謝罪と追悼
オルコが演劇か何かの様に話を進めていく事およそ数分という短時間で、ショストの民の感情は大きく変わっていた。
ある者は正しく劇の観客であるかの如く心躍り。
ある者は組織の纏め役や救世主の死を哀しみ。
またある者は小さな勇者の武勇伝を『大袈裟な』と訝しんでいたが、そんな彼らも数分後には認識を改める事となる。
認識を改めるに至る最大の要因は何だったのか。
異世界からやって来たという小さな勇者、望子の存在か。
ファタリアと並ぶ組織の長、オルコのカリスマ性か。
千年以上も生きる最強の亜人族、リエナの風格か。
……否、断じて否である。
ショストの民がオルコの話を、延いては異世界から召喚された勇者の功績を信ずるに至った最大の要因、それは──。
「……数十年に亘り、この町と翼人の交流を支えてきた貴女が言うのであれば間違いないのでしょうね。 スピナさん」
『信じてもらえて嬉しいよ、長生きの甲斐ありってモンだ』
百年前の戦で火光に劣らぬ活躍をした翼人にして、かつては瑞風と呼ばれ恐れられた亜人族、スピナの存在だった。
歴史上、最も長く魔族の脅威として立ちはだかった亜人族と言えば間違いなくリエナなのだが、その実リエナの活躍や存在を詳細に知っている者は意外と少なかったりする様だ。
何せ、リエナの最盛期は千年前の戦にて発揮されており。
今を生きる者たちにとって、かの戦が過去の出来事でしかない以上、百年前の戦の方がまだ周知されているらしく。
そこで大きな戦果を挙げたスピナの方がメジャーな存在である事に加え、ショストにとっては山と海を繋ぐ顔役の様な存在でもあった為、話に信憑性を持つに至ったとの事で。
「……ショストを代表して、お詫びを申し上げます。 この町のみならず、この世界の救世主である勇者様とそのご一行を罵るなどという愚行……大変、申し訳ございませんでした」
「「「本当に、すみませんでした……ッ」」」
「「「すまねぇ、悪かった……!」」」
「わ、わたしはきにしてないから……」
納得したからこそ、理解したからこそグレースを始めとしたショストの民は望子たちを何の根拠もなしに非難してしまった事を謝罪、当然ながら別に怒っていた訳ではない望子がそれを許すという一連の流れがちょうど終わった頃合いに。
「さぁて! やっと相互理解も済んだ事だし、俺ァ速やかにファタリアを弔ってやりてぇ! だが残念な事にアイツは遺体はおろか遺品の一つも残さず消えちまった! ッつー事で──」
パン!! と空気を震わせる程に大きく手を叩いて注目を集めたオルコは、これから何を差し置いてもやらねばならない事として〝ファタリアの葬儀〟を挙げるも、遺体や遺品がない事から普通の葬儀では適さないと告げつつ一呼吸置き。
「──俺らの流儀でアイツを見送る! 〝海精霊流し〟だ!」
「「「……!! 応ッ!!」」」
「海精霊流し……?」
異世界出身の望子はおろか、レプターやローアでさえ聞き馴染みのない何らかの儀礼の準備を速やかに始めたショストの住民たちに困惑する中、歩み寄ってきたグレース曰く。
「海精霊流しとは、この町に古くから伝わる葬礼の儀の事でして。 死者の遺体や遺品が残されていない場合、死者を模した人形を小さな舟に乗せて海へ流し、海を司る神の使徒であり海の秩序を守る精霊に捧げる事で以て弔いとするのです」
「ふむ、何とも興味深い儀式であるな」
「……っ」
「ミコ嬢? 如何した──」
人形──望子の認識ではぬいぐるみで死者を模り、それを乗せた舟を沖へと放流して見えなくなるまで見守る儀式であるらしく、ショストでしか行われていないが為に知る由もなかった珍妙な催しにローアの知的好奇心が働く、その一方。
何かを思い至った望子がローアの声も無視して駆け出し。
足を止めたのは、ファタリアの人形を今から作ろうとしていた冒険者ギルドの受付嬢たち、取り分けセリーナの近く。
一体、何を言い出すのかと思えば──。
「──あ、あの……それ、わたしがつくってもいい……?」
「えっ? ギルドマスターの、人形を……?」
ファタリアの人形を作らせてほしいというお願いだった。
……おそらく、望子なりの贖罪の表れなのだろうが。
「あぁ、そういやミコは勇者でもあるが人形使いでもあったんだったか。 いいんじゃねぇの? ミコに任せてみてもよ」
「……そう、ですね。 お願い、出来ますか?」
「っ、うん!」
オルコは建前上この少女が冒険者として人形使いを名乗っていた事をファタリアから聞いていた為、望子の胸中にある罪悪感はともかく好きにさせてみてもいいだろうと納得させ、セリーナたちが見守る中、望子は針と糸を顕現させて。
「ふぁたちゃんを、いちからつくろう──『そーいんぐ』」
「……綺麗……」
父親である勇人が望子の肉体を借りて発動していた能力を用いて原寸大かつデフォルメされたファタリアを形成していき、黄金と白銀に彩られた光景の美しさにセリーナたちのみならず他の作業に携わっていた住民まで目を奪われる中。
「……できた。 これで、どうかな」
「……あッ、か、完璧です!」
「この小ささ、愛らしさ……どこを、取っても……」
「……うぅッ、ギルドマスター……」
光の収束と共に完成と相成った小さなぬいぐるみの素晴らしさに、セリーナたちの哀しみが奇しくも余計に増す一方。
望子の手にはもう一つ、違うぬいぐるみがあった。
「ミコ様……もしや、こちらの人形は……」
「……うん、かなさんだよ」
「カナタの弔いは済んでいますが……」
「だめかな……?」
「ッ、いえ、私が頼んでみましょう」
そう、聖女カナタを模したぬいぐるみである。
ヴィンシュ大陸にて既に葬儀を終え、ここに亡骸もないカナタのぬいぐるみまで捧げる意味はないのだが、それでもカナタは疑いようもなく望子に並ぶショストの救世主の一人。
その証拠に、この儀礼の神官を担う二人の少女はレプターからの頼みに驚き、カナタのぬいぐるみを手に泣いていた。
悲哀以上の、感謝の意を胸に──。
それから数時間程が経過した黄昏時、急拵えとは思えぬ程の完成度を誇る小型の帆船に乗せられた二つのぬいぐるみが夕日に照らされ朱色に染まる近海から沖合へと緩やかに流れていく光景を、誰もが片時も目を離す事なく見守り続け。
「カナタも、きっと喜んでいますよ。 ミコ様」
「……だと、いいな」
何の気休めにもならなかろうが、言わずにはいられなかったレプターからの気遣いに、望子はただ頷くしかない。
喜んでいるかどうかなんて、分からない。
カナタはもう、どこにも居ないのだから。
けれど、それでも──。
(……いつか、むこうであえたらいいね。 かなさん)
そう願わずには、いられなかった。




