領主からの指名依頼
「何でって? この青臭い領主様に呼ばれたんだよ。 全く、あたしは先日の件には関与してないってのに」
(……そうかなぁ)
一方、『何故ここに』と問うウルの言葉に対して肩を竦めたリエナが、チラッと横目でクルトを見ながら煙管を咥えて溜息混じりに愚痴を溢すも、フィンは先日の蒼炎と化した望子を思い返して『関与してないって事はなくない?』と首をかしげてしまっている。
「まぁまぁ、いいじゃないかリエナさん。 こうやって美味しい紅茶やお菓子も頂けているんだし、ね?」
「……ま、そうだね。 そこだけは認めるよ」
「これだから亜人族は……」
そんな中、同じくソファーに座っているアドライトが、スラリと長い足を組みかえながら爽やかな笑みを浮かべてリエナに言い聞かせる様な声をかけた事により、リエナは『確かにね』と言わんばかりに頷いたものの、あまりにも自らの主の屋敷で自由に振る舞う二人のに苛立つカシュアが不満げな様子で呟いたが。
「「聞こえてるよ」」
「……っ」
人族よりも遥かに全ての感覚が優れている彼女たちには、そんなカシュアの声がハッキリと届いてしまっており、ほぼ同時にかけられた二人の声にカシュアはその表情を驚愕と困惑と……そして何より、強い嫌悪の色が入り混じったものへと変化させてしまう。
「カシュア、お前は──いや、それよりも……よく来てくれた。 さぁ、適当に座ってくれ」
クルトは自身の傍らに控える従者の露骨なまでの表情を見て少し……いや、かなり呆れつつも彼に言われた通りにソファーへ座った望子たちへ視線を向ける。
「さて、先日の件だが……あらましは既に彼女から聞いたよ。 何処から流れてきたのかしらないが、随分と粗暴な輩だったそうだね。 本当にすまなかった」
その後、クルトは望子に因縁をつけたうえにウルに決闘まで挑んできた二人組の件について、『大元を辿れば私の責任だ』と謝罪をしてきたが、彼自身に一切の非がない事はウルたちも理解しており──。
「それは別にいいけどよ……アドからそれを聞いたんなら、もうあたしらはいらねぇんじゃねぇのか?」
「いや、それは……」
「頼み事がある、って聞いてるわ」
ウルは四人を代表して『気にしてない』と言いたげにヒラヒラと手を振りつつ、よく考えると昨日の話が聞きたいからという理由で呼び出された事を思い返して『帰っていいか?』と立ち上がりかけた。
しかし、どうやらクルトには……それとは別に彼女たちに用があるらしく呼び止めようとした時、冒険者ギルドの受付嬢のエイミーから聞いていた『別の用件もあるみたいで』という言葉を忘れていなかったハピがウルの薄手の服の袖を摘んで強制的に座らせる。
「あぁ、その通りだ。 その前に、お前たちは外してくれ。 ここからは先は……機密事項となる」
「かしこまりました」
「……っ、はい」
そして、クルトがハピの言葉を肯定しつつ執事と従者である二人に向けて退室の指示を出すと、二人は一礼して執務室を後にしたが、カシュアだけは最後の最後までウルたちやリエナ、アドライトといった亜人族たちに敵意さえこもりかけない視線を向けていた。
「で、その頼み事ってのは?」
「あぁ……」
二人が退室した後、真剣な面持ちをするクルトに釣られる様に珍しく真面目な表情と声音でウルが問いかけると、クルトは重い息を溢してから低く唸り──。
「君たちは、もうしばらくドルーカに滞在するのだとリエナから聞いたんだが……確かかな」
「ん? あー、まぁな。 つっても全員が一つずつ等級を上げたら次の場所にー、とは考えてるが」
望子たち四人のドルーカの滞在期間を確認する様に聞いてきた為、ウルはリエナやピアン、アドライトを含めて話し合って決めた事を簡潔に伝え、『けど、それが何だ?』と彼の質問の意図が分からず聞き返す。
「そうか、ならばちょうど良い。 頼み事とは……私から君たちへの──指名依頼だ」
「「「指名依頼?」」」
「むぐ……?」
それを受けたクルトは軽く深呼吸をした後、望子たち一人一人の目をしっかりと見て、いかにも人の上に立つ者としての威厳を持つ声音で頼み事を口にした。
無論、指名依頼という言葉が初耳である亜人たちは声を揃えて復唱し、もぐもぐとお菓子を口に含んでいた望子は首をかしげるだけに留まっている。
「文字通りさ。 ギルドに依頼を貼り出して冒険者を募るのではなく、依頼人が直に冒険者を指名して依頼を受注してもらう制度の事を指すんだ」
そんな中、『何それ?』とフィンが何気なくアドライトへ顔を向けると、アドライトが先達の冒険者として指名依頼について簡単に説明してみせた。
ちなみに、ギルドに貼り出されるものよりも報酬は高めに設定される傾向にあるらしく、『受けておいて損はないよ』と小さな助言もしてみせる。
……尤も、それは彼女が銀等級の冒険者だからであり、大抵の場合はギルドに貼り出されるものよりも難易度は遥かに高く、そもそも望子たちの様な下位の冒険者を指名する事などある筈もないのだが。
「そういう事になる。 私が依頼するのは……ドルーカから南方の少し離れた位置にある奇々洞穴の調査、及び危険因子を発見した場合の討伐だ」
「それを、私たちに?」
そんなアドライトの解説が終わった直後に、クルトは彼女の言葉に補足する様に依頼についての詳細な情報が記されているのだろう、手元の羊皮紙を見ながら依頼の内容を望子たちに伝え、ハピが確認するべく首をかしげると彼は無言で頷いてみせる。
「正確には……君たち四人と、そちらのアドライトを含めた五人を指名するつもりでいる」
「まぁ銀等級だしな──あ、そういや何でその……何とかって場所を探索しなきゃいけねぇんだ?」
更に、望子たち四人からアドライトへと視線をスライドさせながら、アドライトを呼んだ理由を遠回しに口にする一方、彼女にも依頼がいく事には特に疑問のないウルだったが、調査の目的及び危険因子の正体を知らされていない事に気づいて何の気なしに尋ねた。
「それを説明する前に……君たちも、リエナから例の魔石の解析結果を聞いてほしい」
「魔石って……あぁ、あのおっきい蚯蚓の? そういえば、そんな事も言ってた様な……」
しかし、クルトは彼女の疑問に答える前に首をゆっくり横に振りつつ、リエナに頼んでいた魔石の解析の結果を望子たちにも伝える様に促すも、『んー?』と魔石について忘れかけていたフィンだったが、何とか思い出す事に成功して手をポンと叩いている。
「あたしが解析したところ、あの魔石には魔族の痕跡が色濃く残っててね。 もっと言えば、あれらが何処で生まれた……いや、造られたのかも分かったんだよ」
「もしかして、それがさっき言ってた……?」
一方、話を振られたリエナが青い火の灯る煙管を片手に他人事の様な無表情で、あの暴食蚯蚓が魔族の影響を強く受けていた事と、そもそも何処で発生したのかも判明したのだと告げると、ハピは対照的に怪訝そうな表情を浮かべて再びクルトへ視線を戻した。
「そう、奇々洞穴だ。たった今リエナが口にした解析の報告を受けた私は兵を動かし、そこへ調査へ向かわせた……だが、それが間違いだったんだ」
「……まさか、戻ってこなかったのか?」
すると、彼はハピの言葉を肯定しつつも何やら苦々しい表情で挙兵した事を告げた後、血が出てしまうのではないかという程に唇を噛みしめており、そんな彼の様子から私兵たちの末路を察してしまったウルの問いかけに、クルトは無言を持って答えてみせる。
……最早、確認するまでもなかった。
「……兵士っていうくらいなんだから、そこそこ場慣れしてたのよね? そんな人たちが一人も帰って来られない様な場所の探索や討伐に、アドや私たちはともかく望子まで駆り出そうとするのは何故?」
「言っとくがな。 あたしらの頭目だからとか……そんな理由じゃ、あたしは納得しねぇぞ」
翻って、ハピが怪訝な表情とともに『この子に危ない事はさせたくないのだけど?』と問いかけるのを援護する様に、ウルは脅迫するが如く低い声で唸る。
「実は、誰一人として戻ってこなかった訳ではないんだ。 調査に向かわせた魔導白兵隊、二十五名のうち二人が戻ってきている。 その二人は成人して間もない非力な少女にも思える女魔術師だった。 つまり──」
「より幼い望子を連れて行く事に何か意味が、ってとこかしら? だからって、貴方ねぇ……」
とはいえ、どうやら彼にも彼なりの考えがあるらしく、何とか生き残り戻ってきたが、ひたすらにガタガタと身体を震わせる事しか出来ていなかった少女たちの姿を脳裏に浮かべながら説明するも、『言いたい事は分かるけれど』とハピは腕組みをしつつ全く持って納得のいっていない様子で苦言を呈そうとした。
ちなみに、クルトの私兵である……いや、私兵だった魔導白兵隊とは、暴食蚯蚓による地鳴りの正体を確認しようと彼が引き連れていた者たちと違い、乗馬はせずに魔術によって武器や身体を強化して近接戦闘を行う者たちの事であるらしく、生き残った二人はまだ未熟で付与要員だったとクルトは語ってみせる。
「と、とりさん。 だいじょうぶだよ? わたしも、たたかえるから……いっしょに、がんばろう?」
一方、図らずも眼光が鋭くなっていたハピの服の端を、ぎゅっと摘んだ望子が上目遣いをして、やはり若干の恐怖はあるのか少し震えながらも三人の亜人たちに依頼の受注を勧めた。
「……なぁミコ、相手は魔族かもしれねぇ。 蜂だの蜘蛛だの蚯蚓だのとは訳が違うんだぞ?」
「何が来ても守ってあげるけど、またあんなのが出てきたら危ないじゃ済まないよ」
「……? 君たちは魔族と遭遇した事があるのか?」
「え? あ、あーっと」
当然それを簡単に了承する訳にはいかないウルとフィンの過保護コンビが何とか望子を説得しようとする一方で、フィンの『また』という言葉に違和感を覚えたクルトが尋ねた事で彼女は露骨に動揺してしまう。
それもその筈……彼はこの場で唯一、望子たちの正体もその目的も何一つ知らされていないのだから。
「……一党を組んだ以上、頭目の意思は尊重してやるべきだと思うけどね。 あんたたちの場合は特に」
そんな折、困惑した様子で『えーっと』だの『んーっと』だのと唸っているフィンをフォローする為、彼女たちの事情を把握しているリエナが、『やれやれ』と言わんばかりに溜息を溢しながら話題を逸らし、フィンと望子に対するフォローを同時にしてみせた。
「きつねさん……!」
そんな彼女に望子はキラキラとした視線を彼女に向けたが、当のリエナは何故か首を横に振って──。
「おっと、違うだろうミコ。 教えた筈だよ、ちゃんとしたあたしの呼び名をね」
「「「……?」」」
吸い込まれそうな望子の黒い瞳を見つめながら、さも親であるかの様に言い聞かせると、『何の事?』と亜人たち三人は揃って首をかしげていたのだが。
「あっ、えっと……『おししょーさま』!」
「「「……!?」」」
その言葉にハッとした望子が、こう呼ぶようにとリエナから告げられた呼び名を思い出し、ニッコリと満面の笑みを彼女に向ける中、ウルたち三人は何やら特別感のある呼び名に表情を驚愕の色に染めてしまう。
「うんうん! 流石はあたしの弟子二号! 火化も問題なく扱えたって話だし、連れて行っても──」
あまりの愛らしさに破顔したリエナが色打掛をバサッとさせながら望子に抱きつき、艶のある綺麗な黒髪を梳く様に撫でつつ勝手に許可を出そうとするも。
「……おい、おいおい待て待て! 弟子って何だ!?」
「与り知らぬ所で随分と仲良くなったみたいね……」
「そうだよ! みこにさまとかつけさせてさぁ!」
だが次の瞬間、亜人たちは掴みかからんばかりの勢いでリエナに詰め寄っていき、それでいてあくまでも優しい手つきで望子を取り返そうとする一方。
「アド様……いや、これは他の女性冒険者たちから既に呼ばれているし、アドさんの方がまだ……」
アドライトは極めて小さな声でブツブツと、あまりに馬鹿馬鹿しい事を真剣な表情で考え込んでいた。
「……話を戻すとしよう。それで、私からの依頼は受けてもらえるかな? 達成する事が出来れば相応の報酬も出すし、まず間違いなく昇級も可能な筈だ──あぁいや、貴女については分からないが」
そんな彼女たちを宥める、もしくは諫める様に大袈裟に咳払いしたクルトが最終確認だとばかりに望子たちに話を振りつつも、もみくちゃになっている五人からアドライトへ視線を移し、『金等級へ昇級が可能かどうかは私には判断しかねる』と正直に告げる。
「あぁ、もう私は昇級なんて考えていないから別に構わないよ。 ただ……そうだね、奇想天外が受けるなら私も受けようと思うんだけど、どうかな?」
話を振られたアドライトは特に気にしている様子もなく、鼻腔を蕩かす香り高い紅茶を嗜みながら、ウルたちに向けてウインクしつつ更に話を振ってみせた。
「……ぐ、どうする頭目」
「……いこう。 こまってるなら、たすけなきゃ」
それを見たウルは未だリエナに抱きしめられたままの望子に意見を求めると、望子は幾許もなく頷いてから薄い胸の前でぎゅっと小さな両手を握りしめて、ハッキリと自分の意思を伝えようと試みる。
「だってわたし、ゆう──んむっ」
……勇者的に。
「ゆう……何だって?」
「あー……ゆ、ゆう……そうそう、友愛の心に満ちてるんだよ、この子は。 あんたの様な出来損ないの青二才にも手を差し伸べてくれるくらいにね」
「んー?」
その時、近くにいたリエナが咄嗟に望子の口を手で塞ぎ、口汚くはあるが何とか誤魔化す一方、望子は友愛という単語の意味が分からず首をかしげていた。
「そ、そうか……では、ギルドには私から話を通しておくとしよう……改めて、よろしく頼む」
当のクルトは『それを自分で言うか?』と考えていたり、今まであまり見た事のないリエナの慌てる姿に違和感は覚えたりといった事はあったものの、気を取り直して望子たち五人に頭を下げて頼み込む。
そんな折、漸く自分の口からリエナの手が離れた事で、しっかりと空気を吸ってから──。
「ぷは……ぅん! がんばるよ!」
望子がニッコリと笑って宣言すると、ウルたち三人は同時に顔を見合わせて頷き……一つの決意をする。
尤も、『依頼の達成』ではなく、『望子の死守』への決意だという事は三人を除いて知る由もないが。
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