
ほぅ、と輪っかの様な煙を吐いて、リエナはそう話を締めくくったのだった。
「りょーかい。 じゃ、解散って事で。 宿に戻ろうぜ」
ん、と頷き椅子から腰を上げたウルがそう口にすると、望子たちも銘々立ち上がり、リエナに一時の別れを告げて店を後にしようとしたのだが---。
唐突にアドライトが望子の前に立ち、少し屈んで望子に目線を合わせたかと思うと、
「ではミコちゃん。 昼頃迎えに行くからね……んっ」
「「「!?」」」
よりにもよって亜人たちの目の前で、その意味を知ってか知らずか望子の綺麗で小さな右の手の甲に……そっと口づけを落としていた。
「わっ、ぅ、うん、まってる、ね?」
当の望子は少し慌てながらも、ぇへへ、とはにかみつつ照れ臭そうにそう言っていたものの、
「アドてめぇこの野郎!」
「ははは! 油断大敵だよウル!」
一方で激昂したウルが最小限に爪を展開しアドライトだけを吹き飛ばそうとしたが、それを予測していた彼女は森人特有の身軽さを持って華麗な後方転回で爪を躱し、捨て台詞を吐いて風の様に去っていった。
うがぁああああとか、もぉおおおおとか叫びながら彼女を追うウルとフィンに続いて、リエナにペコッと礼をして望子が、フリフリと手を振ってハピが店を出て行くのを見ていたリエナはというと---。
「……いつの世も騒ぎの中心だねぇ。 異世界人」
――誰に聞かせるでも無く、脳裏に黒髪黒瞳の何某かを浮かべつつ、懐かしむ様にそう呟いていた。
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