名前をつけるとしたら
ワイアットたちとの決闘を終えた後、彼らと実際に相対したウルと、超級魔術を小さな身体で行使した影響で随分と疲弊してしまっていた望子の二人は、一日しっかり休んだ事で元気を取り戻していた。
そして翌日の昼頃、望子たち四人は冒険者ギルドからの呼び出しを受けてギルドを訪問する。
「えっと……こんにちは」
「あら、こんにちは。 ちょっと待っててください、ギルドマスターを呼んできますから」
相も変わらずガヤガヤと騒がしいギルドの中、別に憚る様な事もないのに控えめに挨拶した望子の声に反応したエイミーは、ギルドマスターに用があるのだと聞いていた為、受付を離れて彼を呼びにいった。
「……おぉ、来てくれたか。 呼び出してすまんかったのう。 立ち話も何じゃ、奥で話すとしよう」
しばらくして、エイミーが引き連れてきたのは間違いなくバーナードだったが……どうやら碌に睡眠を取れていないらしく、窪んだ目の下に濃い隈を作り、気持ち萎んで見える彼が『執務室ではあれだしの』と呟きながら踵を返して五人を案内しようとする。
……そう、五人を。
「バーナードさん、私もいいんだよね?」
「あぁ、構わんよ。 お主も当事者じゃからのう」
「……お前、神出鬼没だな」
その時、いつの間にか彼女たちの後ろにいて、さりげなく五人目となっていたアドライトが笑顔で同席を要求すると、バーナードが頷いてから再び歩き出す一方、ウルは唐突に現れた彼女に驚きつつ呆れていた。
「何かこう……覇気がないわね。 疲れてるのかしら」
そこそこ長い木製の廊下を歩き、要人や位の高い何某かを招く為の部屋だからか他と比べて絢爛な扉の前に着いた時、明らかに先日までより元気のない彼を見たハピが『大丈夫なの?』と声をかける。
「……事後処理で色々と忙しくての。 片付いたら休むから心配は無用じゃ。 さ、適当に腰掛けてくれぃ」
するとバーナードは苦笑いのままに先日の決闘で破損した訓練場の修繕や、自分の失態で騒ぎを起こしてしまった事への謝罪や処理に追われていたと説明しつつも扉を開き、扉と同じく絢爛な造りの部屋に置かれたソファーを見遣って望子たちに着席を促した。
「うわ、ふっかふかだよこれ。 みこ、おいで」
「うん!」
「ほっほ……茶菓子も用意しておるからのう」
開口一番、見るからに上質なソファーをてしてし叩いて呼ぶフィンの声に返事をした望子は、とてとてと小走りで近づきフィンに抱っこしてもらう形で座る。
まるで姉妹であるかの様な二人のやりとりを見ていたバーナードは、やはり疲れは身体に残っているものの微笑ましげな表情でその光景を見つめていた。
「──さて、用件を済ませる前に……まずはあの二人の事じゃが、結論から言えば一命は取り留めた。 我がギルドの救護班は優秀じゃからの。 まぁ……治療術と回復薬を使いに使って漸く、ではあるが」
その後、全員が腰を落ち着かせた事を確認したバーナードが、またも疲弊しきった表情を浮かべてワイアットたちが置かれている現状について説明する一方。
(よかった……で、いいんだよね)
亜人たちやアドライト、バーナードを守る為とはいえ、自分が手を掛けてしまった人が無事とは言えぬまでも生きていた事に安堵する望子とは対照的に──。
「……何で助けた? あんな奴ら相手に、そこまでしてやる価値がどこにあるってんだよ」
心の底から件の二人組を嫌っている為か、あの決闘の時と同じぐらいに低い声と冷たい視線で威圧する様にバーナードを睨みつけつつ彼の真意を問いただす。
「……儂は、ギルドマスターじゃからの。 どんな者であろうと冒険者を見捨てる様な真似は出来ん──」
するとバーナードは、あくまでもギルドの長であり冒険者たちの纏め役であるギルドマスターとしての立場から『それが儂の役割じゃ』とでも言いたげに、至って真剣な面持ちを湛えて首を振ったはいいものの。
「──というのは建前じゃ。 今回は決闘を認可した儂にも責任がある。 罪滅ぼしも兼ねてといったところじゃの……お主らにも随分と迷惑をかけてしもうた」
どうやら彼は思った以上に自らの失態を重く見ているらしく、ウルや望子に対して『すまんかった』と大きな上体を折り曲げつつ謝意を示してみせた。
「ふーん……で? 生きてるってことはあの二人、ちゃんと罰してくれるんだよね?」
「あぁ……実はのう」
そんな折、バーナードの謝罪には特に興味を示さなかったフィンが、小さな望子の頭に自分の顎を軽く乗せた状態でワイアットたちに処される筈だった罰則について尋ねると、顔を上げたバーナードが口を開く。
「……それこそが、呼び出した二つの用件の内の一つなんじゃ。 一命を取り留めたとは言ったが、あれは比喩でも何でもなくての。 辛うじて息があるというだけで口も聞けず、身体も動かせんときておっての……」
「つまり……仮に目を覚ましたとしても彼らは冒険者なんて続けられる状態にない、という事かな」
苦々しい表情で手元に置かれた羊皮紙──おそらくは診断書の様なものだろう──を捲りながらワイアットたちの現状について語る彼の言葉を継いだアドライトの発言を肯定する様にゆっくりと頷いた。
「一応、書類の上では降格という形になるが……実質的には意味のない罰則となってしまう。 このギルドへの出入り禁止も、こうなってしまっては──」
そして、もう一枚の羊皮紙──こちらは彼らの冒険者としての情報が記されているらしい──を机に置いて首を横に振りつつ『彼奴らが目を覚ますのを待つしかないの』とバーナードが深い溜息を溢していた時。
「……わたしのせい、なのかな……」
それを聞いていた望子はバーナードの沈んだ表情を見て……あの時、涙目になりながらも前に飛び出して土傀儡を……もといワイアットを蒼炎で焼いてしまったのは良くない事だったのではと考えて申し訳なさそうに俯き、そんな風に呟いてしまっていた。
「ミコ、それは違うぞ。 お主に一切の非はない。 むしろ、お主には感謝しておるんじゃ」
「え……どうして……?」
されど、そんな望子の呟きに対して彼は柔和な笑みを浮かべ、やんわりと否定しつつ礼を述べるも、当の望子は要領を得ず首をかしげてしまっている。
「もし、あのまま土傀儡を迎撃していたのなら……ワイアットは勿論、土傀儡に呑み込まれていたメリッサも命を落としておった筈じゃ。 そんな風に考えられるお主じゃからこそ、彼奴らは命を拾ったのじゃよ」
「……うん、ありがとう」
もう少し詳しく話して欲しそうな望子に対して、アドライトはともかくハピやフィンといった、あの場で力を見せていないウル以外の亜人の強さも見抜いたうえで、ほぼ確信に近い推論を口にしつつ『純粋な優しさを持つミコだからこそ』だと慰めた事により望子はゆっくり頷いて彼の気遣いに幼いなりに感謝した。
「っと、そうじゃ。 もう一つの用件なのじゃが……お主ら四人、正式に一党を組んで活動するのじゃろ?」
「ぅん? あぁ、そうだね。 それが何?」
その時、バーナードが不意に『パンッ』と自分の膝を叩き、望子たちを呼び出した二つ目の用件として彼女たちのこれからの活動について尋ねると、その直前まで望子を撫でていたフィンが反応して聞き返す。
「……もしかして、一党名の事かしら。 確か、あの時は名無しって呼んでたわよね」
「うむ、その通りじゃ」
その一方、彼の言葉に心当たりがあったハピが、決闘の際に彼が口にした珍妙な呼び名を思い出して確認するべく声をかけると、バーナードは彼女の言葉を肯定する様にこくんと首を縦に振ってみせた。
「すぐに決めろとは言わんが……一党を組む際、その名とともにギルドへ申請する兼ね合いでどうしても名前は必要になるんじゃ。 それに名が売れてくればそれだけで、これからも起こりかねん無用な騒動を回避する事が出来るやもしれんしのう」
「成る程ねぇ。 名前、名前なぁ……んー」
ただでさえ女性のみであるのに加え、年端のいかない少女までもが混ざっているこの一党が騒動に巻き込まれない方が不思議だと考えていたバーナードからの忠告じみた説明を受けた望子たち四人は、それぞれ首をかしげて腕を組み思案し始める。
これといって良さげな名前も思い浮かばず、『また後で考えるか?』とウルが提案しようとした時。
「──あぁ、それなら私に妙案があるよ」
「……妙案って、ほんとに?」
望子たちと違い特に悩む様子もないアドライトが人差し指を立てて自信有り気に笑みを見せるも、依頼をともにしたウル程に彼女を理解している訳ではないフィンは訝しげな視線を彼女に向けた。
「君たちの一党は亜人族三人に人族一人。 おまけに全員が女の子……随分と珍しい組み合わせだろう? 滅多に見ないと思うんだ。 だから──」
するとアドライトは望子たち四人それぞれに視線を走らせつつ彼女たちのメンバー構成の珍しさについて言及し、勿体をつける様にそこで一拍置いて、バーナードも含めた全員の視線が集中してから──。
「──『奇想天外』、なんてどうかな?」
得意げな表情を浮かべたまま……直感的に思いついたその名に関しての意見を求めるかの様に、凛々しい表情を湛えながらも可愛らしく首をかしげてみせた。
「……奇想天外、ねぇ……あたしは別にいいが……」
それを聞いたウルは『珍しいかどうかは知らねぇけど』と異世界における知識の無さを痛感しつつも、自分たちの持ち主である望子に意見を求める。
「ん〜……うん、いいんじゃないかな?」
少し思案する様な仕草を見せた後、望子が軽く頷いてからアドライトの案を採用すると決めた途端──。
「よし、決まりだな! あたしら四人の一党名は、この瞬間から奇想天外だ! 異論はねぇな!?」
「「おー!」」
先程までの怪訝そうな表情など何処へやらといった具合に、ウルが勢いよく立ち上がって一党名の決定を叫び、そんな彼女に望子とフィンが同調する一方で。
「お、お〜……」
亜人の中でも飛び抜けて大人びているハピだけは随分と気恥ずかしそうに頬を染めて、されど仲間外れにはされたくないからか控えめに声を出していた。
「……ふふ、超新星の名付け親なんて光栄だね」
無論、アドライトも先達らしくパチパチと軽く拍手をして、新たな一党の結成を祝福する。
「一党の申請は受付ですぐに済むからの。 それで儂の用件は終わりじゃ、わざわざすまんかったのう」
「気にすんなって。 じゃあ、またな」
そして、そんなウルとバーナードの会話を皮切りとして、望子たち五人はまたぞろとそれぞれ適当な挨拶を彼に返して応接室を後にしようと──。
──した、筈なのだが。
「あ……みんな、ちょっとさきにいってて」
「え、望子──」
その時、望子が何かを忘れでもしていたのか急に立ち止まって扉に手をかけたまま部屋を戻り、ハピが声をかける頃には既に扉は音を立てて閉まっていた。
「おじいちゃん」
「ん? おぉミコ、どうした? 忘れ物でも──」
一方、ソファーに腰掛けた状態でワイアットたちの診療記録を確認していたバーナードに望子が声をかけると、おじいちゃんと呼ばれた彼は少し……いや、かなり嬉しげな様子で戻ってきた理由を問おうとする。
「えっと……これ、あげる!」
「んん?」
そんな彼の問いかけに首を縦に振りつつ背負っていた鞄から小さな瓶を取り出し、その中に入った水色と黄色の入り混じった球体を手に取って差し出した。
「飴玉かの? いや、それにしては弾力が……?」
「んとね……これ、ぽーしょん? なの」
「回復薬? これがか?」
「うん!」
それを受け取ったバーナードが、その水玉……正確にはフィン謹製の蜂蜜水玉を掌に乗せたり指でつまんだりしていると、望子はフィンとの会話を思い返しながら瓶からもう一つ水玉を取り出し……食べた。
──あぶなくないよ、とでも言いたげに。
「つかれたときにいいんだよ、あとでためしてみて」
「……そうか。 ありがとうの、ミコ」
バーナードは自分を慮ってくれた少女の優しさに破顔し、艶のある綺麗な黒髪に手を乗せて礼を述べる。
「ぇへへ、じゃあまたね!」
用件を終えた望子は笑みを浮かべつつ手を振りながら、部屋の外で待つ仲間たちの元へ走っていった。
「ほっほ……まるで孫娘が出来た様じゃのう……どれ、早速──っ!?」
そんな望子を見送った後、早速それを口に含んでプチッと潰した瞬間、甘ったるい蜂蜜の味が広がると同時に……あろう事か彼の身体が淡く煌き始めた。
「これは……! 疲労どころか、古傷までも……!」
そして、その光が弱まる頃には溜まっていた疲れはすっかりなくなり……そればかりか、かつて冒険者時代に負った傷すらも綺麗サッパリなくなっていた。
「……まさしく、奇想天外じゃのう……」
……望子のお陰で疲れはすっかり取れたものの、別の意味でくたびれてしまうバーナードであった。
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