称賛と、見返りありきの褒美
今、望子が居るこの場所は城と一体化した魔王の体内。
その為、今ここに魔王が現れる訳はなく。
それ自体が異常な事だと望子なら気づける筈だが。
『なんで……!? しんぞう、こわしたのに……!!』
仲間を、友達を犠牲にしてやっとの思いで心臓を壊せたというのに、どうして死んでいないのかという大きすぎる疑問が眼前で起きている異常を隠す迷彩となってしまっていた。
『案ずるでない、ミコよ。 妾は既に──事切れておる』
『こっ、こときれ……?』
『あー……死んでおるという事じゃ』
『え!? じゃ、じゃあなんでここに……!』
一方、あられもなく動揺する望子を前にコアノルはくつくつ喉を鳴らして笑いつつ、『事切れる』では伝わらなかった己の死を告げ、それを受けた望子は更に疑問を投げかける。
死んだというなら、カナタやローアの様に物言わぬ死体になるのではないかと幼いながらに抱いてしまった疑問を。
そんな疑問に対し、コアノルは『それはのぉ』と微笑み。
『まず一つ。 最期に其方を──褒めようかと思うてな』
『ほめ、る? わたしを……?』
あろう事か、望子の功績を称賛したいなどと曰い出した。
当然、望子は警戒する事も忘れてポカンとしてしまう。
何故、己を殺めた相手を褒めるのか? ──と。
『千年前に死合うた召喚勇者、其方の父親であるユウトでさえ〝封印〟という厄災の先延ばししか成し得なかったというのに、よもや斯様な少女が妾を討つとは夢にも思わなんだ』
『それ、ほめてるの……?』
『無論じゃとも』
だが、コアノルからしてみれば望子とは比べ物にならない程の力を有していた筈の勇人でさえ達成出来なかった己の討伐を、こんな愛らしい少女が成し遂げてみせたという時点で殺意も何もなく、むしろ称賛の気持ちでいっぱいな様で。
つらつらと並べた言葉の端々から相も変わらず望子を愛玩動物か何かだと思っている節や、半端な功績しか挙げられなかった勇人を見下げている節を感じた為、喜んでいいのかも分からず困惑する望子を安堵させようとしたはいいものの。
『……でも、まおうをたおせたのはわたしひとりのちからじゃないよ? おおかみさんが、とりさんが、いるかさんが、ろーちゃんが……みんながちからになってくれたからだもん』
逆に望子からしてみれば、あくまでもコアノルを討伐出来たのはぬいぐるみやローアを始めとした仲間たちが居たからこそであり、万が一にも己だけの功績ではないと主張する。
事実、最初に異世界へ召喚された際に三体のぬいぐるみが現れなかったとしたら、あの時点で何も成せぬまま無惨に殺されていたのだから、望子の主張は正しいと言っていい筈。
『かもしれぬ。 じゃが愛らしいだけで何も出来ぬ非力な少女にあの者たちは力を貸したじゃろうか?
『それは……そうかもしれないけど……』
『そうじゃろう? ならば素直に褒められておくと良い』
『あ、ありが──』
しかし、コアノルの言もまた正論と言えば正論。
勇者に相応しいだけの力と心、ついでの様に見た者を虜にする愛らしさをも兼ね備えていたからこそ望子は魔大陸まで辿り着き、そして魔王討伐を達成する事が出来たのだから。
そんな正論に絆されかけた望子は、思わず謝辞を──。
『──じゃない! まおうは、てきなんだから……!』
『ふはは! 流石に謝辞までは引き出せぬか!』
『お、おれいをいわれるためだけにきたの……!?』
『いいや? 本題はまた別にある』
……口走りかけたかと思えば、すぐに首を横に振る。
何を言われようと魔王が望子にとっての、この世界にとっての敵である事に変わりはないのだからと謝辞を取りやめた事を残念そうに、それでいて快活に笑い飛ばすコアノル。
まさか、本当にそれだけの為に望子の元へやってきたのかと呆れた様な表情で問うたところ、どうやら称賛は本題ではなかったらしく、それまで湛えていた笑みを消した魔王は。
『次は、其奴の──ローガンの命についてじゃ』
『!? もしかして、ろーちゃんを……!?』
『うむ、蘇らせてやっても良い』
『そっ、それじゃあ──』
望子が抱きかかえたままの元魔族、ローア──コアノルにとってはローガン──に対して、己を討伐してみせた望子への褒美としてか再び命を与えても良いと発言し、それを受けた望子は一も二もなくその褒美に飛びつこうとしたが。
ふと、縋りかけたその手を止める。
『──……まって、ほんとうにできるの? というか、なんでそんなことするの? なにか、いいことでもあるの……?』
本当に、ローアの蘇生など出来るのだろうか?
そもそも、何故コアノルがローアを蘇生するのか?
何かコアノル側にメリットがあるのではないか?
……と、疑問が次々に湧き始める。
聖女でさえ〝寿命を分け与える〟という形でしか成し得なかった死者の蘇生を、つい先程まで敵だった魔王が見返りなしに実行してくれる筈がないというのは望子でも分かる事。
『……ほんの数時間で随分と用心深くなったものよの。 じゃがそれで良い、其方は勇者で妾は魔王なのじゃからな』
『じゃあ、やっぱりなにかが……?』
『如何にもそうじゃ、妾が見返りに求めるものは──』
そして実際、魔王が望子へ与える〝ローアの蘇生〟という垂涎の褒美には大きな大きな見返りを与える必要があった。
『──其方の人形使いの力による、妾自身の人形化よ』
『……え?』




