産み出す事は出来ずとも
……ここまで散々耳にしてきた為、流石に分かっている。
人形=ぬいぐるみ、という事は望子も分かっているし。
今のところ亜人族に限った話ではあるが、こちらの世界で心を通わせた相手をぬいぐるみに変える力と、ぬいぐるみから亜人族に戻す力が己に宿っている事も自覚してはいる。
だからこそ分からない。
何故、魔王が人形化を望んでいるのか?
何かしらのメリットがあるのか?
そもそも亜人族でも何でもない魔王を人形に出来るのか?
……何も、分からない。
かと言って、コアノルが出来るだけ端的に分かりやすく説明してきたところで、ちゃんと理解出来る自信もない。
どれだけ寿命が長くとも、今の望子は八歳の少女。
今も望子の腕の中で安らかに眠る元魔族とは違うのだ。
そして、そう思っていたのは望子だけではなかった様で。
『何はともあれ、ひとまず〝褒美の先渡し〟と参ろうか』
『え? さきわたし、って──』
コアノルがそう言って、右手を掲げた瞬間。
『──悉くを呑み込め、【闇呑清濁】』
『!?』
ローアだけが使えるという話だった、あの巨大で凶悪な口を顕現させる超級魔術をコアノルが発動させたという何より優先されそうな驚きは、あっさりと上書きされる事になる。
それもその筈、【闇呑清濁】が顕現直後に喰らったのは。
『な……なにしてるの……!? ろーちゃんをかえしてよ!』
そう、ローアの遺体だった。
ベロン、と内から出てきた薄紫の大きな舌の接近に反応出来なかった望子にも非はあるのかもしれないが、お友達を食べられたとあっては望子も黙ってはいられず、よろよろと痛む身体で立ち上がりながら残り少ない力を解放せんとした。
『案ずるでない、喰らいはしたし呑み込みもしたが──』
しかし、当のコアノルはこれといって表情や態度を崩す事もせず言葉だけで望子を落ち着かせつつ、【闇呑清濁】でローアを喰らい呑み込んだ事実そのものは否定せぬまま──。
『これより行うは──〝産み直し〟よ』
『うみ、なおし……?』
『最早、死が確定した妾に〝新たな手駒を産み出す力〟は欠片も残っておらん。 じゃが、そこにある死骸を取り込みさえすれば産み直す事で再び命をくれてやる事は出来るのじゃ』
かつてコアノル自身が母体となって産み出した魔族の一体であるローア──もといローガンを、もう一度この世に魔族として産み直す事で蘇生の真似事をしてやろうと宣言する。
デクストラとの戦闘を終えて以降、ローアは魔族である事を捨て人族に成っていたが、コアノルの言を信じれば再び生誕するローアは魔族として二度目の生を受ける事になる。
……それ以前に『自分の事を覚えてくれているか』が子供ながらに気になっていたものの、それについては問題なく。
知識と記憶を継承した状態で再誕可能なのだという。
と──ここで、望子に新たな疑問と微かな希望が湧き。
『……かなさん、も?』
『ん?』
よもや、とカナタの蘇生までもを選択肢に入れかけたが。
『あぁ、聖女カナタか……残念じゃが、そもそも妾が産み出せるのは眷属たる〝魔族〟のみ。 死骸があろうとなかろうと人族の産み直しは出来ぬ、ましてや異世界人ではな』
『そっ、か……』
いくらコアノルが文字通り神懸かった力を持っていたとしても、〝魔王〟が〝聖女〟を産み直してやる事など出来る訳もなく、せっかく湧きかけた希望が呆気なく潰えた一方で。
『ほれ、そうこうしておる内に──出来たぞ、ミコ』
『!!』
時間してみれば、およそ三分弱。
巨大で凶悪な口からコアノルへと還元された肉体を再構築、呑み込んだ魔力も宿らせた褐色かつ全裸の少女が顕現し。
『ろー、ちゃん? ろーちゃん! おきて、おきてよ……!』
ふわり、と床に仰向けで寝かされた小さな身体をゆっくり抱き起こし、揺らさない方が良いとは分かっていつつも逸る想いを抑え切れず、ゆさゆさと揺さぶりつつ目覚めを待つ。
そして、そんな望子の想いが──……結実した。
「……ぅ……ミコ、嬢……? 我輩、死した筈では……」
『ろー、ちゃん……っ、ろーちゃあん!!』
「???」
小さな呻き声──産声と言うべきだろうか──を上げて目を覚ましたローアを、ぎゅっと抱きしめて涙を流す望子と。
如何に聡明といえ流石に産まれたてでは何が何だか分かっておらず、きょとんとしたまま抱きつかれるローアを見て。
(……どうあれ、心までは手に入れられんかった様じゃな)
ここで初めて、コアノルは〝諦念の境地〟に至る。
欲しても欲しても、手に入れられないものはあるのだと。




