世界に代わっての──
そして今もなお、ウェバリエたちの遺体の傍に寄り添ったまま微動だにしない望子へと近寄る上背の高い影が一つ。
「ミコ。 哀しんでるところすまないけれど、いいかい?」
「ッ、リエナ殿! 今は……!」
この場で誰より早く望子と出逢い、そして誰より望子を慮っていると言っても過言ではないレプターが制止しようとするも僅かに遅く、リエナは悲哀に暮れる望子の背後に立ち。
「……いいよ。 どうしたの? おししょーさま」
今は邪魔するべきではない、と望子を案じたがゆえのレプターの判断とは裏腹に、まるで幽鬼の如き蒼白な顔を向ける望子に対し、リエナは従者が主に向ける様な跪き方で座る。
「魔族や邪神に所在を悟られぬよう、あんたの正体は今の今まで殆ど秘匿──隠されてきた。 あんたが召喚勇者だって事も魔王を倒したって事も知らしめられない、だから……」
その恭しい姿勢のまま語り出したのは、これまでの道中でこの愛らしい黒髪の少女が『異界からの召喚勇者だ』という事実を正面切って伝えた事例があまりに少なく、そのせいで『誰が魔王を討伐し、この世界を救ったのか』を広く世界に喧伝する事が出来ない、出来たとしても大半の者たちには信じてもらえないという活躍に見合わぬ結果になるという点。
とはいえ元々、望子はこの世界をいきる人々相手に見返りを求めていた訳ではなく、ただ『愛する母が待つ家に帰りたい』一心で戦ってきたのだから、それについて文句はない。
「この世界に生きとし生ける者全てに代わって、感謝させてほしい。 あんたの〝強さ〟と〝優しさ〟と、そして──」
……だが望子になくとも、リエナにはあった様で。
「──嬉しくはないかもしれないけどね、あの魔王すら魅了する〝愛らしさ〟で世界は救われた。 本当に、ありがとう」
「……ミコ様、私からも感謝の意を……」
「「「……」」」
勇者としての強さ、両親譲りの優しさ、そして望子自身が持って生まれた愛らしさ、どれか一つでも欠ければ世界は闇に染まっていただろうと確信しているリエナと、それに呼応するかの様に頭を下げた生き残りから謝意を示されるも。
「……うん……どう、いたしまして……」
「ミコ様……」
今の望子としては、そう返す他なかった。
ありがとうと言ってもらえる事は嬉しいが、その代償として失ったものがあまりに──……あまりに大きかったから。
そして望子は感謝を皮切りに、思いの丈を綴り始める。
「……ほんとは、わかってるんだよ? おおかみさんも、とりさんも、いるかさんも……『おかあさんにあいたい』っていう、わたしのおねがいをかなえるためにこうなった、って」
「「「……」」」
「くものおねえさんも、あどさんも、うさぎさんも、しおちゃんも、ふぁたちゃんも、きゅーちゃんも、かなさんも、みんな……わたしのせいで、しんじゃったんだよね……?」
「ミコ様! 畏れながらそれは──」
子供らしい拙い口調と愛らしい声音で紡がれていく言葉の節々からは、たとえ世界を救う為とはいえ自分の様な子供の為に、しかも自分の目的を果たす為に巻き込まれるが如き形で命を落としてしまった仲間たちへの懺悔の念が感じられ。
このままでは自戒の念で押し潰されてしまう、そう判断したレプターが身を乗り出さん勢いで否定せんとしたその時。
「──あぁ、そうだよ。 あんたのせいで死んだんだ」
「やっ、ぱり……っ」
「ッ、リエナ殿!! いい加減になされよ!!」
あろう事か、リエナが望子の懺悔に等しい発言の全てを真実だと肯定し始め、それを受けた望子が更なる絶望を抱いたのを見て流石に堪忍袋の緒が切れたレプターが望子を真に想うがあまりの怒号を放つも、リエナはそちらを向きもせず。
「……けどねミコ、思い出してごらんよ。 今日ここで死んだ奴らの内、本当は戦いたくないのに無理やり魔王との戦に臨まされてる様な奴が居たかい? 他でもないあんたの事を思わずして、この最後の戦に加わった奴が一人でも居たかい?」
「え……? るどさん、とか……」
「あ、え!? 俺!?」
「……まぁ、こいつは抜きにして考えてみな」
「……」
惚れた女に想いを告げる為だけに参戦したと言っても過言ではない翼人の事はさておき、この戦いで命を落とした者たちの中に望子の為にと勇んでいなかった者が居たと思うか?
そんな問いかけに、望子は少し俯いて思考の海に潜る。
人狼。
鳥人。
人魚。
蜘蛛人。
上之森人。
有角兎人。
鷲獅子。
妖人。
神樹人。
そして、聖女。
嫌々ながら望子の力になっていた者など、一人も──。
──……それから、およそ十数秒後。
「……いなかった、かも……それじゃあ、みんなは……」
「あぁ、そういう事さね」
「……っ」
「ミコ? どうしたんだい?」
多分、居なかった筈──そういう結論に辿り着いた望子に対するリエナの解答が『是』であった時点で、どこに自身の有り様を置くかを決めていた望子はリエナの胸に顔を埋め。
「おししょーさま……わたし、〝わるいこ〟だ……」
「悪い子……?」
「みんな、しんじゃったのに……もう、おはなしすることもごはんをいっしょにたべることもできないのに……っ、わたし、みんなのきもちがうれしいっておもっちゃった……!」
「ミコ嬢……」
「ミコ様……ッ」
今度こそ真に、自らの行いと悪しき感情を懺悔する。
……仲間たちが死んだという事実そのものを『嬉しい』と感じているなら確かに〝悪い子〟なのだろうが、あくまでも望子は『命を捨ててでも望子の願いを叶えようとしてくれていた』という内情込みで『嬉しい』と感じてしまったのであって、それを『悪い』と言うのも違う気はしなくもないが。
他人が何を言っても望子自身がそう思っている以上、少女を気遣う旨の言葉は虚しく空を切るだけ──かに思われた。
「……悪くなんてない。 間違ってなんてないさ、ミコ。 あんたは誰より幼いのに、誰より立派に戦った。 きっと死んだ奴らも、あんたの仲間で居られた事を誇りに思ってる筈だ」
「ごめ、ごめんなさ……っ」
だが、そこは千年前から数多の戦を生き抜いてきた火光。
後悔の念を霧散させてやる事は出来ずとも、その想い自体に意味を持たせてやる事は出来る、そう言わんばかりに運良く残った片腕で小さな望子の身体をぎゅっと抱きしめつつ。
「世界を救ってくれてありがとう、勇者様」
「う、うぅぅ……っ、うあぁぁ……!」
良い意味で、トドメを刺した。
とっくに枯れ果てたと思っていた、望子の涙腺に──。




