勇者としての選択
……時は、ほんの少しだけ遡る。
ちょうど、ローアの説明が終わった辺りまで。
長々としつつも充分に分かりやすく纏められていた説明を受けた望子は、あまりにも益のない選択を迫られていて。
元の世界へ帰る為、討伐する気満々で魔大陸まで遥々やって来たというのに、あろう事か『殺しては駄目』と言われた挙句、『殺せば世界が終わる』などという今までとは正反対の〝最悪〟を言い渡されてしまった望子は悩みに悩み抜き。
されど残された時間は多くないとも分かっていた為に、その瞬間まで俯きながら思案していた顔をゆっくりと上げて。
「……わたしは──」
望子が辿り着かざるを得なかった、その答えは──。
「──……っ、まおうを、ぬいぐるみに、する……」
勇者として選ばざるを得ず、されど望子個人としては決して選びたくなかった最悪の選択をする、というものだった。
当然と言えば当然、望子が似合わぬ渋面を湛える中。
「……よくぞ、そちらを選択した。 それでこそ勇者である」
『ろー、ちゃん……わたし……』
「分かっている、お主は偉い。 僅か八歳の身空で──」
ローアは出来る限り望子に寄り添い、その選択を褒める。
出自が出自とはいえ、たった八歳の少女が己の感情を押し殺し、この世界を救う為の選択をしたという事実自体に尊さを感じる程度には染まっていたローアが続けようとする中。
『ふはは、まるで親子よの。 千年前では考えられぬ程に丸くなったものじゃなローガン、これもミコの影響ゆえか?』
「仰る通りかと」
『……そうか』
そのやりとりにこそ尊さを、或いは自分がその役割を担いたかったという口惜しさを感じていたらしいコアノルが茶化してもなお、ローアから返ってきたのは単なる肯定の意思。
それがまた気に食わず、『ふんっ』と鼻を鳴らした時。
『ねぇ、ろーちゃん』
「む?」
『ほんとうに、まおうをぬいぐるみにできるの?』
「……あぁ、その事であるか」
不意に望子からかけられた疑問の内容を受け、『ついに来てしまったか』とでも言わんばかりの表情を湛えるローア。
やった事もなければ、やろうとした事もない〝魔王の人形化〟という勇者だからこそ可能にし得る御業に初めて挑むのだから、そう問いかけるのは当然の事である筈だが、何故?
しかし、それもほんの一瞬の事。
「……何一つ、支障はない。 今のミコ嬢であれば必ず魔王様を──……否、生きとし生ける者全てを人形に出来ようぞ」
『そう、なの? じゃあ、どうしていままで……』
「それ、は──」
絶対に可能であるという事、魔王どころか異世界に生きる全ての生物をぬいぐるみに変えられ得るという事、それを成し遂げた後に不利益を被る事もないという事、以上の三つを端的に説明したところまでは望子も納得出来たものの。
では何故ここに至るまでの道中において、ぬいぐるみに出来ない場合が幾つも発生したのかという疑問を投げかける。
実際、駆けつけてくれた仲間たちの中にもぬいぐるみに出来た者と出来なかった者が居り、それを思うと上述した疑問を望子が抱いてしまうのも致し方ない事と言えなくもない。
……その疑問に対し、ローアが妙に言い淀んでいた時。
そんな彼女への助け舟か、単に時間がないからか──。
『──其奴らが死んで〝空き〟が出来たのじゃろう?』
「ッ!? 魔王様、明け透けにも程が……!!」
『事実じゃろうが。 一刻を争うとも言うたぞ』
「それはッ、そうでありますが──」
コアノルが、〝核心〟を突いた。
ローアが出来るだけ傷つけぬ様に伝えたかった、核心を。
遅かれ早かれ直面する事にはなっていた、その事実。
『しん、で……? そやつらって、だれのこと……?』
『誰も何も、察しておったのではないのか?』
ウル、ハピ、フィン。
旅の最初から望子を支え続けた三人の亜人族が──。
『其処な人形どもが、もう亜人族の姿を取れぬという事を』
『……ぅ、そ……』
もう二度と、あの姿にはなれないのだという事を。




