崩壊、消滅、或いは──
一方その頃、〝外〟がどうなっていたかというと──。
「「「──……」」」
何も、変わっていなかった。
誇張でも、比喩でもなく。
時間が止まったかの様に、何の変化も起きていなかった。
……まぁ、『かの様に』も何も。
戦闘行為そのものは勿論の事、戦闘の余波を受けて激しく揺れていた大陸や近海、張り詰めていた空気、絶え絶えながらも確かに魔王へ抗っていた望子の仲間たちの呼吸や脈動。
正しく、その全てが停止してしまっているのだ。
他でもない、魔王コアノルの【闇黒死配】によって。
……ある一人を除いて、だが。
(【闇黒死配】、か……指一本すら動かせないとはね……)
ただ一人、リエナだけは意識を保ち続けていた。
この魔術を幾度となく体感した事があった為か、それとも単に死に際に放ったと見られる【闇黒死配】ゆえに力が弱まっていたのかは定かでなくとも、とにかく脳は働いていた。
そんな彼女を思考を支配しているのは、あの一言。
『──…….見事』
魔王が呟いた、あの一言。
それから更に紡がれた理外の〝称賛〟も含め、ついに望子が魔王討伐を成し遂げてみせたのだと喜んだのも束の間、崩壊、或いは消滅しかけていた城から何らかの魔術が放たれ。
リエナの意識以外の、あらゆる存在や概念が停止した。
それが『魔王を人形へ変えなければならない理由と、今の望子なら魔王をも人形へ変えられるという事実』をローア経由で望子へ説明する時間を確保する為のものとは露知らず。
(まさか、このまま永遠に止まり続けるなんて事は──)
如何に死に際とはいえ、この世界を掌握しかけた存在の超級魔術ともなれば己の命が潰えてもなお〝時間〟という概念そのものを固定し続ける事も出来てしまうのでは──と。
五感も停止し、機能不全に陥ってしまっている影響により何も見えず何も聞こえず何も発せない状態で、これから先ずっと止まり続ける世界で思考する事しか許されなくなるのかと、さしものリエナも危惧し始めていた──……その瞬間。
『──……れば出来る子だと思ってたよ……!』
「んッ!?」
『えっ? どうしたんだい?』
「あ? あぁいや……」
急に視界が機能する様になり、隣に居たスピナによる望子への称賛の言葉が唐突に聞こえてきた事でびっくりしたリエナにスピナもびっくりするという珍妙な光景が広がる一方。
(【闇黒死配】が解けた……? って事は──)
停止していた時が動き出した、つまり魔王を術者とする超級魔術が解除されたのだと確信して城の方へ視線を向ける。
……城そのものに変化は見られなかったが、それよりも。
「夜が……いや、闇が明けてく……! これッてよォ……!」
「あぁ、間違いねぇ……! あの子が、ミコが──」
魔王の肉体を模っているとは言えないくらいに崩壊しかけていた城の真上、天幕の様に魔大陸を覆い尽くしていた漆黒の闇、百年近くも明ける事のなかった常闇が明けていき。
今この場に異世界出身者が居ない事も相まって、まさに一丸となって心からの歓喜を共有していた、その時だった。
「『ッ!!』」
魔族が持つ魔力特有の薄紫色の光を放つ魔方陣が明けかけていた闇の中から現れ、リエナとスピナが瞬時に気を引き締め直して警戒態勢を取ったのも束の間、姿を現したのは。
「──……みんな! ただいま……!!」
「ッ!! ミコ!!」
肉体的にも精神的にも限界を迎えていた為、全解放状態が強制的に解除された結果、元の少女に戻った望子であり。
ぬいぐるみを小さな腕に抱えながら駆け寄って来るその姿に、リエナもまた片腕を失った事も忘れて駆け出していく。
そして望子はぬいぐるみごとリエナに抱きつき、リエナは片腕だけでも充分すぎる程に小さな身体を優しく抱きしめ。
「よく……よくやり遂げてくれたねミコ……! あんたはこの世界の救世主だ……! 正真正銘、先代を超える勇者に──」
世界を救った英雄に対するものとしてはあまりに足りないとは分かっていても、リエナに出来る精一杯の称賛の言葉を投げかけつつ、この旅を通して成長しただろう救世主の顔を改めて目に焼きつけようと視線を下に落とした、その時。
「──……え? ミコ、その人形は……?」
「あ、えっと……これは──」
望子が持っている、見覚えのないぬいぐるみに気づいた。
赤毛の狼はウル、栗色の梟はハピ、紺碧の海豚はフィン。
では、この蝙蝠の様な羽と山羊の様な角と槍の様な尻尾を生やした、あまりに見覚えのある造形のぬいぐるみは一体?
そう問われた望子が何やら言い淀んでいた、そんな中。
先程の魔方陣から展開された魔術、【闇間転移】の術者であったローアが告げた事実に全員が目を剥く事となる──。
「恐るべき魔王、コアノル様の人形化なされた姿である」
「「「『ッ!?』」」」




