鋼鉄から瑠璃へ
アドライトとの双頭狂犬討伐依頼を終えて無事ドルーカへと帰還したものの、力を使い果たしていたウルはリエナ経由で領主のクルトに頼んで用意してもらった宿で充分な休息を取っていた。
……余談だが、望子だけは魔道具……もとい触媒の調整も兼ねてリエナの魔道具店に泊まっている。
そして依頼から二日後、ウルたち三人は『大事な用があるから』と冒険者ギルドに呼び出されていた。
「──昇級? あたしがか?」
「はい、瑠璃に昇級です! おめでとうございます!」
自分たちを呼び出した張本人たる受付嬢のエイミーが何食わぬ笑顔でウルの短期間での昇級を称賛する一方、ウルは思わずきょとんとしてしまう。
「ふあぁ……良かったねぇ。 ま、ボクたちはとっくに瑠璃になってんだけど」
そんな中、興味なさげに欠伸しているフィンの言葉通り、この二日でフィンとハピの二人はウル程に壮絶なものではないにしろ、いくつかの依頼をこなした事で一つ上の等級である瑠璃へと昇級を果たしている。
「どうしたの? 嬉しくないのかしら」
一方、何故か昇級を喜んでいない様にも見えるウルに違和感を覚えたハピが首をかしげて問いかけた。
「いや、嬉しくない事はねぇが……何でだ? あたしはこいつらと違って依頼は一つしか……」
それを受けたウルは受付のカウンターに上体を預けたまま、『こなした依頼の数で決まるんじゃねぇのか?』とハピからエイミーへと視線を移して尋ねる。
「その一つが大きかったからですよ! アドライトさんからご報告いただいた時は本当に驚きました。 まさか群れの長が黄泉返りに成り果てていたなんて……こちらの手違いで大変なご迷惑をおかけしました」
するとエイミーは最初こそ意気揚々とウルの功績を語っていたのだが、言い終わる頃には『私どもの不手際です』と頭を深く下げて謝罪してみせた。
「……いや、それはいいんだけどよ。 こんな簡単に昇級していいのか? あたしとしては『ちょっとでかくて臭い犬をぶっ飛ばしたー』ぐらいの感覚なんだが」
とはいえ、ウルとしては別に偉業を成したとも思ってはおらず、『んな事ぁ気にしちゃいねぇよ』と言わんばかりに二日前の激戦を何でもないかの様に語る。
「……本来、黄泉返りの討伐には単独なら銅、一党なら全員が翡翠以上である事が望ましいんです。 新人としては最上位の鋼鉄に認定されていたとはいえ、それを一人で討伐してしまったという事は──」
一方、多少の痛痒は歯牙にもかけずに命持つ者を貪り喰らう……そんな黄泉返りという難敵を銀同伴とはいえ単独で討伐したウルの実力を評価し、エイミーが彼女の本来あるべき等級を口にしようとした時──。
「──銅以上という事さ。 最低でも、ね」
エイミーが言おうとしていた事を先取りする様に割って入ってきたのは、先の双頭狂犬討伐依頼にてウルと共闘した森人、アドライトだった。
「わっ、アドライトさん! お疲れ様です!」
「ふふ、君もね」
「アド、お前……いつの間に」
瞬間、エイミーはアドライトが女性だと知ってか知らずか思わず顔を赤らめてバッとお辞儀しており、そんな彼女をよそにウルは少し驚いた様な表情とともにアドライトへ『何か用か?』とばかりに声をかける。
「まぁ、森人は目も耳も良いからね。 昇級おめでとう、ウル。 それと……そちらのお嬢さん方も。 この二、三日で目覚ましい活躍をされたそうだね」
「あら、ありがとう。 ドルーカで最上位の冒険者に褒めてもらえるなんて光栄だわ」
一方のアドライトはウルの問いかけに冗談めいた口調で答えながら、ウルも含めた彼女たち三人へ昇級についての賛美を贈ると、ハピが素直に彼女の称賛を受け止めて妖艶な笑みを湛えて返答する中で──。
「ま、実力だよ実力! ……でもさ? ウルは二つか三つくらい昇級するかと思ってたよ。 その……何とかっていう強い犬の魔獣を一人で倒したんでしょ?」
これでもかという程に得意げな様子で豊かな胸を張っていたフィンは、『そういえば飛び級とかは駄目なんだっけ?』とエイミーに疑問を投げかけた。
……彼女は完全に忘れているが、エイミーはちゃんと数日前に『飛び級はない』と説明している。
「……それは出来ません。 決してウルさんの力を疑っている訳ではないのですが、規則ですから」
しかし、そんなうっかり者の問いかけにも『それを認めてしまうとギルドの信頼は地に落ちますから』とエイミーは至って真剣な表情でフィンに……そして何より本来の実力に見合った等級を与えられないウルに向けて申し訳なさそうに眉根を寄せてしまっていた。
「構わねぇよ。 別に昇級が目的じゃねぇしな」
翻って、カウンターから上体を起こしたウルは首を振りつつ、何処吹く風と笑っていたのだが。
「代わりといっては何だけど、私から『面白い新人が入ったよ』と伝えておいた。ギルドマスターにね」
「は? ギルドマスター……?」
そんな彼女たちへ水を差す様にアドライトがウインクしながら告げてきた事に、『何のこっちゃ』とウルが首をかしげて鸚鵡返しをした、その瞬間──。
「──おぉアド、その者たちかの?」
何処か威厳を感じさせる静かな低い声とともに受付の横にある扉から、ウルたちよりも長身のアドライトより更に背が高く肩幅も広めな白髪の老爺が現れた。
「あぁバーナードさん、ちょうど良かった。そうだよ、彼女たちが件の冒険者さ」
バーナードと呼ばれたその老爺は、思わず彼を見上げて固まってしまっていたウルたち三人の方へ緩慢とした……されど隙のない動きで歩み寄ってくる。
「そうかそうか……巨大な暴食蚯蚓を討伐した鳥人に人魚……そしてお主が黄泉返りを単独討伐したという人狼じゃな? いやぁ大したものじゃ」
「ぅおっ、ど、どーも……」
ウルの前で足を止めた彼が嗄れた声で『ほっほっほ』と笑いながら、バシッとウルの肩に大きな手を置いた事で戸惑いを見せながら彼女が返事する一方で。
(ふぁじあ……? あぁ、あの蚯蚓……ボク何にもしてないんだけど、いいのかな……いっか、別に)
あの時、戦闘に参加せずに望子を抱っこしていた自分も討伐した事になっている事実を否定すべきか一瞬迷っていたフィンだったが……それは本当に一瞬であり、『うんうん』と頷きつつ無言を貫く事に決めた。
「……ギルマス、有望な新人の方に心躍らせるのはいいですけど、貴方は恩恵のせいで無駄に力が強いんですから気をつけて下さいねと何度も申し上げて……」
「んん? おぉ、そうじゃったそうじゃった」
「全く……」
そんな折、この下りはいつもの事らしく呆れた様に溜息をつきながらエイミーが彼を睨むも、バーナードは全く悪びれておらず先程と同じく『ほっほっほ』と笑っており、彼女は更に深い溜息を溢してしまう。
……ちなみに、彼が授かっている恩恵の名は倍力。
視力や聴力、腕力や脚力といったものを授かった瞬間から倍増させ、それは加齢によって衰える事もなく鍛えれば鍛える程に倍増する力も比例するという、制御さえ可能なら非常に優秀な恩恵であった。
「おっと、自己紹介をせねばのう。 儂がドルーカの冒険者ギルドのギルドマスター、バーナードじゃ」
「「「……よろしくお願いしまーす」」」
その後、上機嫌な態度で自己紹介をし、『以後よろしくの』と締めくくってから、またも高らかに笑う彼の様子を見ていた三人はといえば、エイミーと同じかそれ以上に呆れた様な覇気のない挨拶を返している。
「……こんなのでも元金等級なんですけどね」
(これが? 強そうではあるけど……まぁいいや何でも)
そんな三人に同情するかの様に小さく溜息を溢すエイミーの言葉が聞こえていたらしく、ピクッと身体を反応させたフィンだったが、残念ながらウルやハピとは違い相手の強さなど分からず……さりとて大して興味もない為、早々に思考を放棄していたのだった。
「……はぁ、バーナードさん。 私たち──」
「おっと、そんな堅苦しい呼び名じゃなく気軽にバニーさんと呼んでくれぃ。 ほら、髪も白いしの!」
「は……?」
その一方、話題を切り替えんとしたハピの言葉を遮って、白い髪をトントンと指で小突いたバーナードの頭頂部には、ピンと立った兎の耳が突き出ている様に見え……なかった為か、ハピはここまでの道中で出会った事のないタイプの人に開いた口が塞がらない。
(あいつ困惑してんな)
(真面目だもんね。 あんなん言われたらそりゃ困るよ)
フィンとウルは同情の視線をハピに向けつつ、『関わりたくないし』とでも言いたげに自分から蚊帳の外となって、こそこそと呟き合っている。
「……それで、バーナードさん? 悪いのだけど私たち、昇級後の免許を受け取りに来たのよ……先にそちらを済ませてもいいかしら?」
「む、強情じゃのぅ……まぁ良い、折角じゃから儂が手ずから渡すとしよう。 エイミー、三人の免許を」
「はい! こちらです!」
最早、呆れすら通り越したハピが当てつけの様に強調して彼の名を口にして、『お呼びじゃないのよ』と言わんばかりに睥睨すると、バーナードは歳に……そして顔に似合わず拗ねつつも、ギルドマスター然とした表情となってエイミーに指示を出してみせた。
それを受けたエイミーは手元に用意していた小さな青い宝珠が埋め込まれている三枚の免許をバーナードへと手渡し、いざ交付しようとしたのだが──。
「──ん、三枚? お前らも今から受け取るのか?」
「……まぁ、そうね」
「?」
三人分の免許を不思議そうに見ていたウルが、『もう昇級は済ませてんだろ?』と何の気なしに尋ねるも、何故かハピがふいっとそっぽを向いてしまった事でウルは更に疑問を持ち、再び問いかけようとする。
「あは、ハピはね? 『あの娘も間違いなく昇級するでしょうし、その時に一緒に受け取るわ』って──いひゃいいひゃい! ほっへひっはらはいへぇ!!」
「……余計な事を」
そんな彼女を見遣ってクスクスと笑いながら真相を語るフィンの柔らかい頬を可変式の鋭い爪を引っ込めた手でハピがぎゅーっと抓っており、どうやら照れ隠しであるらしく少しだけ頬を赤らめていた。
「うむ。 では……ハピ、フィン、そしてウル! 瑠璃への昇級おめでとう! 期待しておるぞ、超新星よ!」
先程までとは違いギルド中に響く大きな声で三人を祝福するやいなや、周りにいた冒険者たちは──。
「昇級か! めでてぇじゃねぇか!」「頑張れよ、ねーちゃんたちー!」「俺らとも組んでくれよー!」「私たちとも冒険に行こー!」「アド様もご一緒にー!」
そこには多少の揶揄いも含まれていたが、彼ら……或いは彼女らは三人の冒険者としての前途をバーナードと同じく祝福し、やんややんやと騒ぎ立てる。
「女性冒険者たちからも声がかかりそうだよ?」
「別に嬉しかねぇよ、あたしにそういう趣味はねぇ」
一方のアドライトは心からの好意で『羨ましい限りだね』と微笑みかけたが……事実、フィン程ではないにしろ望子以外の存在に大して興味の無いウルは、ヒラヒラと手を振るだけに留まっていたのだった。
「さて、お主たちはこれからどうするのかの? また何か依頼を受けてもらえたりするのじゃろうか」
「いや、これからリエナんとこで完成してる筈の触媒と、もう一人の仲間を引き取りに行くんだ」
その後しばらくして漸くギルド内が落ち着いてきた頃、ふとバーナードがこの後の彼女たちの予定を尋ねるも、ウルは首を横に振りつつ『悪ぃな』答えながら扉の方へクイッと親指を向けて外を指し示す。
「もう一人の? 君たち、四人一党だったのかい?」
「うん、ボクたちの友達で……いや、それ以上に大切な存在、っていった方がいいかな。 そんな子だよ」
その発言に真っ先に食いついたのはバーナードではなく……ウルとの依頼以降、彼女たちに強い興味を持っていたアドライトであり、首をかしげて問いかけてきた彼女の言葉に対してフィンは目を閉じつつ、ここには居ない黒髪黒瞳の少女に想いを馳せていた。
「へぇ、成る程……そうだ、私も同行していいかな? リエナさんへの挨拶も兼ねて」
「……まぁ、あたしはいいが。 お前らは?」
そんなフィンの嬉しそうな表情を見たアドライトは余計に興味が増したらしく、『勿論、君たちが良ければだけど』と爽やかに提案した事で、彼女の人となりは理解していたからこそ『問題ねぇだろう』と許可を出したウルが二人に顔を向けると、彼女たちは顔を見合わせた後で『ご自由に』とばかりに頷いてみせる。
「じゃ、あたしらは失礼するぜ。 免許、ありがとな」
「はい! また何かありましたら当ギルドまで!」
「うむ、いつでも歓迎するからのう」
その後、二人とアドライトを連れ立ち、更新された免許をヒラヒラと振りながらウルが別れを告げて、受付嬢とギルドマスターに笑顔で見送られた彼女たちは望子の待つ魔道具店へと歩を進めたのだった。
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