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愛され人形使い!  作者: 天眼鏡
第三章
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無知蒙昧な二人組

 ──聖女の秘術、勇者召喚サモンブレイヴによって異世界に召喚された後、王都サニルニアを出立し、不気味なサーカ大森林を蜘蛛人アラクネの案内で通り抜け、そしてドルーカの街にて魔道具店主の狐人ワーフォックスを始めとした三人の亜人族デミに自分たちの素性を明かす事となった勇者一行。



 ……いや、もう少し正確に言うのであれば。



 王都を襲撃した魔族の軍勢及び魔王軍幹部の一人を討滅し、森の奥深くで悪の因子の発生源となっていた粘液生物ブロヴを消滅させ、ドルーカ前の草原にて超巨大な蚯蚓の魔蟲を撃滅せしめた召喚勇者一行は今──。



「「「──乾杯!」」」

「かんぱーい!」



 ドルーカの街の冒険者ギルドに併設されている酒場にて、何度目かも分からない上機嫌な掛け声を上げながら、それぞれが手にした飲み物をち合わせる。


 リエナから触媒となる魔道具アーティファクトを受け取ってから一週間、三人の亜人ぬいぐるみたちは望子を連れた状態でいくつかの依頼(クエスト)をこなし……その結果、原石等級ストーンクラスだった望子は黒曜等級オブシウスクラスへの昇級を果たしていた。


 ……どうやら今日は、その祝いの席であるらしい。


「んぐっんぐっ──ぷぁーっ! 美味ぇ!」

「……惚れ惚れするくらいに良い飲みっぷりね。 無事に依頼クエストを遂行出来て嬉しいのは分かるけれど」


 そんな折、ウルが周りなど全く配慮せずに麦酒エールを呑み干し、からになったジョッキをテーブルに勢いよく置いて満面の笑みを浮かべる彼女に対して、ハピは煉瓦色の葡萄酒ワインの注がれたグラスを片手にニッコリと微笑みつつ『呑み過ぎないでよ』と釘を刺す。


「ふへぇ……うんうん、酔っ払って迷惑かけちゃうのはあれだもんねぇ。 ね、みこ」

「んくんく……ぅん? ぷは、そうだね。 のみすぎちゃだめだよ? めいわくもかけちゃだめだからね」


 その時、フィンが口の端についた蜂蜜酒ミードをペロリと舐めとりながら隣に座る少女に話を振ると、残念ながら異世界においても未成年として扱われる望子は、サーカ大森林で収穫した柑橘系の果実を持ち込んで作ってもらった甘橙汁オレンジジュースを可愛らしい動作で飲みつつ、すっかり顔を赤らめていたウルに注意喚起をした。


「んぐ? あぁ、わーかってるって! ほら、肉とかもちゃんと食ってるから大丈夫だぜ!」

「……完全に酔ってるわねこの

「後で誰が運ぶのか分かってるのかな」


 しかし、折角の望子からの忠告を聞いているのかいないのか、ウルは歯形のついた大きな骨付き肉を片手に持って、『うはは!』と大きく口を開けて笑っており、そんな彼女を見ていた他二人の亜人ぬいぐるみは完全に自分たちの事を棚に上げて呆れていたのだが。


「……なにかあったら、そのときは……ぬいぐるみにもどしちゃうからだいじょうぶだよ。 ふふ」


(……何か、逞しくなったと思わない?)

(触媒あれのせいかな……まぁ悪い事じゃないよ)


 そんな中、とても八歳児には似つかわしいとは言えない、どこか妖艶な笑みを浮かべる望子が発した言葉を聞き逃さなかった二人は、ふと望子の首に下げられた運命之箱アンルーリーダイスという名のリエナが調整を済ませた触媒を視界に入れて、こそこそと呟き合っていたのだった。



 その後、すっかり日が暮れてしまった為に望子たち四人も食事を終えて席を立とうとした……その時。



 ──バンッ!



 先程のウルよりも更に周囲に配慮する気が微塵も感じられない大きな音とともに、ギルドの扉がひらく。



「──おい、おいおいおい! 何で冒険者ギルドにそんな餓鬼がいやがるんだぁ!?」

「……あぁ?」


 扉を開けてすぐに望子の姿を視認し、わざわざ酒場中に聞こえる様に喚き始めたのは、ごてごてとして無駄に派手な金色の鎧を身に纏った茶髪の青年だった。


 そんな彼の罵声に酒場がしんと静まり返る一方、負けないぐらいの大きな音を立てて乱暴にジョッキを机に置いたウルが三人の亜人ぬいぐるみの中で真っ先に反応し、地を這う様な低い唸り声を上げて威嚇する。


 ……望子の事を言っているのだと、確信したから。


「ちょっと聞いてるの? そこの小娘」

「ひぅっ!? い、いや、あのっ……」


 ひるがえって、ウルの威圧が届いていなかったのか、はたまた気づかない程に鈍感なのかは分からないが……その青年の横に立ち、やけに露出の多い魔術師然とした装備の赤髪の女性が望子を指差すと、ただでさえ先程の扉がひらく大きな音に怯えていた望子は、より小さく縮こまって涙目になってしまっていた。


「はっ、ここのギルドマスターは元金等級(ゴールドクラス)だって聞いたからよぉ。 冒険者どもも粒揃いかと思ってたが……餓鬼と仲良しこよしで遊んでるだけとはなぁ!」


 そんな風に怯えている望子を見て鼻で笑った青年はといえば、ついでとばかりに酒場で呑んだくれていた全ての冒険者たちを煽る様に叫ぶと、酔っぱらっている者もそうでない者も含めた冒険者たちが──。


「何だぁいきなり入ってきてよぉ!」「馬鹿にしてんのか!?」「表出ろこの野郎!」「私たちのミコちゃんを悪く言わないでくれる!?」「そうよそうよ!」


 彼らに向けて口々に非難……或いは望子を庇う様な発言をした事で、酒場は喧騒に包まれてしまう。


 この一週間で彼女たち四人……特に望子が幼いながらに頑張って冒険者としての仕事をこなそうとしていたのを、ここにいる冒険者たちは知っていたから。


「「「……」」」


 ……そんな中、亜人ぬいぐるみたちは沈黙を貫いていた。


 無論、ただ黙っている訳ではなく……ある者は自身の爪を赤熱させて威嚇し、ある者は皿が浮かびかねない程の風を纏い、またある者は望子を慰めながらも兵器とまで称された自身の触媒を展開せんとしている。


 ……この場にいる誰よりも、怒りを覚えていた。


 まるで『てめぇら雑魚に用はねぇ』とでも言いたげに未だ騒ぎ立てる二人に対し……いい加減、我慢の限界だと亜人ぬいぐるみたちが攻撃を開始しようとした瞬間。


「その辺にしておく事だよ」

「あぁ……?」


 喧々轟々といった酒場に透き通る様な声が響いた事で、聞き覚えのある冒険者たちは瞬時に静まり返る。


 一方、ドルーカを訪れたばかりという事もあり、その声に聞き覚えのなかった青年が、『何か文句があんのか?』と、そんな感情を込めて振り向くやいなや。


「っ!? あ、アドライト!? シルバー等級クラスの……!!」


 流石に上位三等級の冒険者である彼女の事は知っていたらしく……目を見開いて驚く片割れをよそに、自分より等級クラスが上なのだろう森人エルフの名を口にした。

 

「……そういう知識だけはあるみたいで何より。 力を持て余しているのなら、私が相手になろうか? 紅玉スピネルのメリッサと、ブロンズのワイアット、だったかな」

「……はっ! 俺らも有名になったもんだなぁ! 光栄だぜ、銀等級シルバークラス様に名を知られてるなんてよ!」


 名を呼ばれたアドライトは嬉しそうな様子もなく呆れた表情で彼らの名前と等級クラスを言い当てたが、ワイアットと呼ばれたその青年は彼女の言葉に気を良くしたのか、わざわざ声を大にして醜悪な笑みを見せる。


「まぁね。 ある程度の力を持つ冒険者の事は頭に入っているよ──性格や素行は悪くとも、ね」

「……ふん、人の事を言えるのかしら。 貴方だって冒険者稼業より女遊びに精を出してるんじゃなくて? 誉れ高き銀等級シルバークラスが聞いて呆れるわね」


 そんな彼を心から蔑む様に睥睨しつつ、アドライトが舌でも打たんばかりの不機嫌な声音で、暗に『分不相応だ』と告げた事により、アドライトを男だと思っているのだろうメリッサと呼ばれた女性は、お淑やかさの欠片もない歪んだ笑みで彼女を煽っていた。



 ──その、瞬間。



「ははっ、全くだな! このギルドの連中は全員あの餓鬼と同じレベルの──がっ!?」

「──ぅ、ぐぅっ!?」


 ワイアットが望子を指差し更に罵声を浴びせようとしたのだが、そんな彼とメリッサにいつの間にか接近していたらしいウルが二人の首を片手で絞め始めた。


「もういい、これ以上その臭ぇ口開くんじゃねぇ」


 怒髪天を突く程の怒りに震えている筈の彼女の表情は最早、怒気など通り越してしまったかの様な無表情となっており、一切の魔力も纏わせぬままにググッと彼らを持ち上げて引きちぎらんばかりに爪を立てる。


「はな、ぜぇ……! ごの、やろ……」

「か、はぁっ……! や、やめ……」


 歴戦の猛者たるアドライトすらも驚く程に的確に首を絞め、ウルが高身長という事もあって足が着かない高さまで吊るされた彼らは潰れた声しか出せないでおり、我関せずといった他二人の亜人族デミやおろおろとする望子、そして冒険者たちが息を呑んで見守る中。


「──そこまでじゃ」

「っ!」


 そんな嗄れた声とともに彼女の肩に強い衝撃が走った事に、あまりの怒りで何某かが接近していた事に気がついていなかったウルは思わず驚き、吊るし上げていた二人をドサッと床に落としてしまう。


「今頃出てきて何の用だ? ギルドマスターさんよ」


 自分の肩に大きな手を置いているのが誰かを分かったうえで振り返ると……そこには比較的長身のウルでも見上げなければならない程に背の高い白髪の老爺である、ギルドマスターのバーナードが立っていた。


「そやつらが悪いのは分かっておるが、ギルド内での揉め事は勘弁してほしいのぅ」

「──げほっ、あ、あんた、ギルドマスター?」

「……っぐ、俺たちはブロンズ紅玉スピネルだぞ! こいつの免許ライセンスを剥奪して……いや奴隷落ちぐらいまで──」


 一方、彼はウルを宥めつつも白い顎髭を扱きながらギロリとくだんの二人に視線を向けると、バーナードの存在を……そして、ウルの発言から彼がギルドマスターである事を認識した二人は鬼の首でも取ったかの様に等級クラスを強調し、ウルに対しての罰則を求め始める。


「何故じゃ? 先程も言うたが、悪いのはお主らの方じゃからのぅ……ギルド内での無用な諍いと冒険者への誹謗中傷……実に目に余る行為じゃ。 まぁ剥奪とまではいかんが……当ギルドへの出入禁止と、それぞれ三等級(クラス)ずつの降格とさせてもらうかの」

「「はぁ!?」」


 だが、バーナードは表情一つ変えずに静かな声音で彼らの所業を自覚させる様に語りつつ……何なら軽めにも軽めにも感じる罰則の適用を宣言するも、どうやら完全に予想外だったらしく、彼らにとってはあまりに無体なその展開に驚愕の声を上げていた。


「ざまぁねぇな」

「「……っ!」」


 そんな三人のやりとりを見ていたウルが真顔のままに鼻を鳴らして嘲笑うと、ワイアットとメリッサは割と整った顔を真っ赤にしつつ青筋を立てる。


「ふっ……ふざけんな! そんなの認められるか!! おいてめぇ! 決闘だ! 俺たちと決闘しやがれ!!」

「は? 決闘?」


 そして、彼ら二人を代表する様にワイアットが、ガラガラと怒りによってしゃがれてしまっていた声とともに、力強くウルを指差して決闘の申し出を宣言した。


 一方、決闘という言葉の意味は知っていても、『何でそんな事しなきゃいけねぇんだ』と疑問を持って首をかしげるウルを見かねたのか、いつの間にかバーナードの横に立っていた受付嬢のエイミーが──。


「冒険者同士の間で争いが起きた場合、力で解決する為の制度は確かにあります。 それを決闘と呼ぶのですが……今回の場合の様な上位の方から下位の方への決闘の申し出は基本的に不可能で──」


 どうやらピンときていないらしいウルに解説すると同時に、ワイアットとメリッサ……問題を起こした当人である両名を諭す様に決闘の存在とその制度を言い聞かせるも、それを聞いたメリッサは目を見開く。


「黙りなさい! あんな亜人族デミなんかにここまでコケにされて引き下がれる訳ないじゃない!!」

「……っ」


 冒険者としての相棒だからなのか、それ以上の関係にあるからかは分からないが……完全にワイアットと同意見らしい彼女が食ってかからんばかりに唾を飛ばして叫んだ事で、エイミーは思わず怯んでしまう。


「……あたしはいいぜ。 その代わり二対一だ。 お前らの相手はあたし一人でやる──いいだろ?」


 そんな醜い二人を冷ややかな瞳で見遣っていたウルは、どこまでも自信満々の様子で決闘の条件を提示しつつ二人の仲間たち……ハピとフィンへ目を向ける。


「別にいいわよ? しっかりズタボロにしなさいね」

「ボクもいいよ。 そいつら弱そうだし」


 すると彼ら自身には全く興味もなく、ただ単に望子を蔑んだ事だけが許せないでいた二人は、『頑張ってね』とヒラヒラと手を振り、ウルに任せる事にした。


「クソが……っ! どこまでもこの俺を馬鹿にしやがって……! おい、これで成立しただろ!?」

「……良かろう。 では明日の正午、ギルド裏の訓練場にて決闘を執り行う。 双方、遅れぬ様にの」


 そんな彼女たちの言い草で更に顔を真っ赤にしたワイアットが静観していたバーナードに叫び放つと、彼は唸って少し思案する様子を見せてから、威厳のある低い声音で粛々と決闘の場所と開始時刻を告げる。


「おい人狼ワーウルフ! 降参なんて許さねぇ、腕や脚の一本や二本失う覚悟をしてやがれ!! おい行くぞ!」


 その後、銅等級ブロンズクラス相応の鋭い眼光でウルを睨みつけながら彼女に対して捨て台詞を吐いたワイアットが、メリッサを引き連れてギルドを後にした……その瞬間。



「「「──うぉおおおおおおおお!!!」」」



 新人冒険者であるウルの啖呵に酒場中の冒険者たちが沸き立っており、『頑張れよ!』と心から彼女を鼓舞する者もいれば、『ちょっと等級クラスが高いからってよぉ』とワイアットたちを非難する者もいた。


「お、おおかみさん……」

「ん? どうしたミコ」


 そんな中、思い出しても腹が立つ先程の彼らの発言に舌を打っていたウルに対し、おそるおそるといった具合に望子が声をかけると、途端に表情を笑顔に戻したウルが望子に目線を合わせて二の句を待つ。


「……わたしのために、おこってくれたんでしょ? ありがとう。 でも、あぶないことはしないでね?」

「っお、おぅ! へへ、気にすんなって! ミコを守るのがあたしの役目だからな!」

「……うんっ!」


 どうやら望子は自分の為に腹を立ててくれた事が嬉しかったらしく……『きをつけてね』と注意はしつつも礼を述べた事で、ウルがその愛らしさに思わず望子を持ち上げてから抱きしめる一方、望子もウルにぎゅっと抱きついて笑みをこぼしており、そんな微笑ましい光景に冒険者たちはほっこりしてしまっていた。


(……ふふ、尊いね)


 ……もしかするとアドライトだけは、抱いている感情の方向性が違っていたかもしれないが。

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