疲弊し眠る勇者を連れて
それから数分程、声を上げて泣いていた望子だったが。
「……」
今はただ、ぐっすりと眠りについている。
魔王との戦で力を使い果たしたからか、ここに至るまでの旅の疲れが噴き出したからか、それとも単に泣き疲れてか。
或いは、その全てを原因としているのかもしれない。
声をかけても、揺さぶっても起きる気配はなく。
無理やり叩き起こせば目覚めるのかもしれないとは思うものの、この世界の救世主の安眠を妨げるのもどうなのか。
ゆえに一行は、レプターの一言之守による結界を用いて魔大陸だったこの地を保全した後、魔王との戦闘の余波を受けて推進装置が大きく破損していた三素勇艦に搭乗、スピナとルドが発生させる風力にて三素勇艦を動かし、大陸を脱出。
おそらく望子が元の世界へ帰還する為の鍵となる何かがあるのだろう場所が位置する、ガナシア大陸へ直行する前に。
望子が異世界から召喚された勇者であり、かつての魔大陸へ魔王討伐へと向かった事を知る数少ない者たちが今も暮らすヴィンシュ大陸の港町、メイドリアへ立ち寄る事にした。
彼らに、この世界が救われたという事を報せる為に。
救ったのが、この愛らしい少女であると伝える為に。
そして今、一行はメイドリアの港へと船を着け。
「──おい! あの船、やっぱり……!」
「あぁ間違いねぇ! アイツらだ!」
「おーい、こっちだこっち!」
並の帆船とは比較にならない大きさゆえ、その接近に早くから気づいていた人々の声を受けて下船し、そのまま町へ。
村と言った方が的確な小規模極まる港町の中央に位置する集会所にて、ウォルクという名の老爺と再会を果たした後。
初対面とはいえ年長者、最も道理を知っていると言っても過言ではないリエナに任せ、かの地で起きた全てを明かす。
幼き勇者が、かの魔王を討った事実を含めた全てを──。
「──……そうか、そうじゃったか……ほんの数時間前まで世界が終末を迎えようとしておるのじゃと思うておったが」
「あぁ、もう魔王の脅威は去った。 この子が勝ったんだ」
「……どうじゃ? クァーロ。 次期村長よ」
町長、もとい村長であるウォルクからすれば青天の霹靂。
魔王討伐へ向かうとは知っていても、この幼き勇者を始めとした一行が本当に魔王を倒せるかどうかは半信半疑だった事は言うまでもなく、【真偽】の恩恵を持つ若人であり既に次期村長となる事も確定しているらしいクァーロに確認を取ってしまうのも致し方ない事と言えなくもなかったものの。
「……嘘はついてねぇ、この世界は……救われたらしい」
「そうか……そう、か……ッ」
「お、おい大丈夫かよ……!」
「すまぬ、これまでの苦労を偲ぶとの……」
彼の口から出た『真である』という言葉を聞くやいなやウォルクは、その光を失った瞳から僅かな涙を流して俯き、救世を知った今だからこそ過去の犠牲や苦労が脳裏を過って仕方ないのだと語る老爺を慮って背中を摩ってから数十秒後。
「……そうじゃ、急ぐのでなければ是非この村で身体と精神を存分に休めていってほしい。 宴の一つも催したいからの」
「あー……そりゃありがたいけど、この子次第──」
望子が救世主である事を周知出来ないなら尚の事、全てを知る自分たちくらいはと歓待を申し出たが、この場においては部外者と言っても差し支えないリエナの一存で決める訳にもいかず、望子が目覚めてからだと返そうとしたその時。
「──あ、あの……カナタ様は……聖女カナタ様は……?」
「「「……」」」
「ま、まさか……ッ」
「……ご想像の通りさ」
「そん、な……」
一人の少女が、カナタの死活についてを尋ねてきて。
その質問に対する答えが〝沈黙〟だった時点で察せられた様だが、追い討ちをかける様にそれを肯定された事で修道服を召した女神官──ファルマがガクンと膝から崩れ落ちる。
ここメイドリアで唯一、望子を除いた召喚勇者一行と共に植物を司る女神ダイアナの厚き加護を受けた神官である彼女は、聖女であるカナタを神の様に崇めていた節があり。
そんな聖女との再会が叶わないばかりか感謝の言葉の一つも伝えられず永遠の別れとなってしまった事に、まるで少し前の望子と大差ない程のショックを受けている様に見えた。
普段は如何なる状況にあっても気丈に振る舞いがちな彼女を慮り、メイドリアに住まう女性たちがファルマを気遣い。
嗚咽と落涙が止まるまで、およそ三分程を要した後。
「……リエナさん、と仰いましたね。 ミコさんが目覚めておられない以上、貴女が責任者という事でよろしいですか?」
「大抵はね。 けれどもし、あの聖女の話がしたいなら──」
上述した通り最年長のリエナに対し、ファルマは何らかの頼み事でもしたげな様子で確認を取ろうとするも、当のリエナは彼女が口走ろうとしている事が〝聖女カナタに関連する何か〟であると見抜いた上で左後方へゆるりと腕を伸ばし。
「──この龍人、レプターに話を通すといい」
「ッ、私に……?」
「アンタ、あの聖女と友人だったんだろう?」
「……ッえぇ、その通りです。 無二の、友人でした……」
その美しい腕からは考えられない程の力で手繰り寄せられたレプターに、カナタにとって数少ない友人だった龍人に話せばいいと返され、こちらの内情に詳しいとは言えないファルマはともかくレプターはその瞬間こそ驚いていたが。
無二の友人、その表現には比喩も誇張もなく。
他でもない火光が任せてくれている事もあって断る理由などないとばかりにリエナの隣に座し、この神官の話を聞く姿勢を整えたレプターに、ファルマは『では』と一呼吸置き。
「世界を救っていただいた上で、なお物願いなんて烏滸がましいとは分かっていますが……! どうか、カナタ様の弔いはこの地で……! そして、私にお任せ願えませんか……!?」
「……何?」
聖女の葬送を、己に一任してもらえないかと乞うてきた。
一生のお願い、そう言わんばかりの勢いで──。




