幾年も離れていた様な
オルコやグレース、並びに両ギルドに属する組合員たちに別れを告げた望子たちは、そのまま海から山へと歩き出し。
「おぉ……! 何つーか、たった数日しか経ってない筈なのに長旅にでも出てた気分だ……! 婆様もそう思わないか!?」
リフィユ山の頂上付近に位置する、背が高く頑丈な木製の柵に囲まれた翼人の集落に辿り着いたルドは、まるで幾年も故郷を離れていた旅人の様な感嘆の言葉を漏らし、肩に留まる祖母に同意を求めたが、当のスピナはただ溜息を溢す。
『そりゃあ、アンタが集落以外を知らなかったからさ』
「ど……どういう事だ?」
『この数日間に起きた出来事は、アンタにとっちゃあ良い意味でも悪い意味でも実に新鮮だったろう? アンタが真に集落を治める頭領になる為にゃ、こういう経験が必要だってアタシゃ常々思ってたんだ。 もし仮に、アンタがあの鳥人に惚れてなかったとしてもアタシはアンタを外に駆り出してたよ』
「……だからあんなに乗り気だったのか──」
掻い摘んで言えば、『集落の外で起きる森羅万象に触れずして頭領を任せ続けるのは些か不安が残る』、『ルドに経験を積ませる為に必要な何らかの契機を探っていた自分としては魔王との戦はこれ以上ない好機だった』という事らしく。
仮に此度の戦がなかったとしても、或いは戦に加わる事が出来なかったとしても、いずれ集落の外へ叩き出してでも何らかの試練を与えていたと語る祖母による厳しさ満点の言葉に、『敵わないな』と改めて先々代頭領への畏怖を抱く中。
「──戦の後にしては思ったより元気ね、ルド」
「か、母様……!」
「頭領! スピナ様! 無事のご帰還お慶び申し上げます!」
「「「お帰りなさいませ!!」」」
「お前たち……!」
柵の外で繰り広げられていた会話を耳にしたからか、それとも見張りを担っていた翼人の目に留まったからか、いずれにせよルドたちの帰還を知ったルドの母親にして先代頭領のレラと、レラに追従する形で姿を現した集落の民たちからの出迎えの声に、ルドが大手を挙げて応えていくその一方で。
『『『グルルアァ!』』』
『グルル……』
「あっ……」
翼人たちの真上から急降下する様に現れた三頭の小さな鷲獅子と、そんな三頭とは対照的にふわりと優雅に降り立った一頭の大きな鷲獅子の登場に望子の顔から血の気が引く。
断じて恐怖した訳ではない。
何しろ望子は、その四頭に会った事があるのだから。
前に会った時より少し成長した、ニヒ、ガラ、セールと。
エスプロシオの妻にして三匹の仔の母、アウラ。
そう、この四頭はエスプロシオの家族。
先の戦で命を落とした、エスプロシオの家族。
かの戦場において仲間を庇って戦死を遂げた勇猛な鷲獅子の番と忘れ形見が今、何かを探して辺りを見回しているが。
……見つかる訳がない。
お目当ての鷲獅子は、もう──。
「──死んでしまったんだね? エスプロシオは」
「っ、え……!?」
『『『グルッ!?』』』
「親父……知ってたのか……?」
「うん、実は──」
望子たちにとっては何とも居た堪れない空気の中、掻き分けるのではなく自然と出来た道を通って集団の奥から現れたルドの父親、ルイーロが口にした誰にとっても幸せにはならない真実に子供たちは勿論、望子とルドまでもが目を剥く。
まだ話してもいないのに、と。
どうやら彼は、いつもは門番や見張りを担っている二人の翼人、望子たちとも顔見知りのブライスとアレッタを伴って危険極まる鳥型の魔獣を間引く作業をしていたらしく。
作業終了後、リフィユ山への侵入者の存在とその詳細が判明したまでは良かったものの、ルドやスピナが居るのにエスプロシオだけが居ない事にルイーロは違和感を抱いており。
まさか、と嫌な予感はしていても実際に確認してみるまでは何とも言えないと考えてすぐに戻って来て今に至る様で。
「……ごめんね、みんな……しおちゃんは、あなたたちのおとうさんは、まおうとのたたかいでしんじゃったんだ……」
『『『グルルゥ……』』』
「たすけてあげられなくて、ほんとうにごめ──」
事実、魔王との戦の最中に命を落としてしまっていたエスプロシオの死を、その妻の子供たちに伝えるというあまりに残酷な役目を率先して担った望子の謝罪を受け、三頭の子供たちが先刻までの元気など見る影もない程に傷心する中。
『──グルル、ロロアァ』
「え……?」
誰より傷つき、悲哀に暮れてもおかしくない筈のアウラが望子に目線を合わせ、何らかの意味を持つ声をかけてきた。
勿論、鷲獅子でない望子には伝わらなかったが。
「『謝らないでほしい、あれは元々大切なものの為に命を張れる男だった。 だから貴女のせいじゃない』──ですって」
「……っ」
古きに亘り鷲獅子と深い繋がりを持つ翼人がその鳴き声の意味を理解するのは自明であり、レラが訳したアウラからの誇らしげな赦しの言葉に望子が更に申し訳なくなる一方。
「……そもそも、謝るってんなら俺の役目だ。 すまねぇ、アウラ、ニヒ、ガラ、セール。 俺が、守るべきだったのにな」
『『『〜〜ッ、グルルオォ!』』』
「……そうだな。 前を、向かねぇと」
先んじて望子に謝らせてしまった時点で失態も失態な気はするが、アウラの心情がどうであろうと頭領たる自分が頭を下げなくていい理由にはならないと断じて謝罪するルドに対し、子供たちは涙を流しつつも彼の元に集って声をかける。
偉い人は簡単に頭なんて下げちゃ駄目なんだよ、と。
僕たちがお父さんの分まで強くなるから、と。
気持ちまで後ろ向きになっちゃってるよ、と。
実際にはもっと簡単な言葉だったが、だからこそ純粋さを帯びた励ましを受けたルドは頬を強めに叩いて立ち上がり。
「聞け、翼人よ!! 今宵は俺と婆様の帰還とミコたち一行の再訪を祝しての宴と、エスプロシオの死を悼んでの葬儀を行う! 時間はないぞ、各々無駄なく速やかに行動せよ!!」
「「「りょ……ッ、了解!!」」」
『『『グルルアァ!!』』』
二つの祝いを込めた宴と、一つの弔いを込めた葬儀、これらを行う為の食材調達や簡易建築、段取りを急げと指示された集落の民たちが呆気に取られたのはほんの一瞬であり。
直後、頭領の的確な指示で全員が動き始めたのだった。
(……ルドが惚れてる鳥人、何で人形のままなのかしら)




